第309話 円卓の騎士2人の日本観光(後編)
キャンプ・ランバートでは、思わぬ来訪者を迎えて、密かに厳戒態勢が敷かれていた。
普段なら賑わうショッピングエリアにも、ピリピリとした空気が漂う。
武装した兵士に囲まれた2人が、その敷地を歩く。
昔の騎士の平服を現代風にデザインした、儀礼的な服だ。
1人は老齢の男で、もう1人は少女。
どこか似た雰囲気のため、親族だと思われる。
「円卓の騎士が一騎、レノックスです。この度は、ジェーガー
「同じく、シャーリーです」
代表であるレノックスが挨拶して、弟子のシャーリーは、自己紹介のみ。
壁際には、
万が一の事態に、備えている。
しかし、騎士2人は丸腰で、どこ吹く風だ。
高級将校のためのデスクにいるジェーガーは、すでに用件を聞いているため、ストレートに入る。
「私が、ジェーガー中将だ。遠路はるばる、ご苦労……。それで、貴国からの親書を渡したいとか?」
首肯したレノックスは、
当番兵が歩み出て、儀礼用のトレーで受け取り、上官のところへ運ぶ。
ジェーガーは、差出人と宛名を確認した後に、デスク上のペーパーナイフで開封。
素早く、目を通した。
顔を上げて、ユニオンの騎士に尋ねる。
「貴殿は、この内容を知っているのか?」
「存じ上げておりません」
その返答を聞いて、ジェーガーは椅子の背もたれに、身を預けた。
封蝋で閉じられている以上、いくら『円卓の騎士』とはいえ、内容を知るわけがないのだが。
思わず、聞いてしまった。
“ユニオンの公爵令嬢たるカレナが、
手紙の最後には、ウィットブレッド公爵家ではなく、“室矢カレナ” という署名があった。
つまり、黒真珠は、日本の室矢家についたのだ。
ユニオンを守護する
王家も認めている話だろう。
ジェーガー中将は、海兵隊の出身で、カレナの
アイとは大戦中に知り合い、非公式ではあるが、そちら側の人間といっても良い。
ゆえに、手紙は穏便な内容だ。
用件を済ませて、基地を見学した騎士2人は、帰った。
彼らを見送ったジェーガー中将は、とある部屋のデスクに座り、卓上の受話器を持ち上げた。
相手が出たことから、すぐに話し始める。
「ジェーガーです。少しお話が――」
◇ ◇ ◇
日本の防衛省の庁舎では、誰が受けるのか? で大騒ぎだった。
担当したが最後、何かあったら自分の責任になる、ということで、たらい回しの典型例へ。
沖縄から東京へ移動したレノックスとシャーリーは、ユニオンの外交官である男と、日本の外務省の男の4人で、ひたすらに待つ。
最初は、ユニオンの大使館から連絡があったものの、外務省を通して欲しい、で断わった。
すると、今度は外務省の担当者を連れて、やってきたのだ。
防衛省の受付は用件を聞き、手紙であれば預かる、と言ったのだが、レノックスは首を横に振った。
しかるべき人間に直接渡す、の一点張りで、話は平行線に。
その差出人の名前は、海外のVIPに当てはまらず、混乱した。
けれども、
いくら事前に話があろうと、防衛大臣は言うまでもなく、事務次官や局長クラスも出せない。
しかし、誰かが、それも相手が納得する立場の人間を出さなければ、諦めてくれないのだ。
数日が、経過している。
その間に、彼らは朝から夜まで待ち、帰っていく。
当然、ユニオンの大使館、外務省から、どんどん圧力が高まっている。
そろそろ、誰かが、真剣に対応しなければならない。
最終的に、広報と総務の一騎打ちで、貧乏くじを引かされたのが――
「大変お待たせしました、総務課の
「山田です」
管理職と思しき中年男と、見るからに若い男の2人が、やってきた。
レノックスは、沖縄のキャンプ・ランバートのように、手紙を渡した。
布咲が、迷惑そうに尋ねる。
「中を拝見しても?」
「しかるべき方にお見せいただけるのであれば、構いません」
その返事に
中身はキャンプ・ランバートの司令官に宛てたのと同じで、“ブリテン諸島の黒真珠は室矢家につく” という内容だ。
ただし、“この手紙を開封した時点で、防衛大臣、または事務次官クラスが了承した、と見なす” の文面が、付け加わっている。
担当した布咲は、異能者をよく知らず、『ブリテン諸島の黒真珠』と言われてもピンとこなかった。
ユニオンの『円卓の騎士』についても、全く知らない。
“室矢家へ挨拶に来い、とは言わないが、数日中で、前述した責任者に読ませろ” とも書かれていたが、特に気にせず、デスクに戻ってから、『保留中』の箱に入れた。
この手の押しつけは、よくある話だ。
いくら外務省とユニオン大使館の肝煎りでも、正体不明の相手から渡された、同じく心当たりのない人物からの手紙など、防衛省のトップに見せられない。
そもそも、胡散臭い相手だからこそ、クレーム対応の部署である自分に、回ってきた。
