第127話 正拳突き



「ねぇテツ、このダガーって何か施されているんじゃない? 触れていると妙に落ち着かないのよね」

クララが言う。

この女、鋭いな。

「あぁ、その通りだ。 高位バニッシュの魔法が施されている。 魔族や死霊系には致命的な武具らしい」

「ふぅ~ん・・」

クララが少し眺めてから返してきた。

「そのダガーでディアボロスを倒すのね」

「いや、これでは倒せない。 ただ動きを抑制することはできると思う」

「じゃあどうするのよ」

しつこくクララが聞いてくる。

「うん、今の俺の考えではこのダガーをどこかに付き刺せれば、ディアボロスが極端に弱体化すると思うんだ。 それからでもいろいろ考える時間はできると思う」

俺は敢えて曖昧に答えて見せた。


実は答えは決まっている。

グレイプニルの鎖でディアボロスを拘束する。

向こうから帰って来る時に、神を拘束していた鎖だ。

俺が断ち切った。

その鎖をアイテムボックスに入れて持ってきている。

この鎖でディアボロスを拘束すれば動くことはできないだろう。

それから次の行動を考えても遅くはないはずだ。

若しこれで拘束できれば、ディアボロスにとって最大の皮肉な結果に為るのは間違い無い。

神を拘束した宝具で自分が拘束されるのだからな。

俺はその絵面を考えると何か気持ちがスッキリする。


クララは俺の回答を聞いて何かつまらなさそうな感じだ。

「そっか・・ま、その時になってみないとわからないってことね」

「そうだよなぁ・・とにかく俺たち帰還者が協力すれば何とかなるだろう」

俺はクララに答えつつも、本当の回答は言わないことにした。

何か妙にひっかかる。

ディアボロスに関係していないとは言い切れないからだ。

・・・

さて、クララの横の席だが、明らかに凶悪な雰囲気を纏った魔獣に近い存在がいる。

神崎が完全に冷めた目で俺たちを見ている。

いや、俺を見る目は氷のような視線だ。

心臓をアイススパイクで貫かれたような感じになる。

「か、神崎さん・・何か?」

俺はおそるおそる聞いてみる。

「・・・」

おい、無言でその目はやめろ!


クララが俺から離れて神崎の方を向く。

「神崎、あなたそんな目で男を見るものじゃないわよ。 いい男が逃げていくわよ」

クララが火に油を注ぐ。

クララ!

お前が原因なんだよ。

俺は思わず心で突っ込む。

神崎が視線を動かすことなく無表情で答える。

「えぇ、ご忠告ありがとうございますクララさん。 私のできない世界ですのでその分野はお任せします。 佐藤さんもそのディアボロスの討伐に必要な人ですものね。 わかります。 私のできることはこのような事務的なことだけですからね。 縁の下の力持ち、頑張らせていただきますよ」

無味乾燥・・そんな感じを俺は感じていた。

それで終わっていれば良かったんだ。

クララが座り直して自分の胸を寄せて上げる。

「ふぅ・・胸が大きいのも問題ね。 ねぇテツ、ちょっと胸を持ち上げてみてよ。 こんなに重いのよ」

クララの発言に神崎の表情が動く。

キッと俺の顔を見る。

「い、いやクララ・・それはできないよ」

「え、どうして? 私が許可してるから問題ないわよ」

クララが平然と答える。

俺はチラッと神崎を見る。

またもや無表情だが、妙なプレッシャーも感じる。

俺の視線をクララが追ったのだろうか。

クララが神崎の方を向く。

「ねぇ神崎、私の胸を持ち上げてみてよ。 こんなに重いのよ、ほら」

クララが両手で胸をゆさゆさと揺すっている。

・・・

神崎が一度目を閉じて息を吐く。

「ふぅ・・クララさん。 いえ、クララ・・このばか女がぁ!!」

神崎がやや大きな声を出してクララの胸に触れようとする。

「そんなに触って欲しいなら触ってやるわよ! えぇ、どうせ私は・・」

神崎がクララの胸を鷲掴わしづかみして2、3度もみもみすると動きと言葉が止まる。

静かに手を離し、席に座り直した。

下を向いて黙っている。


「あら、神崎には刺激が強すぎたかしら? ごめんなさいね」

クララが平然と言葉を出す。

この女、絶対わざとに神崎を葬っているだろう。

神崎の精神がかなりをダメージを負ったのは間違いないと思う。

俺はこの2人の女のやり取りを見ていて思う。

やっぱり女は怖いなと。

「か、神崎、気にするなっていうのは変な言い方だけど、神崎にしかできないことはいっぱいあるから・・」

俺は思わず言葉を出していた。

後から思えば、黙って座っていれば良かったんだと思う。

神崎が静かに立ちあがり俺の方へ近寄って来た。

俺の前に来ると右拳をゆっくりと握りしめる。

座席の幅は前後結構ゆとりがある。

「さ、佐藤さん・・あなたがそんなのだから・・」

神崎が震えながら言葉を出したと思った瞬間。

ドン!

俺の顔面に正拳突きを放ってきた。

俺の顔面スレスレを通過し、座席の頭部分に拳が刺さる。

神崎が結構いい動きをする。

クソウの秘書などやっているから、武術もたしなんでいるのだろうか。

俺の頭のシートには神崎の拳の後がくっきりと残っていた。

すぐにシートの頭の部分はゆっくりと元に戻っているようだが。


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