第59話 魔法使いレイーラの時間



〜〜魔法使いレイーラ視点〜〜



ーーペペンの村 夜ーー


あたしはレイーラ・フォンデュウ。

24歳。スタット城に使える魔法使いだ。

と言っても、勇者グレンには辞職願いを出したから、今は無職なのかもしれない。


あたし達はセツナ砂漠を抜けてこの村にやって来た。

村周辺は緑が多く幾分涼しい。

土壌が豊かだから農産物は豊富だ。

あたしが大好物の地酒もしっかりとある。

村の名産、ペペン麦のウイスキーは最高だ。

セツナトカゲの干物を肴にするとよく合う。


リリーには外に出てくると一言伝えた。

みんなは、晩御飯を食べて楽しくデザートを食べながら和気藹々と会話を楽しんでいる。


さて、あたしは1人で満月でも観ながらお酒でもやろうかね。


畑と民家の境に赤煉瓦の壁が、丁度、腰の高さほどあった。


良いじゃないか。

ここにお酒を置いて、満月を観ながら、少しゆっくりしよう。


赤煉瓦に腰掛けたあたしは、小さなコップにトクトクとウイスキーを注ぐ。


「本来はグラスなんだけど。こんな村じゃ、コップになっちまう。ふふふ……」


どうせ1人酒だし、気取るもんじゃない。

気楽にやろう。


セツナトカゲの干物を一かじり。

口の中にスッキリとした臭みのない旨味がじんわりと広がる。


こいつは噛めば噛むほど旨味が出るんだ。

そのままでもいいし、焼いても美味しい。

イカの干物に鶏肉を足したような味。


そこにペペン麦のウイスキーをクイと一口。


「うん、イケる」


思わず独り言が漏れる。


青い満月があたしを照らす。

少し寂しいような、それでいて神秘的で落ち着くというか、不思議な気持ちだ。


草むらから虫の鳴き声を聞こえる。


「ゆっくり呑むのもいいもんだ……」


夜は好き。

なんだか落ち着くんだ。


みんなはタケルと楽しく話しているんだろうなぁ……。


そんなことを思っていると、声をかけられた。


「綺麗な満月だな」


その声に驚く。

振り向くとタケルが立っていた。


「タ、タケル……。みんなと話してたんじゃないのかい?」


「ああ、少し夜風に当たりたくなったんでな」


……もしかして、居なくなったあたしを心配して探しに来てくれたんだろうか?