ここで不幸だったのは、海外の異能者は、日本国内であまり知られていないこと。
特に、カレナの認知度は低く、本国ですら、幻の生物の1つに名を連ねているほどだ。
沖縄の件は、限られた人間だけの情報。
ポイントZの吹き飛ばしも、最高機密に指定されている。
ユニオンの異能者は、積極的な広報活動をしておらず、何をしているのか? が不明。
まして、事務をメインにしている部署で、いきなり振られて、分かるはずがない。
忙しくなければ、同席した外務省のキャリアを誘って、別で事情を聞いたかもしれないが……。
もし事情をよく知っている
けれど、彼は常に外回りで、どこにいるのか不明。
電話をしても、繋がらないケースが多い。
他の荒事をメインにしている部署も、よく分からない差出人から手紙が届きました、という理由では、動かないのだ。
手紙を渡すほうも、自分の素性を詳しく話さない。
この相手は不勉強であると、侮辱する態度になってしまうからだ。
――数日後
総務課の布咲は、ふと、受け取った手紙が気になった。
放り込んでいた箱を漁り、再び読んでみる。
“なお、しかるべき責任者に読ませない場合は、ユニオン並びに黒真珠への軽視と、判断する”
プルルル ガチャッ
「はい、総務課です……。はい……。布咲課長、3番にお電話です!」
部下に言われて、机上の電話を取った。
『レノックスです。先日は、お世話になりました。カレナ様からの親書について進捗を伺いたく、お電話を差し上げました。ご存じだとは思いますが、我々、円卓の騎士はユニオン王家の直属でして、嘘偽りを申されたら、相応の扱いをさせていただきます。当国の大使館員も同席しましたゆえ、まさか握り潰すことはないと、愚考しておりますが……。ああ、カレナ様はユニオンの公爵家のご令嬢のうえ、ナイトに叙せられていますので、そちらもご考慮いただけましたら、幸いでございます。どの御方に、お届けされたので?』
焦った布咲は、この場は誤魔化して、すぐに上へ振ろう。と考え直した。
その間にも、レノックスは、話を続ける。
『そうそう……。昨日、ユニオンの国防大臣から、そちらの防衛大臣に、話をさせていただきました。御省はすぐに対応できないほど、お忙しいようで。ちょうど、両国の防衛相会談もございましたから……。では、失礼いたします』
布咲は、受話器を落とした。
結局、カレナの手紙は大臣官房の預かりになって、布咲は人事異動と、相成った。
たらい回しの部署も、なぜかリストアップされており、まるで見ていたかのような記録が、届いていた。
ついでに、知られるとまずい発言、行動も、探偵事務所の調査報告書と同じ形式で、添えられていたのだ。
自分は上手く逃れられた、と胸をなで下ろしていた面々も、そろって飛ばされ、一部は退職届を出す結末へ。
その詳細は、部外者が立ち入れないはずの事務次官のデスクに、置かれていた。
他の書類に印刷されている防衛省のマークの上に、小さな黒真珠と、スノードロップを添える形で……。
スノードロップの花言葉は、『希望』『慰め』。
そして、もう1つ。
『あなたの死を望みます』
どれだけ監視カメラや証言を集めても、誰がいつ入ったのか? は、一切不明なまま。
提出された情報の入手元も、分からず。
タイミングの悪いことに、いざ『ブリテン諸島の黒真珠』について調べようと思った時点で、沖縄の
沖縄で対応した柳本積を呼び出して、厳しく叱責するも、後の祭りだ。
彼は、外で汚れ仕事に従事している人間。
通常の採用とはいえ、形だけの官僚で、出世も左遷もなく、辞めさせたら防衛省が困るだけ。
いっぽう、積にしてみれば、数ヶ月の減給ぐらいでカレナの危険性を周知できるのなら、願ったり叶ったり。
キャンプ・ランバートにも例の騎士2人が訪れたことが、最新情報として入ってくる。
この時点で、彼らがどういう人物か、外交筋での正式な回答も。
あまりにナメられたことで、ユニオンの大使館は、キレたらしい。
室矢カレナは有言実行として、『円卓の騎士』を動かした。
ユニオンの上層部が必死になるぐらいの存在である、という証明で。
知らなかったとはいえ、防衛省は、それを最大限に侮辱したのだ。
ちなみに、スノードロップの花だ、と認識されたら、その花は、見る見るうちに枯れて、そのまま
季節が過ぎたどころか、全てが風化するだけの時間が過ぎたかのように……。
自分が花を持っている間に、そのような出来事を経験した事務次官は、半月後に、体調不良を理由に、辞任した。
カレナは、相手のルールを尊重する。
ゆえに、官僚の理屈で動き、ひたすらに殴った。
それだけの話である。
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