第308話 円卓の騎士2人の日本観光(前編)

 円卓の騎士を養成する学校は、男女別だ。

 しかし、その境目であるフェンスの一部は、逢引あいびきに使われている。


 今も、一組の男女が、甘酸っぱい雰囲気を振りまく。


 片方は、プリシラとの謁見にいた、シャーリー。

 ツインテールで幼い容姿だが、ずいぶんと上機嫌だ。


 本当は行きたくない、と言わんばかりの声音で、愛しい彼に言う。


「うん。そういうわけで、私、日本に行かなくちゃいけないんだ……。ハアッ……。お爺ちゃんが、安請け合いするから……」


 その聞き手は、乙女ゲーに出てきそうな、眉目秀麗な男だ。

 金髪碧眼で、まさに第一王子か、第二王子をやっていそうなイケメン。


 見た目通りの、女を魅了する声で、返事をする。


「プリシラ様のたってのご希望ならば、致し方あるまい。それで、いつ頃に帰ってこられる?」


 両腕を組んだシャーリーは、少しだけ考えてから、答える。


「半年ぐらい、かな? 一応、向こうに支部を作るって建前だし。さすがに、行ってすぐは無理だと思う。ロルフにも、会えなくなっちゃうよ……」


 言いながらも、がっくりと項垂うなだれるシャーリー。


 いっぽう、ロルフは思い切ったように、提案する。


「そのことだが……。君さえ良かったら、私の両親に紹介したい」

「えっ、ホント!? う、嘘じゃないよね?」


 目を輝かせたシャーリーは、思わず、境目になっているフェンスを両手で握りしめた。


 優雅にうなずいたロルフは、話を続ける。


「無論だ。本当は、もっと手順を踏むつもりだったが、君が遠くへ行ってしまうとなれば、黙っていられない。君が任務に入る今は無理だが、帰ってきたら、すぐにでも! 受けてくれるかい?」