……まさかね。リリーに声をかけてきたんだから……。

いや、でも。コ、コイツならあり得る。


ドキドキ。


ああ、悔しいなぁ。

あたしが男にときめくなんて……。


それに私は一度振られている身なんだ。

この前は、みんなにほだされて告白なんかしちまったけどさ。

タケルはあたしがいたら迷惑かもしれない。


彼はあたしの横にやってきて、チラリと見た。


「良いもん呑んでるな」


「あ、あんたもやるかい?」


「うむ、もらおうか」


しまった。

コップが一つしかない。


「すまないね。コップが一つしかないんだ」


そう言うと、タケルはあたしのコップをひょいと取ってクイっと呑んだ。


「うむ。旨いな」


「………………………」


「ペペン麦のウイスキー……。悪くない」


「そ、そうよね! あたしも美味しいと思ってたんだ……」


月明かりに照らされた凛々しいタケルの横顔をただ呆然と見つめる。


「あ……。よ、横が空いてるんだ。よ、よ、良かったら座らないかい?」


「うむ。そうだな」


彼は私の横に座った。

赤煉瓦に腰掛ける2人。

目の前には、青白く輝く満月。


ドキドキ……。


ああ、どうしよう。

2人きりだ……。


そうだ。この前、思わず告白してしまった。

そのことを話そう。

なんだかモヤモヤするのも嫌だ。

迷惑ならハッキリ言って欲しいんだ。


「ね、ねぇタケル」


と聞いた声は上ずっていた。

相当緊張している。

彼は何も言わず、優しく視線をこちらに向けるだけ。


「あ、あたしの気持ちはわかっているだろ? あたしの気持ちは変わらないんだ。こ、こんなに人を好きになるなんて、は、初めてのことさ」


「……うむ」


「め、迷惑なら。ハッキリ言っとくれよ。い、一度、振られているのに女々しい女だって……。思っているんだろ?」


「……いや。そんな風には思っていないぞ」


「……そ、そう……」


ああ、どうしよう……。


嬉しい。


心の底から喜んでいる。

社交辞令かもしれないのに……。

脳の思考回路が麻痺して、いつものように考えがまとまらない。


ああ、でも、やっぱり……。

もっと確認したい。

タケルの気持ちを確かめたい!


「あたし……。あんたに付いて行って、迷惑じゃない?」


「ああ……そんなことはない」


彼がそう言うのはわかっていた。

優しいタケルが、嫌なことを言うはずがないのだ。

それなのに、聞いてしまった。

聞きたかっただけなのかもしれない。彼の優しい言葉を。


ドキドキ。


心臓の鼓動は更に加速した。


ああ、もう考えがまとまらない。


ただ嬉しい。


この時間が永遠に止まればいいのに……。


私はただ黙った。

話さないあたしのタイミングを見計らって、タケルは話しをしてくれた。


「……人に告白されて、悪い気はしない。それに……」


めずらしく、物おじしないタケルが言葉に詰まる。


「それに……なに?」


「気にはなっていた……。お前の心を、傷つけたかもしれない……。からな」


「………………」


あたしは固まった。

彼の優しさに痺れて動けなくなったのだ。


タケル……。

本当に優しい男。


あたしは体の火照りが止まらない。

まだ酒も序の口だというのに全身は真っ赤だ。


もう、酔ったことにしておこう。



「あたし……。酔ったかも……」



彼に酔っているいのだ。嘘じゃない。


タケルは優しい視線であたしを見つめる。


幸せとはこういうことなのだろう。

女に生まれて良かったと、本当に思う。


断られないだろうか?

どうしよう。

でも、今の彼なら、受け入れてくれそうな気がする。


あたしは彼の肩に顔をくっ付けた。



「「 …………………… 」」



沈黙が流れる。


拒否されない。


チラリと見ると、彼はあたしの方を見返してくれた。


顔が近い。


彼も酔っているのかな?


でも、いい。

お酒の力でもいいんだ。


こんな素敵な時間は本当に一瞬。


あたしの顔と、彼の顔が近くなる。


ああ、もうどうなってもいい。


この一瞬。


最高の時間。


彼の唇と、あたしの唇が、少しずつ距離を縮める。



タケル……。

大好きよ。



唇が重なるまで、あと数ミリというところ。




「ああ! レイーラさん!! 狡いですぅ!!」




リリーの怒号が夜空に響く。


あたしとタケルははっとして顔を離す。

リリーはタケルに抱きついた。



「レイーラさん! タケルさんの1人占めはダメですからね!!」



その大きな声にみんなはぞろぞろと外に出てきた。

シシルルアは空を見上げて口を開けた。



「うわぁ〜〜。大きな満月! 綺麗〜〜」



マーリアはあたしの肩に手を置いた。



「まぁ、レイーラったら、美味しそうなもの呑んでいるわね」


「あ、あんたも、や、やるかい?」



マーリアは目を細めてあたしの方をチラリと見た。

その顔はニヤついていて、『素敵な時間だったんじゃない?』とでも言っているようだった。

あたしは真っ赤になって目を逸らす。



「綺麗な満月でごんすなぁ! みんなの分のコップと肴も持ってきたでごんすから、お月見といこうでごんす」



戦士ゴリゴスはみんなの分のお酒と、リリーのジュースを持ってきてくれた。

賑やかなお月見が始まってしまった。


タケルはみんなに囲まれてしまったが、あたしは満足だった。




まだ少し、心臓がドキドキしている。

とても……。

とても素敵な時間だった。


あたしは生涯、今夜のことを忘れないだろう。

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