第160話 優しいタケル


アスラの上に乗った城は、逆さまになって地面に突き刺さっていた。


城を解除すると、その重さの分、クレーターのようになって大地が凹んでいた。

その中心にアスラは大の字になって倒れ込む。


……頑丈な奴だな。肉体は潰れずにそのままだ。


「タケル様! 凄かったです!!」


ママジャン王国の姫、マーリアが俺に抱きつく。

それを皮切りに、妻達は次々に抱きついた。


「タケル! 助かって良かった!!」

「師匠、流石ある!!」

「タケルさん。心配しました!!」


転移魔法使いのユユも妻達に紛れて俺に抱きついていた。


「タケルーー。勝って良かったーー」


虎逢真は清々しい笑顔を見せた。


「流石はタケルぜよ! おんしは世界一の男ぜよ」


ゴリゴスも笑った。


「相変わらず、いつ会ってもタケルどんは凄いでごんす」





アリアーグの民も解放された。

神樹によって拘束されていた神官の女は神樹が解かれ笑顔になっていた。

そこに子供が抱きつく。


「お母さん良かった!!」


グレンはその姿を微笑ましく眺めていた。


「あの親子を救ったのはお前だグレン」


「けッ! そういうの嫌味って言うんだぜタケル。結局、俺は何もしてねぇよ」


「………………」


そんなことはない。

お前が動かなければ間違いなくあの親子は殺されていた。

たとえ、無謀であっても、人を助けたい勇ましい想いが、あの親子を救ったんだ。

命をかけて親子を助けた。


あのアスラと勇敢に戦ったんだ。


お前は本当に勇者だよ。グレン。



ママジャン王国の姫マーリアは全て終わったように安堵のため息をついた。


「タケル様、無事に終わりましたね」


俺は空を見上げた。


「いや、まだだ。まだ空天秤が残っている」


あの空天秤が空に浮いている限り、俺達に平和はない。


妻達も空に浮かぶ空天秤を見つめた。


おそらく心の城ハートキャッスル 攻撃アタックでも、あの空天秤は壊せないだろう。

破壊力とは違う、もっと別次元の力が必要だ。


「そうだ。まだ3つ目の神の武器が残っているんだ」


「え!? まだ凄い武器があるのですか?」


「神の武器は創造三神が与える物なんだ。だから3つある」


1つ目は創神ヴィシュヌバール。

2つ目は維持神ブラフーマ。


つまり最後は、破壊神シバの武器だ。


ゼノはどこだろう?

気配は感じるんだ。近くにいるのはわかる。



「ゼノ! どこだ!? 聞きたい事がある!!」



背後より声が聞こえる。


「なんだ、タケル・ゼウサード」


振り返るとゼノが立っていた。


いつの間にいたんだ……?

移動する足音すら聞こえなかったぞ。

不思議な奴だ……。



「教えてくれ。最後の武器は、いつ、どうやって手に入れるんだ?」


「明日、今日と同じ時刻だ。条件は1つ」



1つだと?

えらく簡単だな。


しかし、予想外の条件だった。

ゼノは無表情のまま語る。




「神の子を3人連れて来ること。その3人から指名された者が最後の武器を手に入れる」




場は騒然と化す。


「それは大変ある!! 神の子といえば、師匠とテラスネーク。そして、アスラある!! でもアスラは殺しちゃったあるよ!!」


シシルルアは腕を組んだ。


「そうなると、3つ目の武器は諦めて、空天秤は他の方法で破壊するしかないわね」


背後からの声にみんなは背筋が凍った。





「この為に俺を生かしたのか!?」





振り向くとボロボロになったアスラが立っていた。

その佇まいは弱々しく、今にも倒れそうである。

それでも妻達は震え上がる。虎逢真は身構えた。


「なんちゃああ!! 生きとったんかおんしはぁあ!!」


グレンは勇ましくも前に出る。聖剣ジャスティカイザーで斬りかかった。


「この死に損ないがぁああ!! このグレン様が留めを刺してやるぅぅううううう!! 今なら殺れるぜこんちくしょう!!」


「……お前ごときにやられるか」


アスラが軽く手を払うと、大地から生えた神樹が動き、グレンを引っ叩いた。


バシン!!


