第24話 ケンとリカ
<名古屋久屋大通のテレビ塔のあるところ>
多くの人が歩いていた。
時間は16時半頃。
新型コロナウイルスの脅威から解放されたからだろうか。
笑い声がどこからでも聞こえてくる。
テレビ塔の下を歩いている学生がいた。
「ケン、どうなの?」
「うん」
ケンと呼ばれる学生が静かにうなずく。
「ケン、私たち本当に何もしなくてもいいの?」
ケンの横で歩ている女の子が心配そうな顔で言う。
「私たちしかできないんじゃないの?」
ケンはその言葉に足を止めて、何か考えているようだった。
「ケン、この結界って神聖術系の魔法よね? とても暖かくて優しい感じがするわ。 決して悪い人じゃないと思うの」
ケンと呼ばれる男の子が女の子の方を向いて言う。
「リカ、俺は怖いんだ」
テツと同じ場所へ召喚されていた学生のケンとリカだった。
ケン:レベル34
リカ:レベル34
◇
<ケンとリカの回想>
俺たち召喚された勇者たちは、魔族領域に侵攻させられて戦わされていた。
テツさんはどうも乗り気ではないと言っていた。
「テツさん! もっと強く攻撃できるでしょ? どうしてしないんですか?」
ケンはテツの攻撃力なら、目の前の魔族を蹴散らすくらいは簡単だろうと思っていた。
少し離れた場所では、ユウジさんとケイコさんが戦っている。
厳しい戦いだが、こちらほどギリギリではない。
リカが俺の補助をしてくれているが、それだけでは魔族の戦闘力に勝てそうにない。
それなのにテツの動きが鈍い。
何か敢えて魔族を殺さないように戦っているような感じだ。
テツの持っている武器はかなりの代物だったはず。
しかも魔法まで付与されている。
魔族たちを斬れないはずがない。
それなのに、武器を使わず素手で倒している。
それも相手を大きく傷つけず気絶させる程度だ。
武器を使っても防御程度。
テツがチラっとケンを見て言う。
「ケン君、悪いな。 俺はどうも本気で戦えそうにないよ」
ケンは驚いた。
何を言っているんだ、この人は?
本気じゃないって、帝国兵士はバタバタ死んでいるじゃないか。
それなのに戦えないって、どういうことだ?
「テツさん、何言っているんですか!」
ケンの声を聞き、テツは微笑む。
「ケン君、本当に魔族って悪い連中なのかな?」
テツが戦いながらつぶやく。
「テツさん! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
ケンは叫ぶ。
テツはあまりにも正論的なことをいうケンを見てうれしくなった。
テツが疑問を抱いた理由。
魔族の戦士たちは、人種族との境界を越えると絶対に攻撃して来なかったのだ。
初めはわからなかった。
テツたちの部隊が押されて後退した時に、突然魔族の攻撃が止んだ。
指揮官たちは自分たちの指揮がうまくいっていると思っていたようだ。
それが何度か繰り返されると、テツは不思議に思っていた。
他の兵士たちは戦場の雰囲気に興奮しているのだろう。
指揮官の指示に従うだけだ。
テツも確信しているわけではない。
妙だなという程度だ。
後でわかったのだが、魔族は自分達から領土を越えて侵攻したことは一度もない。
侵攻されたら押し返していただけだ。
その繰り返しがずっと続いているという。
テツはその違和感を言葉にできずに戦っていた。
ケンにはわかるはずもない。
!!
ドォーーーン・・。
すると、いきなり大きな爆発が発生した。
テツがケンたちの周りに魔法結界を発動。
「ケ、ケン君、リカさん、大丈夫か!!」
テツが叫ぶ。
「大丈夫か、君たち!!」
ユウジとケイコが駈け寄ってくる。
帝国兵士たちがかなり吹き飛ばされていた。
ケンたちがユウジたちの方を向いた瞬間、さらに大きな爆発が生じた。
ドッゴォォォオオオン!!!
