第187話 ファイル1:占い少女と助手による下町散策ー⑥

 室矢むろやカレナは口を開き、今度は墨田すみだ高校の生徒会メンバーに話しかける。


「覚えていることがあれば、教えてくれ」


 蜂須はちすしゅんは当時を思い出しながら、しゃべる。


「廃神社というか……。最初は、どこかの廃寺と思ったんだ。でも、雑草やコケだらけの石段を登った先には、ボロボロになった赤い鳥居と拝殿はいでんらしきものがあって……。こんなことなら、鳥居の上の名前にも注意しておけば良かったぜ」


 他の面々もうなずき、その説明を補足した。


「今からすれば本殿か本堂ほんどうだと思うのですが、朽ちた大きな建物もありまして。そこの奥で、大事そうに鎮座していた本や小物を見つけた次第です。……勝手に入ったうえに無断で持ち出して、本当に申し訳ありませんでした! 肝試しが終わったら元の場所に戻そうと考えていたのですが、うっかり荷物に入れたままで……」


「地元の人間とは誰にも会わなかったし、そのオウ何とかって蜘蛛クモも見かけなかったと思う。具体的に知らないから、断言はできないけど……」


 最後の勝盛かつもり美月みつきの台詞に、他の生徒たちも同意した。


 カレナは、長机の上の品物を一通り触った後に、解説する。


「本来なら、この封災呪儀式録ふうさいじゅぎしきろくには守り手がいるはず。こやつらの体系では秘密が漏れるのを良しとせんじゃろ……。召喚が解除されて、元の世界に帰ったか? ……お主らは、長机に置いた物品を手放せば、安全だろう! 被害に遭った2人は、別行動をしている間に契約したか、あるいは、この魔術書を読み召喚の呪文でも唱えてしまったのだな……。彼らはもう覚えておらんだろうから、私が回収して終わりじゃ」


 カレナは背負ってきたデイパックにどんどん入れながら、きっぱりと宣言した。

 生徒会メンバーたちが、息を吐く。


 結界を解除する前に、カレナは念を押した。


「今回のことは忘れろ! 他人に話したところで、お主らの頭がおかしいと思われるだけじゃ」



 生徒会室にいるメンバーと別れを済ませたカレナと錬大路れんおおじみおは、一足先に校舎から出ようと戻る。


 広い階段を降りたところで、美月の弟である勝盛かつもり勇飛ゆうひが待ち構えていた。


「室矢さん! あの――」

「今は、美月の用事で忙しいのじゃ! 帰ってからだ……」


 勇飛に勢いよく話しかけられたものの、カレナは受け流した。

 靴箱で自分のものに履き替え、澪と共に出て行く。


「いいの? あんなこと言って……」


 眉をひそめた澪から責められたカレナは、姉のところへ向かう勇飛の後ろ姿を見ながら、呟く。


「構わん。それぐらいのフォローは、美月の仕事じゃ」


 彼女にメッセージを送ったカレナは、自分のスマホを仕舞った。



 古浜こはま立樹たつきに調べさせた情報から絞り込んだ3件のうち、都心部の事件はこれで終了。


 手遅れの場合には、高校1つが丸ごと犠牲になっていただろう。


 興味本位で魔術書を解読していた古室こむろ克友かつとも上坂うえさか晴音はるねは、気が付いたら深い迷宮の中にいた。

 そこのあるじであるオウジェリシスの本体に契約を迫られ、了承せざるを得なかったのだ。

 その結果が、あの膨らんだ腹。


 カレナの未来予知では、あの生徒会のメンバーは唯一の手掛かりである魔術書から知識を得ようとした。

 けれども、迷宮の中で大量のオウジェリシスの小蜘蛛こぐもが全身を這い回り、穴から次々と入ってくる事態に陥り、彼らは正気を失った末に犠牲となったのだ。


 この時点で、周辺ごと消滅させるしか手はない。


 であるのに、生徒会が情報を抱え落ちしたうえに信じる者がおらず、墨高すみこうの教職員と生徒が犠牲になったこと以外に、何も把握できていない有様。


 澪ルートのグッドエンドの未来で、いきなり東京の中心に×××ことオウジェリシスが大量に出現したのは、ここで巣を作っていたからだ。


 契約者を苗床にして増殖するオウジェリシスは、1つのブレイクスルーに達すると脅威度を大きく上げる。

 だが、悲しいかな、実際に被害が出なければ、誰にも信用されない。

 そして、信用された頃には、すでに手遅れだ。



 今回は時間との勝負であるため、全てが同時進行になっている。


 オウジェリシスが関わっている可能性が高いポイントは、残り2つ。

 そのうち1つは、咲良さくらマルグリットの担当だ。

 一時的に警察官の身分になって、山奥の現場へと移動した。


 異能者の村に送られた北垣きたがきなぎは、先に頼んでおいた柚衣ゆいたちが救出して、待機中。

 室矢むろや重遠しげとお南乃みなみの詩央里しおりは、因縁深い千陣せんじん家へ旅立った。



 現状を整理したカレナは、独りごちる。


「この中で一番面倒なのが、千陣家での説得か……。私が力を見せるほど、むしろ『重遠にはもったいない』と思われるのがな……。頑張れよ、重遠……。お主が力を見せねば、私たちは助からん! 少なくとも、お主が望む形では……」


