第306話 それは自然界の力の1つにして無限の彼方まで届くー⑤

「最終安全装置、解除」


 俺の宣言を受けて、室矢むろやカレナは、対戦艦ライフルの下にいながら、準備を進める。


「ライフルの前方に、フィールドの形成。マルグリットを通したエネルギーの接続……。効果範囲の限定として、空間の固定を開始するのじゃ! 磁場や重力場への影響を演算中……終了! 射線、クリア。対象物をロックオン。いつでも、撃てるぞ?」


 空中にいる俺たちは、いよいよターゲットを見据える。


 相手は、山だ。

 回避される恐れはない。



 その時、ライフルの台座になったままで、カレナが振り返った。


「これが、最後のチャンスじゃ……。今なら、まだ引き返せるぞ? 普通の生活に戻って、詩央里しおりと静かに暮らしたければ――」

「そこに、メグはいるのか?」


 俺の質問に、カレナは沈黙を守った。



「発射する。カウント5からスタート」

「分かったのじゃ」


 ターゲットの山の付近から、多数のミーゴと、その兵器と思われる航空機らしき物体が出てきて、一斉にこちらを目指す。


 だが、もう遅い。


「敵、ほとんどが射程内じゃ。このまま撃て」


 カレナの報告を聞きながら、いよいよカウントダウンへ。



「5」


 俺とカレナが支えている対戦艦ライフルの前に、大きなレンズが出現した。


 SFに出てくる、機械的なゲートのような形状だ。

 数人が通り抜けられるサイズで、粒子加速器の断面図とよく似ている。

 外周が回転していて、そのレンズ部分は、底知れぬ空間に繋がっている、と思える。


 巨大なレンズの周囲にも、小さなレンズが補助装置のように並ぶ。


 こちらは、フレームのように頑丈な縁取り。

 衛星のように、中央のレンズと連動している。



「4」


 大小のレンズ群は光り出し、夜空にスパークが続く。


「3」


 周囲の小さなレンズと呼応するように、中央の大きなレンズがより強く光り出した。

 射線上にある物体が反応して、地上ではあり得ない挙動を始める。


「2」


 前方のが、乱れ始めた。

 あってはならない振動が連鎖的に伝わっていき、一部の空間は歪む。


「1」


 対戦艦ライフルによる照準。

 ミーゴどもが巣食っている、山岳地帯の奥へと――



 カチン



 トリガーを引いても、銃弾は発射されない。

 これは、ライフル型のバレだから。


 中央のレンズから飛び出すのは、太いレーザーのように密集した、だ。

 周囲の小さなレンズ群からも、その重力子の枠を形成しながら、追随する。

 彼らは、発射地点からせん状に広がりつつ、まっしぐらに突き進む。



 無限とも言える、咲良さくらマルグリットが接続している異次元のエネルギー。

 カレナは、それを “重力子の照射” へと変換している。


 何かが一直線に、ターゲットへと向かっていく。

 周囲の空間を捻じ曲げるが、自身はソリトンで、そのまま直進。


 その進路にいるミーゴ、敵の航空機はその干渉に耐えられず、どんどん爆散する。

 余波によって、回避した連中も巻き添えに。


 ビームのような重力波は、触れた粒子を励起させたことでの軌跡を見せつつ、ターゲットに到達。


 山岳地帯は、砂の城よりも簡単に崩れた。

 空間ごと重力波によって浸食され、その物質であることを止めて、崩壊する。


 内部にある、外宇宙を航行できる船も、鉱物資源の採掘現場とその保管庫も、生活に必要な設備も、観測機器も、人の脳を収めた缶が並ぶ部屋も、鹵獲ろかくしたバレを保管している部屋も、中枢にいる司令官らしきミーゴも――



