第239話 さすがに沖縄のリゾートホテルは格が違った

 ファン・グランデ・リゾートホテルは、ビーチまで整えられたリゾート施設だ。

 ホテルのベランダからは、一枚の絵画になるように計算された風景を楽しめる。


 ここには、ヨットを係留できる埠頭ふとうや、子供向けの海洋生物との触れ合いコーナーもあるのだ。


 夕方から夜にかけての、太陽が沈んでいき、あかね色から黒に包まれていく時間帯にテラス席でいただくディナーは、最高だろう。



 一般客とは違うクラブフロアで、専属のサービスオフィサーに出迎えられ、ウェルカムドリンクをいただきながら、チェックインを済ませる。

 “スイート” のロングステイで、専用ラウンジの利用権もついてきた。


 受け取ったカードキーで、エレベーターに乗る。

 最上階の11F。

 見るからに安ホテルとは違う内廊下を歩き、いよいよ2人の愛の巣に到着した。


 扉を開けたら、見渡す限りのオーシャンビュー。

 それも、ホテル専用のビーチを見下ろせる、特別なアングルだ。

 濃い青色の空と、グラデーションのように明るい青緑色の海!


 ベランダに出れば、邪魔のないビーチの景色で、整備された砂浜の白色も広がっている。

 ホテル専用のビーチのため、ガラの悪い連中はいないようだ。

 このホテルを設計した時に考案された、絵になる風景を二人占めふたりじめ


「わああああ! すご――い!!」


 スーツケースを置いた咲良さくらマルグリットは、さっそく広いベランダに出て、喜んでいる。


 最上級のスイートだけあって、リビング側には普通の椅子とサイドテーブルが一式で、寝室のほうにはサマーベッドが2つ。

 つまり、ベランダに出れば、ゆっくりと海水浴の気分を楽しめるわけだ。

 自分が泊まっている部屋だから、安全に一日中。

 南国の星空を眺めれば、大いに気分が盛り上がること、間違いなし。


 グレー系でシックにまとめたリビングダイニングを見回す。


 生活できそうな、広い空間。

 壁の大型モニターを見やすいソファは、四分の一の弧を描いた配置。

 それとは別に、ダイニングテーブルと椅子もある。


 ダブルベッドの寝室は別で、広いバスとシャワーブース、サウナまで完備。

 アメニティも、全て一流のブランド品だ。

 ちなみに、バスからも、オーシャンビューを見られる。


 バーカウンターも用意されているけど、俺たちにはあまり関係ない。

 ミニキッチンは、軽食が欲しい時に役立ちそうだけど。


 靴を脱ぎ、用意されていた室内用のスリッパに履き替えた。

 解放された足のおかげで、落ち着ける場所に着いた、と再認識。


「いや、広いなあ? 夫婦向けの、オシャレな分譲マンションみたいだ……」


 リビングのテーブルの上には、お歳暮レベルの焼き菓子の詰め合わせ、ドライフルーツ、それにバーセット。

 俺たちは未成年だから、ソフトドリンクだけどね。


 自分のスーツケースを倒し、中身を取り出しながら、マルグリットに訊ねる。


「メグ! 今日の夕飯と、明日のアクティビティの予約をしないと!」


 俺の発言で、マルグリットはベランダから室内に戻ってきた。


「そうね……。何があるの?」


 大型テレビを兼ねたモニターを起動させると、ホテルの案内でレストランの紹介があった。

 リモコンで操作すると、料理人が作っている場面や、盛り付けされたお皿がアップに。


 マルグリットは、すぐに決める。


「今日は、鉄板焼きがいいわ! 重遠しげとおも精をつけておかないと、これから持たないわよ? ……ここ、フレンチでもあるのね」


 意味深な台詞を言いながら、ウィンク。


 俺は内線で鉄板焼きのお店に連絡して、希望する時間と部屋番号を告げた。



 リゾートホテルの飲食店だけあって、肉は柔らかく、焼き加減も絶妙だった。

 あぶらが美味い。

 やっぱり、等級でぜんぜん違うのだな。と再認識。


 思っていたよりも海産物、野菜が多かった。

 目の前の鉄板でコックが手際よく調理する光景を見ているだけでも、十分に楽しめる内容。

 腕が良いのと同時に、パフォーマンス性も重視していて、演奏のようだった。

 アトラクションを体験した感じと、よく似ている。


 食後は、ホテル内の天然温泉に入り、旅の疲れを洗い流す。

 ロングステイの専用ラウンジでトロピカルフルーツの飲み物をいただき、水分補給。


 部屋に戻ってきたら、自分で動画を選ぶVODブイオーディー(ビデオ・オン・デマンド)を流しつつ、まったりする。

 お互いに、歯磨きなどの準備を始めた。



 どちらともなく、そういう雰囲気になったので、俺から誘う。

 寝室の電気を夜に近づけ、ベランダからの星空を見た後に、話しかける。


「今日は久々だし、ゆっくりとやろうか?」


「ん……。慌てると、バテちゃいそうだし。それでいいわ……。ペースは、隔日ぐらい?」


 マルグリットは、けっこう攻めてきた。

 それに対し、俺は冷静に答える。


「そうだな……。でも、メグは――」

 パシッ


 思わず受け取ったら、箱だった。

 振ると、カラカラ音が響く。


 薄闇にいるマルグリットが、悪戯いたずらっぽく言う。


「重遠は、自分の残弾を心配したほうがいいわよ? だって、今回はそれがあるから……」


 思わず箱の表面を見たら、衝撃的なことが書かれていた。


「低用量だから、飲み忘れなければ、大丈夫! 辛くなったら、ちゃんと言うから。遠慮はいらないわ!」


 なん……だと?


