第205話 挨拶を終えて



ガチャ。

ドアが開き、少し背が縮んだ母親が現れた。

「おや? テツかい? お帰り・・っていうか、どうしたんだい?」

母親はそう言うと、俺を中へ入れてくれた。

「うん、ただいま」

俺も家の中に入る。

父親は友人たちとおやじ談話だそうだ。

定年組でお昼に語り合うという。


俺は母親に言われるままに席につく。

コーヒーでいいかい?

母親がそう言って淹れてくれた。

俺はテーブルに座って待っていた。

コーヒーが運ばれてくる。

母親も一緒に飲むようだ。

母親がゆっくりと一口飲むと言葉を出す。

「何かあったのかい?」

「い、いや・・何もないんだが・・その・・今度、出張するんだ」

俺は思わず口走ってしまった。

「出張?」

「うん」

「どこに行くんだい?」

「そ、それがね・・海外なんだ」

俺の言葉に母親がコーヒーを置き、俺を見る。

「テツ・・嫌なら仕事辞めて帰って来てもいいんだよ。 無理して海外になんて行かなくても・・」

「い、いや、違うんだ母さん。 嫌じゃないんだよ。 ただ・・すぐに帰って来れないかもしれないんだ」

「ふ~ん・・」

母親はまたコーヒーを飲む。

・・・

「ま、元気でやれるなら、どこでもいいさね。 それで仕事は順調なんだね?」

「うん」

「そうかい。 それが何よりだよ。 私は何も言うことはないよ。 身体だけはしっかりとしてくれていたら問題ないさね」

「ありがとう、母さん」

俺は返事をしながら、申し訳なく思っていた。


海外と言っても、違う世界のことだ。

今度は帰って来れるかどうかわからない。

向こうの世界でも神が解放されている。

都合よく、転移した時間に帰還できるとは限らない。

時間の流れもわからない。

それでも、俺は行こうと考えていた。

ロン様に聞いたところによると、転移自体は可能だという。

ただロン様が触媒となればの話だが。

つまり、ロン様を持っていなければいけない。

俺くらいしか転移できないということだ。


「で、テツ・・いつ帰るんだい?」

母親が俺を見つめて聞いてくる。

「う~ん・・考えてなかった」

「へ? なんだいそれ・・本当に大丈夫なのかい? 疲れている感じはしないけど、悩んでいるのなら言ってごらん。 解決できないかもしれないけど、聞くことはできるよ」

母親は真剣な眼差しで俺を見る。

「い、いや・・大丈だよ、ほんとに」

結局俺は、その日は実家で過ごすことにした。

父親も帰って来たが、特に話すこともなかった。

顔を見て安心した。

それにしても歳取ったよな。

そう思いながら見つめていた。

・・・

・・

朝、普通に起きて朝食をいただく。

「ん? 母さん、この味噌汁・・ダシ変えたのか?」

「お、よくわかったね。 父さんなんて何でも黙って食べるからわからないけど・・ね」

父親は黙って味噌汁をすすっていた。

・・・

「ごちそうさま」

俺はそういうと帰り支度をする。

支度といっても、何もない。

ただ、俺の部屋の面白そうな漫画類は、全部アイテムボックスに収納した。


「テツ・・本当にしんどかったら遠慮せずに、いつでも帰っておいで。 母さんたちも若くはないし、何もできないかもしれないけど、生きていれば何とでもなるさね」

母親が最後まで心配してくれていた。

「ありがとう母さん・・それに父さんも、元気でね」

俺はそう言って微笑むと、ゆっくりと実家を後にする。

母親と父親が、玄関のところでしばらく見送ってくれていた。

俺は路地を曲がると、超加速を使う。

・・・

・・

町に戻って来た。

ちょうど丸1日経過していた。

朝の9時頃だ。

神崎のところに顔を出す。


「おはようございます」

俺は挨拶をしながら入って行く。

「あ、おはよう佐藤さん」

神崎がそう言いながら俺に近づいてくる。

「ちょっと君、どこへ行ってたのよ」

「え?」

「昨日、家にいなかったでしょ!」

「あ、あぁ・・ちょっと散歩に・・」

「はぁ? 散歩って、いったいどこよ」

「ま、町の外に・・」

「はぁ・・この町の監視システム・・ほんとにダメね」

神崎がため息をつく。


い、いや、神崎。

俺の超加速のスキルだから。

いくらシステムを改善しても意味ないと思うぞ。

心の声です、はい。


そして神崎が話を続ける。

「昨日ね、クソウ閣下が帰られたのよ。 学生たちも一緒に帰ったのだけれど、佐藤さんの姿見えないって寂しそうにしてたわ。 それを散歩だなんて・・どこ行ってたの?」

「う、うん・・ちょっと実家まで・・」

「実家?」

「これはほんとの話です。 久々に親の顔がみたくなって・・つい・・」

「そうなの・・ふぅ~ん・・でも、それなら町を出る時にやはり反応していないっていうのは問題ね・・」

神崎はすぐに仕事のことで頭がいっぱいになるようだった。

俺はゆっくりと神崎から遠ざかり、部屋を退出しようとした。

「あ、佐藤さん、今度から出かけるときは一言声をかけてね」

神崎が言葉をかける。

「はい、わかりました」

返答をすると、俺はそのまま家に向かう。


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