第241話 海に生きる少女2人との邂逅ー①

 ――オキちゃん用マリンシアター


 屋外スタジアムのように、固定の椅子が並んでいる観覧席。

 上には大きな屋根があって、天候に関係なく楽しめる。


 ちゅーら水族館とは別の施設で、基本的に無料で見られるのだ。

 ちなみに、半券を提示すれば、水族館に再入館できる。


 観客の視線の先では、複数のイルカがトレーナーの指示によって泳ぐ。


『はーい! じゃあ、次は一斉にジャンプをしてみましょう!!』


 頭につけたヘッドセットのマイクを通して陽気にしゃべる、お姉さん。


 イルカたちは、規則正しく水中から跳ね上がり、ザバーン! と水面に潜っていく。

 その迫力と水しぶきに、観客席から様々な声が出た。


 最前列に近い席では、プールから水が飛んできた。

 むろん、事前にその注意事項は説明されていて、そこに座るのは自己責任だ。


 夏休みのため、家族連れが多く、子供の甲高い声も。

 天気に恵まれ、南国らしい青空と、背景のようにコバルトブルーの海。


 イルカたちは芸を披露した後で、観客席からの拍手を浴びながら、メインプールをぐるぐると泳ぐ。

 1人のトレーナーは屈んだままで、水面に顔を出したイルカにご褒美のえさをあげている。

 この海洋生物は知能が高く、人間に親しみを持っているらしい。

 ショーをした彼らも、観客から反応があったことで、喜んでいる。


 イルカの生態や能力の解説もあって、子供の教育にも良さそうだ。


 彼らは、尾ビレを上下に振ることで、推進力を生みだす。

 骨と筋肉も素晴らしく、その加速はたいしたものだ。

 潜ることで着水の衝撃をカバーするため、水深4mなら6mはジャンプする。



 臨海公園として、各所に配置された施設の1つ。

 そのメインスタジアムというべき屋外プールで、イルカショーが終わった。


 正面にある大きなプールの他に、隣接した小さなプール2つも見える。

 観客席は少し離れていて、最前列でも濡れにくい構造だ。


『はーい! では、頑張ったイルカさん達にもう一度、盛大な拍手をお願いしまーす!!』


 興奮冷めやらぬ観客たちが拍手を終えて、別の場所へ移動する中、俺と咲良さくらマルグリットも席から立ち上がる。


「すごかったな」

「ええ! やっぱり、生で見ると違うわね!!」


 マルグリットの返事を聞きながら、俺は見覚えのある人影を捉えた。


「アイさん。次は、どこへ行きます?」

「食事にしたいけど……。混むと思うから、少し離れましょう」


 ショートヘアの銀髪に、紫色の瞳。

 えーと、深堀ふかほりアイか……。


 その周囲には、スマホのビデオ通話で見慣れた椙森すぎもりデュ・フェリシアの姿も。


 おや? 

 外国人の男が、アイに話しかけている。


「You look a lot like the Goddess of the Church! If you can,I'd like one of your photos at....... Where are you from? You're not Japanese,are you?(あなたは、教会の女神さまによく似ている! できたら、写真を一枚欲しいのですが……。どちらの方ですか? 日本人ではないですよね?)」


 その男の顔を見た彼女は、あっさりと答える。


「I'm sorry,but I refuse to do anything.【Stop taking an interest in me while you're here.】Good-bye,then.(申し訳ないけど、一切お断りするわ。【ここにいる間、私に興味を持つのを止めなさい。】では、さようなら)」


 何を言っているのか、さっぱり分からない。

 アイの最後のほうだけ、妙に説得力を感じる台詞だったけど。


 外国人の男は、すぐにきびすを返して、どこかへ立ち去った。

 話していたアイも、フェリシアたちに向き直っている。


 夏休みだから、みんなで遊びに来たのだろう。

 自分の中で結論を出した俺は、尋ねてきたマルグリットに、知り合いがいた、とだけ答えて、お茶を濁した。



 ――海上防衛軍 潜水艇コーナー


 この世界では、小型の潜水艇が発達している。

 エイのような形で、1人か、2人乗りだ。

 格納式の両腕があって、細かな作業も可能。


 ここに展示されている模型は、灰色の軍用だ。

 いかにも戦闘向けの、獰猛どうもうな印象を受ける。


 “三八式蒼険さんはちしきそうけん


 武装は、水中用ニードルガン、魚雷、ロケット弾。

 回避用のアクティブデコイ、水中用の溶接アックス、杭を撃ち出すパイル射出器。


 潜水可能な深度は、非公開。


「まあ、それなりに潜れますけどね……」


 しげしげとスペック表を眺めていたら、声をかけられた。


 そちらを見れば、私服であるが、“解説員” のバッジをつけている男。

 老齢であるものの、軍人に特有のハキハキした感じだ。


「ひょっとして、あなたも?」


 うなずいた老人は、話し出す。


「はい。太平洋の決戦に参加しました。あの時は、視界が利かないうえに乱戦で、生きて帰れたのは奇跡です。敵艦に突っ込んだ同僚や、味方の楯になって魚雷を食らった奴もいました。みな、良い奴でしたよ……」