 そう思ったら、煽情的せんじょうてきなナイトドレスを着たマルグリットが誘って欲しげに、ジッと見てきた。


 俺は持っていた箱を適当な場所に置き、話しかける。


「こちらに来ないか? 星と夜の海が見えるから……」

「うん、分かった」


 ダブルベッドでベランダ側の端に座り、その横にマルグリットも座った。


 室内からでも、まるで映画館のシアターのように、夜の海と星空が見える。

 窓を閉めているのに、静かなことで波の音も。


「こうして2人でいると、ベル女の交流会を思い出すな……」

「そうだけど。私が1週間、ずーっとお預けされたことも忘れていないわよ?」


 マルグリットが置いた手の甲に、手の平を重ねた。

 当たり前だが、拒絶はされない。


「あの時は、悪かったよ。でも……」

「でも?」


 横にいるマルグリットを見ながら、つぶやく。


「メグが助かって、本当に良かった」


 ポスッと、横にいるマルグリットが頭を預けてきた。

 両手も回してきて、挨拶のように抱き着かれる。


 求愛というより、親愛を示す行動だ。

 俺が驚いていたら、彼女が呟く。


「私は、ここにいるわよ? だから、もう泣かないで……」


 言われて、俺は自分が涙を流していることに気づいた。

 触れている肌から、マルグリットも同じだと分かる。


「あの時は…………」


 それっきり、彼女が黙り込んだ。


 遠くから、規則正しい波の音が聞こえる。


「あなたの中で私が生きていく、と言ったわ」

「そうだな……」


 俺が答えたら、マルグリットは夜空に輝く星のような瞳で、見つめてきた。


「でも、今は違う。あなたと一緒に歩ける……。一緒に、過ごせるわ……」

「ああ……」


 返しながら、いよいよマルグリットを脱がせる。

 それに応じつつも、彼女は口を開く。


「明日からは、あなたの希望を叶えるわ。でも……」


 手を止めて、マルグリットの顔を見た。


「今日は、あなたの顔をながめたいの」


 その要望に応えて、常にお互いの顔を見られる状態をキープした。


 マルグリットは、キスもできることから、向き合って座るように何度も催促。

 いつの間にか、波の音は聞こえなくなった。




 ベッドに埋め込まれた時計を見たら、午前10時を過ぎていた。

 正面に広がるオーシャンビューは、さんさんと輝く光を室内に届けている。

 柔らかなマットレスに体を横たえたまま、もっと柔らかい女体の感触。


「もう起きないと……。メグ! 外へ出かけないと、今日のシーツ交換はなしだ!!」


 ううん、と悩ましげな声を上げたマルグリットは、眠そうな顔で、おはよう、と呟いた。

 のっそりと起き上がって、目のやり場に困る姿でシャワーブースへ歩いていく。


 俺も立ち上がり、寝室からリビングへ移動。

 備え付けの電気ケトルで2人分のドリップコーヒーを入れながら、大型モニターをつける。


『クルージングでは、クジラやイルカが見られる場合もあります! ランチもついていますから、ご家族からカップルまで楽しめるアクティビティです!!』


 いいね。

 これも、そのうち参加しようか。