「あいでぇぇえッ!!」


グレンはそのまま吹っ飛んだ。

アスラは、そんなことは空気のように無視をして、俺を睨み続けた。



「……タケル。お前、手を抜いたな?」



俺は軽く嘆息。

目を逸らす。



「答えろタケル。お前、明日の事を予測して俺を生かしたのか?」



やれやれ。

なんと答えたらいいのかな。


アスラは考察する。



「…………いや、お前は明日の事をゼノに聞いていたな。つまり知らなかったんだ。なら、余計にわからん。お前の心の城ハートキャッスルなら、もっとサイズを大きくして俺を殺すことができたはずだ!」



アスラの言葉にみんなは戸惑いを隠せない。



「タケルさん本当ですか? どうして手を抜いたんです!? アスラは悪の権化ですよ!! ご両親だって、アスラがいなければ今頃きっと……」


俺が返答に困っていると、吹っ飛ばされたグレンが起き上がって俺に詰め寄った。



「ざけんなよタケルゥゥウウ!! アスラなんて容赦無く殺っちまえば良かったんだよぉぉおお!! 生かしといたってコレっぽっちも良いことねぇんだからな!! また人を殺すぞ!! それでもいいのかよぉぉおおお!!」


「その時は……俺がアスラを止めるよ」


「はぁああ!? そんな問題かよ! アスラは悪なんだよ悪!! 悪は滅ぼさなきゃいけねぇんだよ!!」


確かにな……。

悪はいない方がいい。

でも……。



「俺は断言したんだ……みんなを護るって」



場にいるみんなは言葉に詰まった。

目が点になっているようにも見える。

アスラは眉間にシワを寄せた。

リリーは鋭く指摘する。


「み、みんなって……。タケルさん。も、もしかして……アスラも入ってます?」


俺は率直に答えた。




「ああ、アスラも護る」




この言葉に我慢ならなかったのはグレンである。

俺の襟首を掴み上げる。



「このぉ、お人好しがぁぁあぁああああああああ!! あほ!! まぬけぇええ!! 悪を護ってどうすんだよぉぉおお!!」


「いや、しかしな。人は変われるんだ。アスラはもう悪じゃないかもしれん」


「それがお人好しって言うんじゃああい!! あんな悪が改心するかぁあああい!!」


「それはわからんぞ。お前だって、変わったじゃないか」


「はいッ……?」


「立派な勇者になった」


グレンは真っ赤になって掴んでいた手を離した。



「ななななななな! 何を言うんじゃこの人はぁぁああ!! あ、あほだ! やっぱりコイツはあほだぁぁああ!!」



アスラは俺を睨みつける。



「とんだ屈辱だよ。このアスラ・シュラガンがお情けをかけられるなんてな」


「アスラ。もう俺達の戦いは終わった。一緒に空天秤を止めよう」


「空天秤は人を殺せば高く上がるんだ!! 何も問題はない!!」


「そんなことはもうさせない。人を殺さなくても済む未来があってもいいはずだ」


「そんな未来は来ない」


「俺が創る」



アスラは神樹の反動を使い、飛び上がった。




「明日、俺がここに来なければ3つ目の武器は手に入らない! また殺戮が始まるぞ! この世界を救う為になぁ!! 見ろぉ、空天秤が下がって来ているぞぉぉお!! ハーーハッハッハッ!!」



笑いながら遠ざかる。


「おいタケル! アスラの野郎が逃ちまいやがんぞ!! お前の心の城ハートキャッスルで留めを刺しちまえよ!!」


いや。それはないな。


「アスラは明日来る。絶対だ」


「なんで、んなことがわかんだよ!? 来なかったらこの世は終わりじゃねぇかよぉ!!」


「わかるんだ……。あいつの考えが」


俺は遠ざかるアスラの背中を見つめていた。

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