第242話 海に生きる少女2人との邂逅ー②
――海洋博覧公園の
テレッサ海洋
海上だから、船は小さく揺れている。
外洋に出れば、ひっくり返るレベルで大揺れになりそうだ。
このヨットの後部は段差があって、ダイビングのエントリー用にも使える構造。
デッキ上の端に金属の支柱、それに落下防止用のワイヤーが、船首から船尾まで、ぐるりと張ってある。
俺の視線を読み取ったのか、
「そのワイヤーは、“ライフライン” だよ。支柱のほうは、“スタンション” と言うんだ。観光船じゃないから、前方のデッキには上がらないでくれ。必要な作業は、私たちで行う……。見て分かるように、外では操縦席にあるチークデッキのベンチに座ってくれ。狭く感じるだろうが、これはヨットだから、“メインセール” と “ジブ” で風をとらえて、海を走るのさ。エンジンもあるけどね?」
説明を終えたエカチェリーナは、スッと指差した。
その方向に、1人が通れるぐらいの階段がある。
操縦席の正面にある階段を下りたら、意外に広い室内が目に入った。
前方にリビングのように、テーブルを挟んで向かい合わせのソファがある空間。
よく見れば、前方の奥に小さな扉。
人が通れるサイズのため、船首にも個室があるのだろう。
手前の左側に、シンクと蛇口、それからコンロ。
注文住宅と言われても納得しそうな、豪華で、機能的な内装だ。
木目を活かしたブラウン、クリーム、ホワイトの3色のため、とても温かい印象を受ける。
少女2人の根城だからか、とても良い香りがする。
左右の上側には、横に細長い、小さな窓が並んでいて、外からの光が入ってきた。
プライバシー保護のためか、今は内側のカーテンが閉められている。
奥の中央には太い金属の棒があって、天井にも採光用の四角い窓らしき部分が見える。
旧日本帝国海軍の作業帽を脱いだエカチェリーナは、俺たちのほうを向き、話しかけてくる。
「適当に座ってくれ……。
「はーい!」
俺たちが並んでソファに座ると、目の前のテーブルにティーカップとお菓子が並ぶ。
エカチェリーナは、俺たちの顔を見た。
「下世話だが、トイレはさっきのクラブハウスで済ませてくれ。ここにもあるけど、タンクからの臭いが酷くなるので、あまり使わないようにしている」
前置きした彼女は、千波も着席したことから、話し出す。
「私と千波は、テレッサ海洋女学校の中等部3年生だ。どちらも、海上防衛軍の現場研修に出ている。詳しくは話せないが……。
「大丈夫だ」
俺の返事を聞いて、エカチェリーナは
「テレ女は、伝統的に海軍との関係が深い。昔は帝国海軍の一員として軍艦に乗り、その魔法を使うことで、主に
言われてみれば、ベルス女学校では海上防衛軍、航空防衛軍の名前は出てこなかった。
卒業後の進路として同じ “防衛軍” でも、その学校の特色が出るのか。
与えられた情報を整理しつつ、向かいに座っている少女を見つめた。
すると、エカチェリーナが自分から説明する。
「私の姿が、気になるか? 御覧の通り、シベリア共同体の
首を横に振った俺は、お礼を言う。
「いや、もう十分だ。ありがとう」
まだ俺を見つめているエカチェリーナが、追加で説明する。
「私は、シベ
「そうなの! すごいわね、リーナ!!」
無邪気に自分の感想を述べた千波に、当の本人はニヤリとしながら、すぐに否定する。
「冗談だよ……。君はすぐに信じるから、
ひどい! と怒る被害者に対して、エカチェリーナが
彼女は再び、俺の顔を見た。
「どうして、今の話を?」
俺の指摘に、エカチェリーナは顔を背けた。
「君だって、ベル女で色々と騒ぎを起こしただろう? 私も、少しぐらいは言ってみたくなるさ」
彼女は
今度は、咲良マルグリットが話題を振る。
「それにしても、すごいわね! 中等部で、これだけ豪華なヨットを持っているなんて……」
壁際に設けられたソファに座った彼女は、心底驚いた表情だ。
向かいのエカチェリーナは、笑いながら説明する。
「これは、共同出資だよ! 私と千波は海防の下士官で、そこそこの収入があるけど……。OGも巻き込んで、新品を購入したのさ。中古のヨットも考えたが、そちらは大手だから信用できるとは限らない業界で、諦めた。上架したら、船底の塗装がボロボロで全面塗り直し。あるいは、点検しにくい場所の重要パーツが全滅も、ザラのようだったから……。そういうのに限って、すぐ見られる部分は完璧に整えているからね。私たちは、余計な勉強代を払うつもりはないよ」
首肯した千波も、話し出す。
「帆船の実習もやるけど、やっぱり自分と友人の船が最高ね! 海に出れば、それだけの世界だし!!」
外洋にも出られるクルーザーは、いいのか?
そう思ったが、他国に亡命しないよう、何らかの保険が掛けられているのだろう。と自己完結した。
しばし、出されたお菓子とジュースを食べる音が響く。
「ベル女とテレ女は、どちらが上なんだ?」
俺が口にした途端に、気まずい空気が流れた。
気を遣ったマルグリットが話し出す。
「
「あ、ああ……」
気圧された俺が答えたら、溜息を吐いた彼女が続ける。
「うちとテレ女は、『どちらが上だ?』で張り合っているのよ。まあ、方向性が違うから、マギクス養成機関による対抗戦をしているぐらいだけど……」
少し疑問に思い、質問してみる。
「ん? 男子校を含めて?」
首を横に振ったマルグリットが、補足する。
「女子校、男子校で、別の大会よ。理由は、体格などが違って、フェアではないから! でも、本音は違う。男女で恋愛をさせないため」
は?
首をひねっている俺のために、斜め前で座っている千波が説明する。
「要するに、真牙流としては交流会、お見合いで、異性とお付き合いをさせたいの! ……バカバカしいと思うけど、魔法を使えるマギクスが勝手に恋愛を始めたら、死人が出る修羅場になりかねないわ!! それに、異性と接点がないことで大企業の経営者たちが自分の子供を送り込んだうえで、スポンサーになっているのよ? 『同じマギクスだから』と、そこを崩したら、援助を打ち切られるだけ!」
そういえば、ベル女の3年主席とマルグリットも、俺を巡っての殺し合いだったな?
あれが日常茶飯事になったら、確かに大変だ。
強力なスキルを持つ異能者だからこそ、制限があると……。
自分の長髪の先を指で弄ったエカチェリーナが、結論を出す。
「うちとベル女は、女子校で海と陸のトップ。それで、いいじゃないか……」
あえて、お互いの順番をつけず、男子校も省いての断言。
張り詰めていた空気が、ようやく和らいだ。
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