第206話 有言実行
俺には特にすることはない。
そして、家に帰ったらコーヒーを飲んで、その後転移しようと考えていた。
家に入り、実際にコーヒーを淹れる。
テーブルに持って行き、一口飲んでみる。
ふぅ・・おいしい。
このコーヒーセットも持っていかなきゃな。
そんなことを考えながらロン様をアイテムボックスから取り出した。
『なに?』
ロン様が面倒そうな感じで話しかけてくる。
「あ、おはようございます、ロン様」
『は? 何言ってるのよ。 そんな挨拶はどうでもいいのよ。 で、何?』
「い、いえ・・あの・・転移をしようかと考えていまして・・」
『はぁ・・あのねテツ。 簡単に言うけど、戻って来れないかもしれないのよ。 あなたはこちらの住人でしょ? それでもいいの?』
俺は一瞬迷ってしまった。
昨日の両親の顔が頭に浮かぶ。
だが、決めたことだ。
「はい、それはそれで仕方のないことだと思います」
『・・あっそ。 転移自体はそれほど難しいことじゃないのよ。 たま~に、人が行き来することはあるのよ。 でも、それは自分の意志ではないからね。 テツはつなぐ鎖を持っていたでしょ』
ロン様が言う。
「あ、はい。 グレイプニルの鎖ですね」
『テツ、その鎖って神器なのよ。 普通は・・・まぁいいわ。 それがあれば、簡単に行き来できるわね。 とはいえ、テツが向こうに行くと、こちらとつなぐ媒介がなくなってしまうから、戻れないかもしれないのよ』
ロン様が丁寧に説明してくれる。
「え? じゃあロン様、この鎖を置いておけば、俺はいつでも戻って来れるってことですか?」
俺は聞いてみた。
『それがね・・そう簡単ではないのよ。 ただ、戻る可能性があるっていうだけで、ゼロではなくなるだけ』
「よくわからないな。 でも、これを置いておけばつながっているということでしょ?」
『まぁ、それはそうなんだけど・・いいのかなぁ、そんなことにこの鎖を使って・・』
ロン様は複雑な気持らしい。
「ダメなんですか?」
『私もね、あまり偉そうなことは言えないけど、この次元の現象を歪めてしまうかもしれないってことよ。 つながっているがゆえに、時間が経過するとお互いに干渉して、今までなかったような・・例えばテツの世界に魔物が現れたりするかもしれないってことよ』
ロン様の言葉を聞き、俺は考える。
ダメだろう。
俺の勝手な都合で、こちらの世界が変わってしまう。
それも世界のシステムがだ。
・・・
やはり未練なのかもしれない。
断ち切らねばならないことだろう。
だが・・というところが、俺にはある。
『テツ・・』
ロン様が言葉をかけてきた。
「はい、わかっています。 俺の未練なんですよ。 どこかでこちらの世界を考えています。 でも、こちらには俺の自由はありません。 そりゃ何でも思い通りにできるでしょう。 でも、そんなのは面白くもなんともない・・やはり俺が心底楽しめる世界は、ロン様のいた世界システムなんですよ。 こちらの世界に帰って来てわかりました。 超人的な存在になって・・まるでお山の大将ですね。 全然凄くなんかない。 自分の与えられた、不自由な世界で必死に頑張っている人たちがどれほど凄いのかを思い知らされましたよ」
俺はそこまでつぶやくと、決心する。
「ロン様、俺に迷いはありません。 行きます」
俺の言葉にロン様は何も言わなかった。
『テツ、忘れものない?』
「えっと・・コーヒーセットは入れたし・・はい、ありません」
『そ・・じゃ、行くわよ』
ロン様の言葉が聞こえる。
俺は部屋でロン様を持って立っていた。
すると、ロン様と俺を金色の光が包んで行く。
「テツ、おはよう・・入るわよ」
クララの声が聞こえたような気がした。
!!
クララの目の前で、金色に光るテツがパッと消えたところだった。
「な、何? テツ?」
クララはしばらくの間、その場で突っ立っていた。
すると、クララの手を引っ張る感覚がある。
「クララさん、どうしたのですか?」
メカラが不思議そうな顔をしてクララを見つめる。
「え、えぇ・・今、そこにテツがいたような気がしたのだけれど・・」
クララの視線の先をメカラも見つめる。
「そう・・ですか? 私には何も見えなかったのですが・・ただ、光が見えたような・・窓からの光かもしれませんが・・」
メカラがキョトンとした顔で答えていた。
◇
<テツ>
視界が真っ白になったかと思うと、だんだんと景色が見えて来た。
ちょうど強い光を見た瞬間に、何も見えなくなってから視力が回復してくるような感じだ。
ん?
誰かいる。
俺の目に一人の人が見えた。
同時に周りの景色もはっきりとしてくる。
「イ、イシスさん?」
俺は思わずつぶやいていた。
「テツではないか! いったい何をやっているんだ?」
・・・
いきなり何をやっているんだと言われてしまった。
「い、いえ、その・・転移してきたというか・・来ちゃいました」
俺的にはテヘッて感じだ。
なるほど、こんな時にテヘッてするんだなとも思う。
「何が来ちゃっただ。 妙な感じがするから来てみれば、まさかテツが来るとはな・・ん、それは、ロンギヌスの槍か」
『イシスちゃーん』
ロン様がキンッと背筋を伸ばしたように、イシスのところへ行く。
イシスが手に取り、微笑む。
「なるほど・・お前が連れて来たのか」
『そうよ。 テツがどうしても来たいっていうから・・あ、それよりも魔王よ。 どこにいるの? お尻をぶっ刺してやるわ』
ロン様の言葉にイシスが微笑む。
そして俺の方を向く。
「テツ・・困ったやつだな・・だが、本当にこれでいいんだな?」
イシスが真剣な眼差しで俺を見る。
「・・はい、俺にはこちらの世界が性に合ってます」
俺は取り合えず、そう言葉を返した。
・・・
・・
後はイシスに案内されて、魔王のところへ連れて行ってもらう。
玉座の間でフローラと遭遇。
フローラが飛びついてきた。
魔王がヒクヒクしている感じがする。
だが、直後、魔王の顔が引きつっていた。
ロン様が魔王の尻に刺さっていたからだ。
あの槍・・相手が誰であろうと、有言実行か。
恐ろしいな。
・・・
しばらくして落ち着くと、俺は自分の考えを魔王たちに伝える。
魔王は快く俺を受け入れてくれた。
<了>
◇
一応、これでこのお話にピリオドを打ちたいと思います。
本当に思い付きで書き始めたものですが、まさかここまで続くとは思ってもみませんでした。
読んでくださった方、本当にありがとうございます。
いろんなパターンや分岐、エピソードが考えられそうですが、その時はまた完結から連載にへと移行していると思います。
本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
ボケ猫。
どうやら転移していたみたいです ボケ猫 @bokeneko
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