第10話 伏せられたクエスト24
「で、兄貴はこんなところでなにしてるわけ」
「なにって――あ」
そう言えば、と思い出す。まだクエストの途中だった……、しかも休憩を取っていたのでだいぶ時間を使ってしまっている――まだクリアまでの糸口さえ見つけていないのに。
もうそろそろ、十八時だ。まだ連絡がないということは、分かれた二人もまだクエストをクリアしていないのだろう……、
「急いでいるんだったっ、悪い、お前らに構ってる暇がないんだ――じゃあな!」
急ぎ足で去ろうとしたら、「待ってっ」と声をかけられた。——意外にも、天理だ。
「バカクソ兄貴は、ニュー・ゲームがしたいの?」
「そうだけど……バカクソ兄貴って……、
バカはいいけどクソは言うなよ。お前の品格を落とすぞ」
「……うん。でね、方法、あるけど?」
「クエストか? だったら俺らもやってて――」
「全部を試すつもり? 適正があるでしょ――いいから、ついてくるの」
断っても諦めなさそうだな、と目を見て判断した扇は、ついていくことにした――その前に。
「分かったけど……ちょっと待て、友達もいるんだ、今から呼ぶ」
遠藤とは連絡が取れた――あとは久野だが……、
「そう言えば、連絡先はまだ――」
すると、天理が知り合いを見つけたようだ。大きく手を振っている。
加護以外にも友達がいたのか……(いるだろうけど、ここに一緒にきていたのか、という意味だ)と思っていたら、「あ、今日もきていたんですね、くまさん!」と敬語だったので、年上なのだろう。
はて……くま?
熊——じゃないか。
聞き覚えがあるけど?
天理に応えて駆け寄ってくる人物は、扇が知っている人物だった。
「あ、また会ったね、天理ちゃ……」
合流したのは久野だった。
彼女は扇を見つけ、ぱちっ、とまばたきを繰り返し、はっとして顔を隠す。
いや、遅いというか、隠れる意味があるか?
もしかしたら気にしているのかもしれない――天理が言っていた、「今日もきていたんですね」――に。もしかして頻繁にきているのか?
「なんだ、天理と知り合いだったのか」
天理が年上にもちゃんと敬語だったことに安心した……そういう部分は部活の上下関係で鍛えられているか――、見ているだけなら久野が年下に見えてしまうが。
「加城くん……? も、天理ちゃんと、知り合いで――」
「ん? あれ、聞いてないのか? 俺と天理は、兄妹だぞ?」
「え」
―― ――
「兄妹……?」
意外そうな顔をする久野。扇と天理を見比べている。確かに、似ているとは思えないが、親譲りの髪色が同じだし、両親も一緒だ。片方が拾われたというわけでもない。本当の兄妹だ。
「兄貴もくまさんと知り合いだったんだ……」
「同じクラスだしな」
「……知らなかったくせに」
ぼそっと久野が言った。……なんだか、棘がある言い方だった。
「……今日、初めて会ったみたいなもんではあるけど――」
「それでこんなところまで一緒にくるってどういうことなの?」
「? 気が合った、でいいじゃん」
天理は「はぁ」と溜息をつく。
自覚がないなら気づかせることもないか、と言ったように肩をすくめた。
「で、久野って、ここによくくるのか?」
ぶる、と身震いをさせた久野は、やっぱり追及するよね、と目を逸らす。
「毎日っ、は、きてなくて……っ、二日に一回くらいかな……?」
「毎日と大差ねえじゃん」
偏見ではあるが、久野がここまでゲームが好きだとは、意外だった。
と思ってしまうのも、扇が久野のことをよく知らないからだ……よく知っていれば、当たり前だと納得しているはずである。
別に、久野がどこでなにをしていようが、咎める気はないけど――。
「もしかして禁止令とか出てた? 親にダメって言われているとか。だったら別に、言いふらすつもりはないけど……」
「いえ、そういうことは、特に――」
「じゃあ怯える必要ねえじゃん。久野がなにを好きでもなんとも思わないよ」
「なんとも……、思わない……」
なぜか落ち込んでいる久野……、あれ、思っていた方が良かったの?
扇が不思議がっていると、横から、びゅおっ、と風を切る音——そして拳。
天理の右ストレート!
