第218話 包容力たっぷりで柔らかい金髪少女の到着【メグside】

 かろうじて車やバイクに乗り込めた人々は、車道を通って脱出する。

 しかし、ここで思わぬ障害にぶつかった。


 なんと、土砂崩れによって、外への脱出ルートである山沿いの道路が全面的に塞がれていたのだ。


 先頭車両が停止して、次々に渋滞の列。

 後ろにいる車の人たちは焦り、様子を見にくるも、壁のようにそびえ立つ土砂に絶望した。

 いつ、どこが崩れるか不明で、試しに足をかけてみれば、パラパラと崩れる。


 徒歩で土砂崩れを避けて通ることも、不可能。

 斜面は人が立てる角度ではなく、さらにコンクリートなどで固められている。

 反対側にはガードレールが並び、ここから先は崖だと示す。

 どちらも、人が通るための道ではない。



「これは、無理だな。いったん、戻るしかない……」


 先頭の車両に乗っている、家族連れの父親らしき男がつぶやいたら、一緒にいる母親と男児が口々に言う。


「嫌よ! あそこ、蜘蛛クモがいっぱいなのに!!」

「ねえ、帰れないの?」


 運転席の男が振り返ったら、すでに後続車が数え切れないほどいることに気づく。

 バックはできないし、片道一車線のうえに対向車とギリギリの幅で、隣にも列ができているため、Uターンも無理。


 ドライバーの男は、前のホルダーに入れているスマホを外し、無線通信でネットにつなぐも、画面は読込中のクルクルと回転する表示ばかりで、反応が遅い。

 周囲にある中継器が壊れたか、その電源が落ちたか、はたまた一斉にアクセスしていて、こちらも渋滞か……。


 男は、このまま車内にいるよりは、分厚いコンクリートに囲まれたホテルか、コテージなどの別荘へ避難したほうがマシだ。と考える。


 最低限の荷物を抱えて、上にあるペンモンザホテルまで引き返すぞ! と言いかけた男は、周囲に車と同じぐらいの蜘蛛たちを見た。

 遅れて、妻と息子の悲鳴が響く。


「怖いよおォ――!」


 大声で叫んだ男子は、あろうことか、自ら車外へ飛び出した。

 血相を変えた両親が助けに出ようとするも、外の危険によって反応が遅れる。


 近くにいた蜘蛛が、その男子を捕らえようと俊敏に動き、かまのような前脚を上から突き刺す。

 生身の人間を簡単に貫き、自分たちの目の前で子供が絶命する、と思われたが――


 その蜘蛛の前脚は、男子ではなく、車道のコンクリートに突き刺さった。

 いきなり消えたことで、蜘蛛も混乱する。


 棒立ちの蜘蛛の周りへ、無数の着弾。

 見えない弾丸はコンクリートをえぐり、その威力を示す。

 それを脅威と見た蜘蛛たちは、山肌や崖に沿って動き、車道から退避した。


 急展開に驚く両親だが、すぐに車外へ出て、我が子を探す。


 彼らは、ふわりと車道に降り立った人影に気づき、そちらの方向を見る。


 そこには森林迷彩の戦闘服とコンバットブーツで、小銃をスリングによって吊り下げた兵士がいた。

 我が子を前に抱きかかえていることから、急いで駆けよる。


「あ、ありがとうござ…………え?」


 アサルトライフルを背中に下げた兵士は、空いた片手で戦闘帽せんとうぼうを取った。

 空中に広がる金髪がまぶしく、シューティンググラスの奥には青い目。

 ハッキリと顔が見られる状態になって、ようやく判別できた。


 女だ。

 それも、かなり若い。



「降ろすわよ? 怪我はない?」

「う、うん……。ありがとう、お姉ちゃん……」


 金髪少女から優しく降ろされた男児は、お礼を言いながらも、名残惜しそうだ。


 不思議に思った男だが、戦闘服を内側からパンパンに押し上げている部位を見て、思わず納得した。

 無意識にゴクリと喉を鳴らすほど、魅惑的な膨らみ。

 完全に挟んでも余りある胸に、これまで顔を押しつけられていたのなら、当然の反応か。


 そう思う男は、隣にいる妻からの視線を感じて、金髪少女の巨乳から目をらした。



 新しく登場した金髪少女に、後続車からも次々に人が出てくる。


「あんた! いつ、救助がくるんだよ!!」

「こんな事態になって、どう補償してくれるんだ!?」

「俺たちの税金で飯を食っているのだから、陸防はこういう時ぐらい役に立てよ!」

「お前らのせいで、こんな事になっているんだぞ!」


 それまでの鬱憤うっぷんを晴らすべく、やってきた金髪少女に詰め寄る人々。