 シャーリーは、嬉しそうに何度も頷いた。


 貴族の子弟の中で、選ばれた異能者だけが入れる寄宿学校。

 円卓の騎士の養成機関で、自分の親に紹介したいとは、プロポーズと同義だ。


 決意を込めた表情で、ロルフは切々と語る。


「君のお爺様とプリシラ様の話を耳にしたことで、私にも思うところがあってね……。自分の心に、嘘をつきたくない」


 感動している様子のシャーリーだが、自分で釣り合っているのだろうか? と不安になった。


「でも、私、ぜんぜん女らしくないし……」


 うつむいたシャーリーに対して、フェンス越しにロルフが手を重ねた。


 その感触で、彼女は思わず見上げる。


「私が、君を認めているんだ。他の誰にも、否定させやしない。……どうか、無事のままで、日本から戻ってきて欲しい」


 しかし、言い終わったロルフは、不安げな表情になった。


 シャーリーは、フェンス越しに手を重ねたまま、問いかける。


「えっと……。何か、心配事でもあるの?」


 すぐに笑顔に戻ったロルフは、サラッと言う。


「ああ、何でもないよ。ただ……。日本へ行っている間に、君が心変わりをしたら、と不安になってね」


 それを聞いたシャーリーは、クスクスと笑った。


「何、それ! あなたよりも良い男なんて、いるわけないよ! そっちこそ、浮気しないで待っててね?」




 密会を終えたシャーリーはスキップしながら、屋根付きの渡り廊下を歩く。

 中世ヨーロッパと聞いてイメージする、城のような建築物だ。



 途中で、長い金髪に青い瞳をした少女と出会い、たしなめられる。


「シャーリーさん。もう少し、歩き方に注意なさったら?」


「あ、セーラだ。ヤッホー!」


 ブンブンと手を振るシャーリーに、セーラは溜息を吐いた。

 他の女子も、呆れたように見ている。


 まるで、貴族の令嬢の中に、1人だけ庶民が迷い込んだ風景。



 気品あるセーラは、浮かれたままのシャーリーに尋ねる。


「何か、良いことでも?」


「あー、うん。セーラになら、教えてもいいかなー?」


 もったいをつけるシャーリーに、少しだけイラッとするも、セーラは先をうながした。


 首を縦に振ったシャーリーは、あっさりと言う。


「実はねー。ロルフに、プロポーズされたんだー!」


「そう、ですか……。おめでとうございます」


 わずかに目を伏せたセーラは、そっと隠したこぶしを握りしめた。


 気分が高揚しているシャーリーは、相手の様子に気づかず、話を続ける。


「お爺ちゃんのせいで、日本行きになったから、相手の家への挨拶は帰ってからだけど――」

「シャーリーさん、立ち合いをお願いできますか?」


 いきなりの申し出に、彼女はキョトンとした。


「う、うん。別に、いいけど……。今から?」

「はい」


 即答したセーラは、訓練場へ歩き出した。


 戸惑いつつ、シャーリーも続く。




 訓練場の一角で、2人は向き合った。


「「円卓ラウンズの名誉のために!」」


 その言葉と共に、武装が出現する。


 セーラの身体には、軽装の鎧。

 胴体には首筋から腰までのアーマーだが、状態を捻りやすいように腹を境目に、違うパーツだ。


 腕と足にも鎧があるものの、露出が多く、全体的に簡略化されたイメージ。

 頭部には、ティアラをしたヘッドギア。


 スッと右手を動かしたら、美麗なレイピアが出現した。



 いっぽう、シャーリーも、重要な部位だけ守るアーマーをまとう。

 こちらはセーラよりも精悍せいかんなデザインで、両手にハルバードを持つ。



 セーラが、レイピアを身体の正面で立てた。

 それに応じたシャーリーは、長いハルバードの切っ先を正面へ向け、下ろす。


 どっしりと構えたシャーリーに対して、セーラもレイピアを前に向ける。


 次の瞬間。

 セーラの姿が消え、一瞬でシャーリーの右側に回り込みながら、突きを繰り出した。


 シャーリーは焦点を定めないまま、右足を動かして、セーラに正対。

 ハルバードで受け流しつつ、薙ぎ払う。

 避けられたので、両手持ちのまま振り回して、先端と石突きによる連撃に切り替える。


 自分とハルバードの重さ、動きを利用した、見事なコンビネーションだ。

 まさに攻防一体で、その軌道に武器や身体を挟まれたら、タダでは済まない。


 鮮やかなステップで間合いを調節して、死角に回り込むセーラだが、その場で向きを変えるだけのシャーリーに対して、疲労が激しい。

 レイピアで突き、薙ぎ払いを続けるも、だんだんと息が上がってきた。


 どれだけフェイントを交ぜても、フットワークを使っても、シャーリーを崩せない。

 まるで、要塞だ。



 レイピアは、突きに特化した武器。


 優美の極みだが、馬上で他の騎士や、下を動く歩兵を蹴散らすためのハルバードとぶつかれば、打ち負けする。

 しかし、それは当たれば、の話。


 異能があるとはいえ、本来は馬上で振るうべきハルバードを自分の手足にしているシャーリーが凄いのだ。

 地面に立っていれば、普通はレイピアのほうが強い。


 それでも、セーラは自棄になって、攻撃を続ける。

 引かない。



 いつもなら、私の突撃にカウンターで合わせるのに……。


 困惑したシャーリーだが、大振りな突きで身体が流れたセーラを見て、一気に姿勢を低くして、地面スレスレを薙ぎ払う。

 あっさりと足を払われ、地面に倒れたところで、ハルバードを突きつけた。


 シャーリーは、宣言する。


「終わりだね?」


 倒れた状態で、首筋にブレードがある。

 けれども、セーラは顔を伏せたまま、何も答えない。


 様子がおかしい彼女に、シャーリーはハルバードの刃を外して、もう一度、問いかける。


「あの……。大丈夫?」


「…………何でも、ありません。もう、お行きなさい」


 倒れたままで、顔を見せずに返したセーラ。


 騎士の武具を消したシャーリーは、彼女を気にしながらも、訓練場を後にした。



 ◇ ◇ ◇



 老齢の騎士レノックスは、自分の弟子にして、孫娘であるシャーリーと一緒に、ロンドンの国際空港にいた。


「お爺ちゃんのせいで、ロルフとの婚約が先延ばしだよ! 早く、帰らせてよね?」


 くちびるを尖らせたシャーリーに、レノックスは微笑んだ。


「手紙を届けたら、ゆっくり観光をすればいい。数ヶ月で、ユニオンに帰れるだろう」


 その返事に、シャーリーはやっぱり不満げだ。


「ただでさえ、みんな、ロルフを狙っているのに……」


 服の上からペタペタと手で触っているのは、自分のスタイルを気にしているのだろうか?


