second:stage

第14話 スーパー・バスケットフロア

 映像で見た通りの光景が広がっていた。

 吹き抜けになっている広々とした空間——、周囲を見れば三百六十度、どの方角にもレッドカーペットが伸びていて……、様々なフロアに繋がっているのだろう。


 ここが、本当にゲームの世界? もっとカクカクしているのかと思ったが、現実世界と遜色がないほどに滑らかな動きが表示されている……、どっちがゲームだか分からない。


 抜ける風、感覚、匂いも分かるし、周りを歩く人の気配、視線だって、感じられる。

 ……かがくって、すげー。


 すると「おーいっ!」と声が聞こえた。振り向くと、分かりやすいところに見知った顔が集まっていた。遠藤、久野、加護に天理——、やはり、扇が一番、遅かったらしい。


「悪い、遅れた」

「待ってないですし、大丈夫ですよ!」

「加護ちゃん、扇に甘いよ、もっと文句を言っていいんだぜ?」

「え、いいんですか!?」

「言いたいのか!? あとてめえ遠藤っ、余計なことを吹き込むんじゃねえっ!」


 長々と説明を受けた後だとこういう会話が楽しくて仕方がない。

 やはり人間、コミュニケーションを取ってこそ、だ。


「加城くん……やっと、ちゃんと見えた……」

「おい、久野……?」


 ゲームの中だ、視力が弱くとも、当然、はっきりと見える……、でも今の扇はアバター……ではないか。現実世界の体を調べ、作り上げられた姿だ、そっくり、そのままのはず――。

 つまりアバターとは言え、本物と変わりない。


「この姿、変えられ――ああなるほど、課金しろってことか」


 マスクなりなんなり、周囲を見れば個性を出しているプレイヤーが多い。課金ではないにしろ、やはりポイントを貯める必要があるだろう……始めたばかりの扇には、高価なものを買う資金はまだなかった。初期設定のポイントが、0ではないが、ある……、まあ、雀の涙だが。


「良かったな、きちんと見えてさ。こっちだったらメガネいらずじゃん」

「はい……でも、その、メガネがないあたしは、変じゃ、ないですか……?」

「変じゃねえよ。メガネがあってもなくても、久野だろ。大丈夫だ、自信を持てよ、か――」


 その先は、さすがに気づいて自重した扇だった。

 久野は、言いかけた言葉には気づかず、「はい!」と嬉しそうに言うのだった。


「で、俺と遠藤はこれ、たぶん最初の格好なんだろ……、

 始めたばかりって分かる、半袖、短パン……」


 まあ、部屋着と大差がなかったが。

 天理も見慣れている、と言いたげだった。


 そんな天理は、動きやすそうな服装だった。初期装備そのまま――というわけではなさそうだが、似たようなものだ。短パンの下にレギンスを穿いているくらいか……、比べて加護は、動きにくそうな派手なドレスである。レッドカーペットの上では、見事にはまっているが――、


 久野はなぜか、スクール水着の上に薄いパーカーを羽織っている姿である。

 ……羞恥心はないの? と言えば藪蛇になりそうだったのでやめておいた。

 ゲームの中でくらい、現実世界ではできないことをやってみたいと思うのかもしれない。

 

「コスチュームなら、始めたばかりでも数種類は選べると思うけど……嫌なら変えれば?」


 と、天理。メニュー画面を開いてみてみるが、あまりしっくりこなかった。


 まあ、見た目にこだわりはない。加護のように、丈が長くて動きにくい、ということでもなければ、変えるほどのことではないだろう。それに、いざ試合となればお揃いのユニフォームをつけるだろうし(映像ではお揃いのユニフォームを着ていたのを見ている)。


「でも、少し寒いな……こんなところまでリアルにしなくてもいいのによ……」

「暖かい方じゃない?」


 活発な天理は慣れているのかもしれない。それとも体温が元々高いのか。


「……で、お前のその髪飾りはどんな意味があるんだ?」

「え」


 と、天理は忘れていたようで、


「あ、付けっぱなしだった……気に入ったデザインだったから、ちょっとね――」

「似合ってるよ、天理」

「ありがと、加護」


 これまでの人生を振り返ってみても、天理が髪飾りをつけたところなど見たことがなかった……、一切、オシャレに無頓着だったはずなのに――まさかあの天理が。


「お前がまさかオシャレを意識するなんてっ!」

「ちょっとっ、どういう意味!? わたし、女の子なんだけど!」

「女の子はそんな肉を見つけた肉食獣みたいなポーズで飛び掛かってはこな――」


 押し倒された扇がガチガチと歯を鳴らす天理を手でどかす――、


 一歩でも引けば、くっきりと腕に歯形が残りそうだ。


「やっぱり、仲が良いですね」


『どこがッ!!』


 兄妹の叫びが綺麗に揃った。


 ―― ――


 向かった先は、やはり『スーパー・バスケット』のフロアだ。中は大勢の人で埋まっており、本番のコートは既に試合が開始されているらしい。まあ、元より本番のコートに用はない。さすがに始めたばかりでなんの経験もないまま、猛者たちの中に混ざるには勇気がない。


 そういう環境でこそボロ負けして鍛えられていくものだが、それでも最低限の勝負勘だけは持っておいた方がいいだろう。


 練習試合や遊びで使うフリーコートは空いていた――、コートを一か所、独占する形だ。


「天理、1vs1やろうよ」

「いいよ。あ、でも加護、ドレスは危ないよ」

「慣れてるから大丈夫だよ」


 言って、二人がコートに入る。すると、コート一面が青く光り出した。設定をしたのか、ゴールとなるリングが、二つ、空中に現れた。さすがゲーム世界、支柱がなくともリングとネットだけが空中に存在している状態だった……。


 現実と違う部分と言えば、リングの奥にあるはずの板がない。そしてリングの位置もコートの端ではなく、もう少し内側にずれている。つまり全方位から投げ入れることが可能なのだ。


 遠投、中距離からのシュート、あとはダンク……、壁の反射を使ったシュート方法など。

 もしくは、アイテム使用による、扇には想像できないようなシュートの仕方もあるのかもしれない。天理も加護も、現実世界ではバスケ部だが、それによって優位に立つ、とは限らない。

 逆に、経験があるからこそ、それに頼った戦法によって足をすくわれることもある――。


 アイテムが全てをひっくり返す……、珍しい話ではないのだ。


 アイテムに、自身の技術を上乗せしていく――そこに、スキルが追加されて――、


 才能の差が如実に出る、というわけだ。



 ――意外、というわけでもないが、

 天理も加護も、このスーパー・バスケットの中では、有名人らしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る