 今にも吊るし上げそうな勢いで、冷静に考えたら不自然であることにも気づかない。


 相手が美しい少女であるためか、ここぞとばかりに腕や胸ぐらを掴んで文句を言おうとするやからも出た。

 だが、その手は空を切るだけで、何の成果もない。


 キョロキョロと周囲を見回したら、彼女は少し離れた斜面で、事もなげに立っている。

 高速で瞬間的に移動したと気づく者はおらず、すぐに駆け寄れない場所であることから、集団は一時的に沈黙した。


 戦闘帽を被り直した金髪少女は、穏やかに言う。


「私は別に、防衛軍の兵士じゃないわよ? ちょっと山の中でサバゲーをしていたけど、何かあったのを感じて、様子を見に来ただけ……。ここから先には進めないようだから――」

「お前が俺たちを抱きかかえ、この土砂を飛び越えればいいだろ!? 見ていたぜ、さっきの!」


 1人の若者が大声を出すと、他の連中も追随する。


「言う通りにしろよ!」

「俺たちは一刻も早く、ここから避難しなきゃいけないんだ!」

「これで命を落としたら、お前のせい――」


 ドンッと車道の一部が爆ぜる音で、群衆が再び黙った。


「あら、ごめんなさい。手が滑ったわ! 最近のエアガンは、ずいぶんと出来が良いのね!! BB弾でも、これほどの威力が出るなんて……」


 金髪少女は両手でアサルトライフルを構え、そのまま威嚇射撃。

 ただのマニアとは思えない、流れるような動きだ。

 どう見ても実弾と同じぐらいの破壊力で、彼女はまだ射撃姿勢を維持している。


 戦闘帽とシューティンググラスのせいで表情が分かりにくいものの、人を撃つのに躊躇ためらうとは思えない凄みがある。



 場を支配した金髪少女は、淡々と告げる。


「私はこの道路に沿って、上にあるリゾートホテルへ行くわ! あとは、好きにしなさい。……また襲ってきたら、それが人であれ、蜘蛛であれ、排除するけどね?」


 言うや否や、彼女は2階ぐらいの高さからスタッと道路に着地して、振り返らず歩いていく。


 助けられた男子が後を追い、釣られるように両親も。

 それを受けて、一部の群衆も従った。


 追いついた男子は、金髪少女に話しかける。


「えっと、お姉ちゃんの名前は何? ボク、りく!」

「私は、マル……マリーよ」


 室矢むろやカレナに指定されたポイントに到着した咲良さくらマルグリットは、とっさに偽名を使った。


 今回は素性を隠したまま、行動する。

 自前のアサルトライフル型のバレで撃ったのは、空気弾。

 大混乱の現場では、多少の痕跡で身元がバレることはない。


 カレナとの魔法による通信で、“蜘蛛を倒さないように” と言われていた。

 そのため、空気を圧縮して飛ばす弾による威嚇射撃のみ。

 魔法のレーダーによれば、なぜかマルグリットには近づかないので、やりやすくなった。


 実態は、マルグリットと接触した蜘蛛たちが、あのカレナの眷属けんぞくだと気づき、余計な被害を減らすために敬遠した。

 けれども、彼女にその自覚はないため、よく分からないけど退いてくれた、という認識だ。



 マルグリットが魔法で探れば、さっきの土砂崩れの場所に残っていた面々は、戻ってきた蜘蛛にやられたようだ。


「……素直についてくれば、助かったのに」


 あまり痛痒つうようを感じていない様子で、マルグリットは呟いた。


 彼女は親が防衛官の “官品” ではないものの、幼少期から陸上防衛軍の駐屯地や研究所で過ごしてきたことから、ドライな性格だ。

 海外で暗殺に従事して、これぐらいは日常茶飯事。

 それに、古巣のベルス女学校も陸防との繋がりが強く、そちらを悪く言われて、良い気はしない。



 マルグリットは、さり気なく自分の身体にすり寄ってきた男子を避けながら、ニッコリしたまま言う。


「さっきは緊急事態だから、助けたのよ? 本人の許可なく、女の子の身体を触らないように!」


 それでも未練がましく一部分を見ていた男子は、マルグリットがだんだん剣呑けんのんな雰囲気に変わってきたことを察知した母親によって、引き離された。


 美少女による巨乳プレイのせいで、この少年の性癖は無事に壊れた。

 彼の人生において、本当に満足できる女を見つけるのは、かなり苦労しそうだ。

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