 蒼険の部隊は、だいたい戦死。

 生き残りも、ほぼ老衰で亡くなりました。

 自分はまだ生きていますが、遠からず戦友に会えるでしょう。


 そう続けた老人の言葉で、しんみりとした空気に。


 慌てて、本人が言い直す。


「この模型の三八式は、私が現役時代に乗っていた奴でして……。今となっては旧式ですが、だからこそ、観光客に見せられます。当時だったら、部外者が性能を知っただけで、コレものでしたがね?」


 懐かしそうに説明しながら、老人は片手をピストルの形にして、撃った。

 昔は、最新鋭の軍事機密だったわけか。


 興が乗ってきた彼は、率直に自分の感想を言う。


「海中の作業は、こいつのおかげで、だいぶ楽になりましたよ! 生身のダイバーだけに負担をかけず、救助活動も行えたので……。同じ帝国海軍からも、色々と言われていました。『小魚が海にいて、どうする?』とか……。ですが、私たちが艦を助けている、制海権の確保に貢献している、という自負がありました。今でも時々、自分が三八式に乗っている夢を見ます……。テレビなどで後継機が活躍しているニュースを聞くと、自分のことのように嬉しくなりますよ。元々、スピードはありましたから、現代戦で小回りが利くこいつの出番は多いでしょう」


 ふと気になって、彼に質問する。


「そうですか。とても役立つ、機動兵器なのですね……。ところで、あなたは “海の女神” について、どう考えていますか?」


 目を閉じた老人は、静かに言う。


「信じていますよ? 戦時中は、この発言だけで軍法会議もの……。戦ったUSFAユーエスエフエー海軍には思うところもありますが、何にせよ、陸に戻れて良かったです」


 この言い方は、彼女に助けられたのか?

 だが、これ以上は踏み込むべきではないだろう。



「もしかして、『アイシクル・エッジ(氷柱つららやいば)』かい?」


 いきなり、可愛い声が聞こえてきた。

 振りむいた俺の目に、1人の少女。


 紺色のカラーに、白のセーラー服。

 赤のタイのおかげで、全体的に引き締まっている。


 義妹の室矢むろやカレナぐらいの背丈で、高校生には思えない。

 白髪というか、白銀の長髪に、青い瞳。

 いかりマークのついた作業帽を被っているが、海上防衛軍の明るい青ではなく、セーラーカラーと同じ紺色だ。

 ……これ、旧日本帝国海軍のか?


 大人びた風貌だが、それと不釣り合いに思える、未成熟な姿。


 困惑した咲良マルグリットは、おずおずと尋ねる。


「えっと……。どちら様?」


 まっすぐ俺たちを見つめる少女は、冷静に答える。


「私は、テレッサ海洋女学校の中等部3年、空賀くがエカチェリーナだよ。リーナと呼んでくれ……。君が、『アイシクル・エッジ(氷柱つららやいば)』か。ぜひ勝負――」

「これこれ! 戦うのなら、外でやりなさい……。他のお客様も、こちらを見ているじゃないか」


 老人に諭されたエカチェリーナは、Принятоグリィニト.(了解) と言った。


 その時、もう1人の少女がやってきた。

 同じセーラー服と、作業帽だ。


「リーナ! 何をして……。Nice to meet you!(初めまして!)」


 茶髪のロング、茶色の瞳で、騒がしそうな少女が、途中から英語で話しかけてきた。


 それに対して、エカチェリーナが言う。


千波ちなみ。彼女は、日本語をしゃべれるよ?」

「それを早く言いなさい!!」


 空賀エカチェリーナと支鞍しくら千波ちなみから、改めて自己紹介をされた。

 先にマルグリットが返して、その後に続く。


「俺は、室矢むろや重遠しげとおだ」

「あ――っ! ひょっとして、こいつ。ベル女で有名な!!」


 騒ぎ出した千波に、エカチェリーナが慌てて止めようとしたが、間に合わない。

 俺にビシッと指をさしたまま、大声で言い切る。


「おっぱいスキー!?」


 ちょっと、待てや?

 このチンチクリン、今、何言うた?


 思わず、千波を締め上げようとする。


 エカチェリーナが慌てて、口を挟む。


「あー。とりあえず、場所を移さないか? 私たち、物凄く目立っているから……」


 周囲を見たら、観光客が遠巻きに見ていた。

 さっきの爺さんは、展示スペースのすみで、他人の振りをしている。

 いや、他人だけどさ……。


 旧日本帝国海軍の作業帽のつばを前に下ろしながら、エカチェリーナが続ける。


「この海博かいはく埠頭ふとうに、私たちの船を係留してある。そこへ行こう」



 ちゅーら水族館は、海洋博覧公園、略して海博かいはくの一部だ。

 オキちゃん用マリンシアターも、同じく。

 その名前の通りに、海洋博覧会が行われた跡地を利用している。


 エカチェリーナに案内された場所で、一艘いっそうのヨットが停泊していた。

 1本マストで、キャビンもある。

 いわゆる、セーリングクルーザー。

 白の船体は、いかにも速く動きそうなフォルムだ。


 後部は搭乗口で、入ってすぐの場所に操縦席がある。

 舵輪だりんは昔ながらの丸い形ではなく、横に細長く、その上下を中央に寄せた長方形だ。

 操縦席の前方には、キャビンへ下りるための階段。


 よく見ると、青色の障壁が、船尾せんびの開けた空間を覆っている。


 彼女たちは周囲にある薄い障壁を気にせず、ヨットの後部に乗り移った。

 俺とマルグリットも、後に続く。

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