「おまっ、当てるつもりか!?」
「当てるつもりだった」
「っ、相変わらず、手が出るのが早いんだよ、バスケバカ!」
「うるさい! くまさんを落ち込ませるなっ、この人はね、わたしの師匠でもあるんだから!」
いや、俺の友達でもあるけど、と思ったが、口には出さなかった。
出せば蹴られそうな勢いがあったからだ。
「あの……いかないんですか? 私たちはこれからニュー・ゲームにいきますけど――」
と、タイミングを窺っていた加護が入ってきた。
扇の危機に颯爽と現れ、助けてくれる……、加護のイメージは天使しかない。
「そう言えば……でもお前、クエストがあるだろ?」
「うん、それ、クリアするから見ててって言ってんの」
「言ってはいなかったが……でも、見ていればいいのか? それだけ?」
「互いに承諾していれば、仲間として一緒に入れるから。
まあ、単独でも兄貴ならクリアできると思うけど――」
とは言うが、扇が見たタブレットの中のクエストは、どれもできるとは思えなかった。
天理は、そこまでゲームが上手いとは思えない……バスケばかりをしていたバスケバカだ。
ゲームなんて、二十年前のものをちょっと触ったくらいだろう。
普通のゲームセンターにきても、リングが動くフリースローしかしていなかったし……。
天理に連れていかれた場所は、ゲームとくくれば、確かにそうだ。
普通のゲームセンターには、隅っこの方にあるだろう――、
天理が慣れ親しんでいる、リングが動くフリースロー……、ただし、規模はその何倍もある。
普通にバスケットコート一面だ。設備も同様、バスケの試合ができる環境が整っている。
そのコートの真ん中——、立っていたのは、遠藤だ。
「あれ、なんでお前が?」
「おっ、ナイスタイミングだ、扇。今からお前を呼ぼうと思ってたんだよ」
バスケットボールを弾ませながら、遠藤が手招く。
遠藤もここにクエストがあると知っていた――しかしタブレットにはこんなゲームも対象であるとは書いていなかったはず……、
「ああ、タブレットには表示されてねえよ。あれはアーケード版が対象だからな。店員さんに聞いてみたら、こっち側にもクエストはあるらしくてな――ゲームが全部、コンピューターってわけじゃねえ。ルールがあれば、勝利条件があれば、なんでもゲームだろ。
そんでこっちは、オレららしい――だろ、扇?」
「……で、クエスト内容は?」
「クエスト1
【サッカーゴールのバーに五回、ボールを蹴り当てる』。
クエスト2
【パターゴルフ、一回目で穴に落とす。これを連続、五ホールおこなう】。
クエスト3
【ボーリングでワンゲーム、パーフェクトを記録する】。
クエスト4——」
遠藤が言う通り、扇らしいとは言え、それでも一筋縄ではいかないだろう。
それでも、このコートにきている以上、勝機があるということだ。
バスケに関するクエストも、あるということだ。
「クエスト24
【バスケット、自陣のゴール下から相手のゴールへシュートを決める】。
……これ、お前がやるつもりか?」
「はっ、まさかだろ」
と、遠藤は大きく手を広げ、
「――お前がやるんだ、扇」
「できるかよ。最近、全然ボールなんか触っていないんだ、こんな無茶ぶり、いきなり求められてもできるわけねえだろ」
その弱気な発言に、天理が反応した。いつものように、扇を睨みつける。
「どうしてやる前から諦めるの? やってみたらできるかもしれないじゃない」
「……って、言われてもな」
ごちゃごちゃとやらない言い訳をしている扇に苛立ったのか、天理が怒鳴る。
「わたしがやるッ、だからバカクソヘタレ兄貴もやりなさいよ!」
「ヘタレが増えてる……」
話を逸らそうとしたが、真っすぐな天理の目に気圧されて、「分かったよ……」と言ってしまった。妹に逆らえない兄貴の存在価値とは……。
そもそも、ここで天理が成功すれば、扇がやる必要はないのだが、まあ、天理がそれを許してくれるはずもないか……。なので扇は手首を少し曲げながら、調子を確かめる――、
天理も緊張しているようで、手が震えていた――いや、違うか、あれは武者震いだ。追い詰められれば追い詰められるほど、天理は燃えるタイプ――根っからのスポーツ娘だ。
全身が震えているけど笑っている――目が、獲物を狙う野生のそれだ。
天理がボールを持ち、位置に立つ。途中、何度もボールを床に弾ませて、イメージを固める――勝利の光景を、意識しているのだ。
天理の精神が整ったようで、場の雰囲気が引き締まった。
「うん、いける」
「がんばって、天理ー」
力が抜けそうな加護の応援だが、天理はさらに集中力が増した。
良い感じに力が抜けている……加護の応援が、入り過ぎていた力を抜いたのか。
なるほど、親友と認めただけはある。
良いパートナーだ。
すると、天理が扇へ視線を向ける――ばち、と目が合った。だが今回は睨みつけたのではなく、わたしを見てて、と言われた気分だった……妹の勇姿を、この目に焼き付ける。
覚悟の一投。
天理から放たれたボールは、かなりの滞空時間を要した。それくらいの規模で放物線を描かなければ届かないのだ。労力を減らせば、直線的な動きになってしまい、そうなると角度的にリングをくぐらせるのは難しい……、できないこともないが、天理には無理だろう。
彼女も自覚している。だから少し無理をして、ボールを山なりに投げたのだ。
当然、高くなればなるほど、命中率は下がり、リングに近づかせることも難しい――、
それでも、
天理は当てたのだ。
ガンッ、とボールがリングに落ち、真上に跳ね上がる。
まだ、地面に落ちたわけではない……まだ生きている。
このままリングをくぐり、ネットを揺らせば、成功だ――。
ガン、ガンッ、とリングとボールが何度もぶつかる。
外側に落ちるか、内側に落ちるか――、その境界線上を、フラフラとして……。
誰かが叫んだ。
「入れ!!」
そして、天理が叫んだ。
「――入れぇッッ!!!!」
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