 大きくえぐった穴だけを残して、射線上の全ては消え去った。

 地図を書き換えなければいけない。



 世界で初の、だ。

 これが、室矢家としての力。



 重力は全ての素粒子に影響を及ぼし、何物にもさえぎられず。

 その重力子は質量を持たないことから、無限遠まで届く。


 自然界の素粒子における、4つの力。

 その1つである重力は、宇宙をマクロ的に支配している存在。


 宇宙創生、ビッグバンの直後にあったと思われる高エネルギー。

 マルグリットが接続している異次元を利用すれば、それに匹敵、または上回る出力も可能……。


 たった今、俺は力の一端を示した。

 分かる人間は、この宇宙の支配者が誰であるのか? も、理解するだろう。



 この対戦艦ライフルは、航空防衛軍の輸送機に運ばせた。

 当然――


「空にいる早期警戒機と、軌道上の軍事衛星は、大忙しだな……」


 俺がつぶやいたら、銃身を支えているカレナも言う。


「日本の防衛軍に加えて、USFAユーエスエフエーも動いているぞ? これで、『他の魔法師マギクスがやった』と言い張れるのなら、たいしたものじゃ……。陽電子砲と重力砲を間違えるのも、無理がある」


 荷電粒子砲の1つ、陽電子砲。

 アニメでもよくある、実現できそうな兵器だ。

 粒子加速器により、亜光速にした荷電粒子を発射する。


 ただし、銃身から出た瞬間に、空気の壁に衝突して、その電子と対消滅することで、ガンマ線による大爆発というオチに。

 気化したガソリンだらけの部屋で、火炎放射器を使うのと、同じだ。

 (研究機関の粒子加速は、厳重にシールドされた、閉鎖環境で行っている)


 そこに目をつぶっても、一定の距離で急にエネルギーを失う、磁場の影響を受ける、と問題点が多い。

 宇宙空間の中性粒子ビームですら、消費電力が大きすぎる、とさじを投げられているのだ。

 

 これだけの大出力で、しかも周辺に影響を及ぼさない陽電子砲。

 そんな魔法があったら、ぜひ見てみたいものだ。



 対戦艦ライフルの引き金から指を離した俺は、陸上防衛軍のヘリからのサーチライトに照らされた。

 それに構わず、長いライフルを自分の式神に預ける。


 複数のヘリが現れ、消し飛ばした山の跡や、周辺にライトを向けている。

 ひっきりなしに降下してる人間は、おそらく増援のマギクスと、陸防の兵士だ。


 俺とカレナは、空中に浮かんだまま、その映画の一場面のような光景を見る。



重遠しげとお。さあ、名乗りを上げろ……」


 優しい笑顔のカレナに対して、うなずいた。


 消え去った山岳地帯を指差しながら、空中で叫ぶ。



「俺は、千陣せんじん流の室矢家の当主、室矢重遠! たった今、山岳地帯にあるミーゴの本拠地を消し飛ばした!! 当家の敵とならん者は、今の光景をよく思い出してから動け! 敵対すれば、千陣流と室矢家の名に賭けて、滅ぼしてくれよう!」



 カレナの力で増幅された声は、辺り一帯に響き渡った。

 周囲にいる人間たちが、注目する。

 

 目立つ武器を持っているからか、陸防のヘリの一機は、俺たちにライトを当てたままだ。

 おかげで、演劇の舞台役者のように、遠くからでも目立った。



 俺は、マルグリットと同じか、それ以上の力を示した。

 真牙しんが流のマギクスとして……。


 あとは、奴らの態度による。



 ここからは、急がなければならない。

 室矢家として態勢を整えなければ、すぐに圧力をかけられ、そのまま管理下に置かれるからだ。


 宇宙空間のように思える、初秋の夜空。

 第二の式神で天装をまとっているため、肌寒さを感じず。

 しかし、これでもう、言い訳はできない。

 戦略級の魔法を使った人間として、常にマークされる。



 そういえば、と思った俺は、彼女に尋ねる。


「お前は、名乗らなくていいのか?」


 まだ笑顔のカレナは、事もなげに言う。


「案ずるな……。私の名乗りは、で行うのじゃ」


 カレナは、対戦艦ライフルを輸送ヘリの下にある吊り具に固定した後で、キャビンから下を見ている搭乗員に合図を出した。

 彼は了承のハンドサインを返した後で、コックピットへ報告する。


 上空でホバリングしていた輸送ヘリは、俺たちから遠ざかった。

 それを受けて、他のヘリも離れていく。


 下の灯りだけになった夜空で、2人だけ。


 正面から抱き着いたカレナは、俺の胸に顔をうずめながら、呟く。


「お主らは、よくやった……。次は、私が動こう」

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