第104話 まさか・・



「ねぇクラウス、あれを見てよ」

2人の男たちがきれいに歩いている女の人に声をかけていた。

「ほんと、イタリア人って陽気なのね」

「アンナ、イタリアの男性は女性に声をかけなければ失礼だと言われているんじゃなかったっけ?」

クラウスが言う。

「そう言われているわね。 でも私は声をかけられないわよ」

アンナはニヤッとしてクラウスを見る。

「仕方ないさ、我々はドイツ人だ。 匂いでわかるのだろう。 それに俺と一緒だから声をかけづらいのかもしれない」

クラウスが憮然と答える。

「ま、何でもいいわ。 でもあそこまでしつこくされたら、私ならぶん殴っているわ」

アンナは少しムッとして答える。

アンナが見ていた女性はとてもきれいな歩き方をしていた。

イタリア人ではなさそうだ。

女のアンナから見ても美人だ。

その微笑みも美しい。

女の人は嫌がるでもなく笑顔を絶やさず自分のペースで歩いている。

そして路地を曲がっていく。

声をかけていた男たち2人もまだしつこく女の人を追っていく。


「あの女の人も大変ね・・」

アンナがそこまで言葉を出した時だ。

!!

クラウスとアンナが顔を見合わせた。

「アンナ!」

「クラウス!」

同時に声を出すと一気に走り出す。

あの人が消えたときの感覚に近いものを感じた。


女の人が曲がった路地裏だ。

すぐに現場に到着。

人の形をした服が崩れながら地面にヒラヒラと落ちていくところだった。

その先にはきれいな女性の後ろ姿があった。

肩口まである金色の髪をかき上げていた。

そして後ろ姿のまま声を出す。

「あ~ぁ、見られてしまったわね。 あなたたち、帰還者でしょ?」

きれいな女性は後ろ姿のまま言う。

クラウスたちは立ち止まったまま言葉を返す。

「お前・・あの男たちを喰ったのか?」

アンナもジッと女の背中を見つめている。

「う~ん・・正確には食べたのではないわね。 生命力をいただいたのよ。 まぁ少し意思を込めれば今のように消滅するけどね」

女性の言葉を聞き、アンナの頭の中に少し前に大量に亡くなった人のことが浮かんだ。

「あ、あなたがこの間の大量虐殺した人物ね・・」

アンナが声を押しつぶすように話す。

「大量虐殺? 何のこと? それに私が接触しているのはクズばかりよ」

女性は悪びれるでもなく普通に答える。

「ク、クズだと・・その人たちが何をしたって言うのよ」

アンナが突っかかる。

「あなた何なの?」

女性がゆっくりと振り向きながらアンナを見る。

クラウスは目を細めた。

なるほど、イタリア人じゃないな。

フランスかスペインか。

クラウスが女性を見つめて言葉を出す。

「1つ聞いてもいいか」

女性は微笑みながらうなずく。

「数日前、大量に人が狩られた感覚があったんだ。 俺たちはその調査を兼ねて各国を回っている。 お前が犯人ではないのか?」

「あぁ・・そんな反応があったわね。 でも、私には関係ないし・・もういいかしら」

女性はそう言うと、アンナが一歩前に出て声を荒げる。

「良くはないわよ! あなた今、人間を消滅させたのよ。 全く、人の命をなんだと思っているの!」

「フフ・・あはは・・あなた偽善者なの? 向こうの世界でもクズは死んで当然なのよ」

女性は笑いながら答える。

「クズって・・あな・・」

アンナをクラウスが制止する。

「まぁ何にせよ、今ここにいた男2人が消滅したのは事実だ。 それに俺たちはどうも仲良くできそうにないな」

「そういうことになるわね。 で、どうするの? ここで戦闘するつもり?」

「いや、それはできない。 こんな街中で動けば大変なことになる」

クラウスの歯ぎしりが聞こえてきそうだ。

「そう・・じゃ、私はこれで失礼するわね」

女の人はそう言うとゆっくりと歩き出す。

「ちょ、ちょっと待ちなさ・・」

アンナが言葉を出すのをクラウスが止める。

「よすんだアンナ」

「で、でも・・」

「わかっている。 俺も許せるはずもない。 だが、今は耐えるんだ」

クラウスの身体が震えていた。

女の人が少し歩いて振り向く。

「あ、そうそう、言っておくけど本当にこの男たちはクズだったのよ。 そういう匂いがしたわ。 男のあなたはまぁまぁいい匂いがするわね。 おかげで命拾いしたわね」

女の人はそういうと背中を向け去って行った。

背中越しに片手を振っている。


女の人の背中を見送りながらアンナがクラウスに言う。

「クラウス、どうして止めたのよ!」

「アンナ・・こんな街中で俺たちが暴れたらどうなる? それに俺たちは国を背中に背負っているんだぞ。 勝手な行動は許されない」

クラウスは口から血がでるんじゃないかと言うほど歯を食いしばっていた。 

アンナはその顔を見ると言葉が出せなかった。

「アンナ・・わかっている。 俺も悔しいんだ。 だが・・くそ!」

「クラウス、後をつけましょう・・って、無駄ね。 どうせ気づかれるだろし・・でも、これで犯人がわかったようなものね」

アンナの言葉にクラウスは無言で女の人が去った場所を見つめていた。


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