 バスタオルを巻いたマルグリットが、やってきた。


「シャワー、空いたわよ!」

「分かった」


 急いでシャワーを浴びた俺は、手早く着替えて、リビングダイニングへ戻る。

 夏の南国だから、ラフな格好だ。


 同じく夏用の服を着たマルグリットは、ソファで大型モニターを見ていた。

 俺の姿を見て、話しかけてくる。


「今日は、どうするの?」

「ブランチでしっかり食べて、午後にも軽く摘まむか。今日のアクティビティを探すには、もう遅いし……。沖縄の水族館に行くか?」


 同意したマルグリットは、ソファから立ち上がり、洗面台に向かった。


 内線でフロントを呼び出して、30分後には外出するので、その間にベッドシーツとタオルの交換をお願いします。と告げる。

 連泊でも、必ず交換してもらえるとは限らないからだ。


 次に、スマホの充電を確かめてから、腰につけるベルトタイプのポーチに入れる。

 財布は別の場所に、と。


 準備を進めていたら、マルグリットが戻ってきた。

 俺の耳元に口を寄せて、小声で伝えてくる。


「私、バレを持ってきたの。いざとなったら、魔法を使うわ」

「今は、警察手帳がないよな? 大丈夫か?」


 心配した俺が同じく小声で聞いたら、彼女は微笑んだ。


「ヘマはしないわ! 身体強化や足止めに徹して、言い訳できる範囲に留めるから……」



 食事のため、下へ降りる。

 ホテル内でランチ営業をしている、ブッフェ形式のお店へ。


 ここは、朝・昼・夜の時間帯で、料理の種類が変わる。

 それぞれに準備のアイドルタイムが設けられていて、ちょうどランチの開始時間に入店した。


 今の時間帯は沖縄とアジア圏の創作料理だが、ピッツァのようなイタリアンもある。

 良ければ取り入れる、といった感じで、いかにも日本の飲食店らしい雰囲気だ。

 カウンターの内側にはコックが並び、目の前で調理することも多い。


 席は空いている場所を見つけて、自分で座る。

 海を一望できるテラス席もあったが、屋内の窓際を選んだ。


 石窯で焼いたピッツァ、いかにも高級なソーセージと、子供が喜びそうな料理が並んだプレートを机に置き、主食のフランスパンをかじる。

 ドリンクは、せっかくだからお勧めのスムージー。

 その他に、フルーツジュース、コーヒーも。


 いっぽう、マルグリットは、体に良さそうな野菜スープ、目の前で切り分けてもらったローストビーフ、ハム、野菜サラダと、健康志向。

 フレンチトーストを一口サイズに切って、口に運ぶ。

 飲み物は、カフェ・ラッテ。


 昼食には早めの時間ゆえ、夏休みでも席に余裕があった。

 ここから一気に混むと分かっているため、列に並び直さず、1回で終了。

 それを見越して、多めに盛りつけたのだ。


 洗面所で身繕いを済ませた後に、ホテルの前でタクシーに乗り込む。


ちゅーら水族館まで、お願いします」

「はい。ご利用、ありがとうございます」


 俺が行き先を告げたら、運転手はすぐにタクシーを出発させた。


 さあ、沖縄観光の始まりだ!

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