ケンたちの周りが真っ白になる。
・・・
・・
しばらくすると、周りが煙のようなもので包まれている。
音が何もしない。
ケンの耳にキーーンという音がしていた。
次第にその音も収まって来ると、ケンたちの前にユウジとケイコがいた。
ケンたちの方を向いて膝をついている。
リカは床に寝転がっている。
テツさんは見当たらない。
そうやって周りを見ると、地形が変わっていた。
広範囲に渡り土が露出していた。
焼き尽くされたような感じだ。
その場にはケンとリカ、ユウジとケイコしかいなかった。
敵の魔族も帝国兵士も誰もいない。
ケンはハッとしてユウジに近づいて行く。
!!
ユウジに近づいてわかる。
こちらを向いているのでわからなかったが、ユウジの背中部分が焼きつくされており、内部がむき出しになっていた。
ユウジは絶命している。
「ユ、ユウジさん・・」
ケンはそれ以上言葉が出なかった。
ケイコが震えながら言葉を出していた。
「よ、よかっ・・た。 君たち・・無事・・だった・・」
ケイコもそのまま亡くなった。
どうやらケンたちを守るために盾になったようだ。
「そ、そんな・・」
ケンはその場に膝をついて、放心状態のようだ。
・・・
・・
!!
ケンはバッと顔を上げてリカの方を向く。
リカはまだ寝ころがったままだ。
だが、生きてはいるようだ。
「ダメだ。 こうしちゃいられない。 リカを連れて行かなきゃ」
ケンはユウジとケイコに深々と頭を下げ、その場から移動した。
行くといっても当てはない。
その後は、ブレイザブリクの国から遠く離れた小さな村で暮らしていた。
もう帝国などにはもどらない。
リカと一緒にのんびり暮らそう。
・・・
しばらくすると、いきなりこの現代社会に戻ってくることができた。
転移させられた時とタイムラグがない。
夢かと思ったが、違ったようだ。
それに転移先での獲得した能力はそのまま使える。
これがチート異世界転生か? などと思ったものだ。
だが、そんな力を現代社会で使ったりすると何が起こるかわからない。
ケンはリカにもしっかりと言って、能力を絶対に使わないように過ごしていた。
すると、突然魔法結界が張られるではないか。
驚いたが、結界に害意はないようだった。
それに、変に動くと探知されてしまう。
そう思い静かにリカと日常を送っていたところだ。
だが、正直迷っていた。
こんな魔法を操れる人ならば、接触してもいいかもしれない。
でも・・と思う。
向こうの世界でも、こんな巨大な結界魔法はなかった。
おそらく数人の集団魔法だとケンもリカと話していた。
自分達が接触すると、また調子よく使われるかもしれない。
もう、うんざりだった。
ユウジさんやケイコさん。
目の前で、何の利益もないのに俺たちを救ってくれた人がいた。
ケンには信じられなかった。
人って利益で動くものだろうと思っていたからだ。
ケンは揺れ動く感情の中で迷い続けていた。
◇
「ケンも変わったわよね。 昔なんて・・って言っても、こっちじゃ時間進んでないんだったわね」
リカが少し見上げてテレビ塔を見る。
そして、ケンの方を見て続ける。
「ケンって誰にでも気軽に話すけど、誰も信用してない感じだった。 それが今では無口になって、とても用心深いというか慎重というか・・まるで別人よ」
「リカ・・同じことを繰り返すけど、俺は怖いんだ。 リカは見てないだろうけど、ユウジさんやケイコさんが俺たちをかばって亡くなったんだ。 あのシーンが忘れられないよ。 テツさんは爆発でいなくなっていたしな」
リカは黙って聞いている。
ケンは少し笑うと、テレビ塔を見上げた。
「そうだよなぁ・・リカの言う通りかもしれない。 俺たちしかできないことなのかもな。 こんな力がある。 それにこの結界・・決して悪い感じはしない。 けどなぁ・・やっぱ一歩踏み出すのは怖いよな」
ケンがつぶやいていると、ケンたちの前に5~6人の若い男たちが近寄って来る。
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