第67話 知人



<サラ>


サラは上海の街に入っていた。

まだ、テンジンの嵐は迫っていないようだ。

近代的なビルが立ち並び、人々で溢れていた。

この国には本当に新型コロナウイルスの脅威はないような感じだ。

サラは思う。

これだけ普通に生活している者がいる。

やはりこの国にも帰還者がいるのだろうか、と。


サラは髪を短く切り、色もブラウンに変えていた。

金色では目立ちすぎる。

街を歩いているといろんな会話が聞こえてくる。

言語は自動で変換されているようだ。

・・・

「おい聞いたか? チベットで軍が全滅したんだってよ」

「本当か?」

「あぁ、警察の友人が言ってた」

「俺の知ってる情報では核実験に失敗したって話だったぞ」

「そうか・・なんか違うな」

「まぁいいさ。 俺たちには関係ない」

「そうだよな・・チベットのことなど俺たちに関係ないさ」

「奴等は華僑の自由がわからないんだからな」

「そうそう・・俺たち中国を受け入れれば、すべてが上海になるっていうのにな」

「全くだ。 どの世界もみんな中国スタイルにすればいいんだよ」

「そうそう・・」

・・・

・・

みんな気楽な会話をしている。

この者たちは、海の外側で起こっていることがわからないのか?

洗脳教育というが、こうもあからさまな情報が飛び交うとは・・まさかこれも情報戦なのか?

サラは妙に警戒心を高めて行く。


サラは街を歩きながら、路地を曲がる。

!!

突然、背中に何かを突き付けられた。

「動くな!」

その声にサラは後悔した。

油断したのか?

いや、そんなはずはない。

私に気配すら感じさせない人物。

反抗は無駄だろう。

サラはおとなしく両手を挙げる。


声を発した人物はサラの背中に突き付けたものを動かすことなくサラの髪の毛を触り、ウェアラブルカメラを取り上げ破壊する。

カ、カメラが・・。

サラは動くことができない。

・・・

「髪の毛を染めたのか・・」

後ろにいる人物がつぶやく。

こ、こいつ・・。

サラは少し焦っていた。

「サラ、こんなところで一体なにしてるんだ?」

!!

サラは驚いた。

聞いたことのある声だ。

サラはゆっくりと振り返る。

「デ、デイビッド?」

男はニヤッとしてサングラスを外す。

「イエス!」

サラは目を大きくしてふぅっと息をついた。

「もう・・驚かせないでよ・・って、あなたこそどうしたのよ? アラスカに行ったはずでしょ?」

サラは驚いていた。


デイビッドは周りを確認すると、サラを連れて人目のないところへ移動。

「サラ・・実は俺・・暗殺されたんだ」

!!

「な、なんですってぇ!」

デイビッドが急いでサラの口を塞ぐ。

「サ、サラ・・声が大きい」

「あぁ、ごめんなさい・・どういうこと?」

サラが改めてデイビッドに訊ねていた。

・・・

・・

デイビッドが言うには、アラスカ行の航空機が爆破されたという。

パイロットも乗っておらず、自動操縦だったそうだ。

なるほど・・計画的だったわけね。


「でもデイビッド、なんであなた上海なんかにいるの?」

「フフ・・じゃの道はへびってね・・サラがここに派遣される情報を知ってね」

「ふぅーん・・でも、よく私だってわかったわね。 髪まで染めたのに・・」

「クックック・・・アッハッハッハ・・サラ・・それで変装してるつもりなのかい? クックック・・」

デイビッドは笑いをこらえるのに必死だ。

「な、なによ・・髪も切ってるからわからないはずよ」

デイビッドは腹を押えている。

「ひぃ・・こりゃいい・・アッハッハッハ・・」

ゴン!

「痛(つ)ぅ・・サ、サラ・・殴らないでくれ。 痛いじゃないか・・」

「笑い過ぎよ!」

「い、いやサラ・・ププ・・すまない。 だがねぇ・・バレバレだよ。 すぐにサラってわかったよ」

サラは驚いている。

「この変装・・そんなにすぐにわかるのかな?」

サラがつぶやいていた。

「いや、俺以外にはわからないだろう」

デイビッドが微笑みながら言う。

「あ! あなたの能力ね・・まぁいいわ。 それよりも何故私と接触したの?」

サラが真剣な顔で聞く。

「サラ・・この国は終わりだ。 余計なことはしなくていい」

サラは少しの間、言葉が出てこなかった。

・・

「どういうこと?」

「あぁ・・実はな今、北京に帰還者が向かっているんだ」

「帰還者が?」

「そうだ」

デイビッドがうなずく。

「何故、あなたが知っているの?」

「サラ・・俺の情報網をなめたらいけないな・・それよりもだ。 驚くなよ」

デイビッドが一呼吸置く。


サラはデイビッドの口の動きを注意深く見つめる。

「この北京に向かっている帰還者だが、俺たちの知っている奴だ」

!!

サラの目が大きく見開かれた。

「私たちの知っている人って・・まさかあの日本人の・・」

デイビッドがゆっくりと首を横に振る。

「違う・・テンジンだ」

「テ、テンジン! テンジンってあの英雄の?」

デイビッドがうなずく。


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