 たとえば、最後に会ったセーラは、いかにも女らしい体つきだった。

 シャーリーは、それを気にしている。


 昨日の出発前夜に、シャワーの後で自分の裸を見た彼女は、思わず溜息を吐いた。

 特に、胸はもう成長しそうにない。

 幼児体型のロリとしては、需要がありそうだが……。



 帰国すれば、ロルフと一緒になれるのだから。と頭を切り替えたシャーリーは、自分の師匠にして、祖父と一緒に、国際線の搭乗手続きを済ませた。

 彼らは『円卓の騎士』のため、別枠であっという間に終了。


 飛行機のシートに座ったシャーリーは、祖父に話しかける。


「そういえばさあ……。私たちが使っている装備って、誰が作ったの? これまで、鍛冶職人スミスが修理をしているのは見たことがあるけど、作っているところは全然だし」


「私も、よく知らないが……。どうやら、昔に作ったものを受け継いだらしい。管理者はウィットブレッド公爵家だから、そちらの先祖に優秀な職人がいたのだろう」


 首をかしげたシャーリーは、それに突っ込む。


「でも、技術を継承していないのは、変だよね? これだけ超常的な力を持つ武具だったら、ユニオン王家が総力を挙げて保全すると思うけど……」


 頷いたレノックスは、その疑問に答える。


「そうだな……。一説によれば、とか。それに、今残っている装備は、“出来損ない” らしく、『制作者が放り出した失敗品の山』とも言われている。うちでは、絶対に認めない説だが……」


 ギョッとしたシャーリーは、思わず聞き返す。


「あ、あれで、失敗品!? じゃあ、成功したら、一体どうなるの?」


「さあ……。それこそ、空を裂き、地を砕き、一撃で街も滅ぼせるんじゃないか? ユニオンでそれを解き明かそうとしたジャーナリスト、歴史学者も大勢いたようだが、未だに謎のまま。その材質すら不明。『どのような原理で、契約者に装着されるのか?』も、手付かず。古代文明の遺産なのか、それとも……」


 ――神様が作ったのかもな?



 冗談めかして言ったレノックスは、自分の席へと向かった。



 ユニオンから日本までは、約12時間のフライトだ。

 任務とも呼べない、手紙の配達とはいえ、円卓の騎士でありながら休暇の扱いはまれ


 せっかくだからと、シャーリーは日本の観光名所や、美味しい食事ができる店を検索する。


 貴族に準ずる扱いのため、ファーストクラス。

 半個室のため、空の旅としては快適なほうだ。


 座っている場所は、そのままベッドにもなる、一人用のソファ。


 シェルの中を見渡せば、書斎のような木目調のインテリアと、多目的モニター、それを操作するコントローラも。

 手荷物の収容スペースは座席の下にあるし、作業用の折り畳みテーブルまで。


 機内に向けたエンターテインメントを起動すれば、ゲーム、映画、ライブを楽しめる。

 機外への電波の発信は固く禁じられているが、機内の無線回線を通してなら、ネット接続も可能だ。


 ふと、シャーリーは気になる検索結果を見つけた。


「よく当たる占い……。へえ、ちょうど東京にいるんだ。私も、その少女に出会ったら、ロルフとの将来を占ってもらおうかな? あー。でも、紫苑しおん学園って学校に行かないと、占ってくれないんだ」


 シャーリーは、ちょうど女子高生の年齢だけに、興味津々だ。

 地球の半分を飛ぶ旅客機に乗ったまま、ユニオンに帰った後のことを考える。

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