 世界を救っても、それで周囲の人々が感謝するとは限らない。

 被害を抑えるほど、やって当たり前、むしろ早くしていれば。と責められる。


 たとえ感謝されても、それっきりでは意味がない。


「見返りを求めるようでは、ヒーローとは言えない。しかし、お主がなりたいのは、そうではなかろう? だから、自分の力を示して、それをしかるべき連中に認めさせるのじゃ」



 万能とも言える力を持っているカレナだが、手取り足取りで導く気はないし、失敗する度に巻き戻す気もない。

 それでは、相手を全く認めず、自分の一部にしているだけだ。


 以前、マルグリットを助けてほしいと懇願された時に言い返した、お互いの意思を尊重したいことは、彼女の本心でもある。


 超常の力を使えば使うほど同類の注目を集めて、彼らが次々にこの世界へやってくることも、カレナが自らの権能を封印している理由の1つ。

 たとえば、彼女はオウジェリシスの本体を倒せるが、その余波として国の1つ、2つ。

 あるいは、この世界が滅びるのだ。


 カレナは、重遠たちがどうなろうとも、その行く末を見届ける。

 無惨に殺されたり、再起不能にされたりすれば、彼女は身も世もなく嘆き悲しむだろう。

 大切な2人を失えば、カレナはきっと復讐をする。

 相手が誰であろうと葬り続けるか、全てを終わりにすることで……。


 妹の深堀ふかほりアイが常識人に見えるほど、カレナは自己中心的だ。

 世界がその本性を知らずに済むのかどうかは、彼女自身にも分からないし、わざわざ視る気もない。



 墨田高校の敷地を出たカレナと澪は、じりじりと照りつける昼の暑さから逃げるように、早足で歩く。


 大通りに出たところで流しのタクシーを止め、目的の場所を告げた。

 ようやく涼しい空間で落ちつけた澪は、汗で張り付いた服の中に冷風を入れる。


 ブロロと走る車内で、カレナは横にいる澪に話しかける。


「思ったより、時間をかけた……。澪! 移動手段は一緒だが、目的地を分けるぞ?」


 澪は真剣な顔で、頷いた。


 カレナは、それを見た後に、続ける。


「私は重遠たちを追って、千陣家に向かう。お主は、装備と共に凪がいる場所へ降りてもらうのじゃ」

「凪は、無事なの!?」


 思わず大声を上げた澪に、カレナは視線で答えた。


 我に返った澪は、思わず口に手を当てる。

 前を見たまま、運転手が興味津々に聞いていることを理解したからだ。


 カレナは、結論だけ述べる。


「無事だ……。あとは、機内で説明しよう」



 タクシーの料金はカレナが持っていたカードで支払い、再び灼熱地獄へ戻る。


 しばらく歩き、周囲に何もない広場に出た。


 やがて、上部でバタバタと回転する4枚のメインローターと後部のテールローターの音を響かせている機体が頭を持ち上げ気味で侵入してきて、スッと空中で停止した。

 流れるように機体が地面と水平になり、操縦しているパイロットの腕がよく分かる。


 エンジンは双発で、軍事に詳しければ、ヒューイの後継機かツイン型だと判別できる。


 巡航速度210kmは出る、多用途ヘリコプターだ。

 主に軍用で使われており、兵員輸送、地上支援、偵察、連絡と、文字通りにあらゆる任務で活躍中。


 お値段は、1機12~18億円ほど。

 最新の戦闘機に比べれば、安いものだ。


 ローコストの戦闘機であれば、1機20億円でほぼ同じ価格。

 もっとも、安い戦闘機にアビオニクスの近代化改修を行い、一世代の性能アップをさせた場合には、1機50億円ぐらいに跳ね上がる。



 ガラッと側面のドアが大きく横に開かれ、ロープが垂れてきた後で、無線機を兼ねたヘルメットをかぶった搭乗員が合図を出してくる。


「あれに乗るぞ、澪!」


 言い終わったカレナは、霊力で身体強化をした後に、大きくジャンプ。

 垂らされたロープに飛びつき、片足にそれを巻き付けることで足場を作り、あっという間にキャビンまでよじ登った。

 内部にある転落防止のストラップに金具をつけ、自身の服に安全帯を装着した搭乗員が手を貸して、引き上げる。


 驚いた澪だが、すぐに続き、ロープの端に飛びついた。


 地上に近いとはいえ、ラぺリング降下でもギリギリの高さを難なく登り切った2人を乗せ、ロープ回収で扉を閉めたヘリはすぐに上昇を開始した。


 振動がもろに伝わってくる壁際の椅子に座った2人は、今後の予定をチェックする。

 ローターの回転やジェットエンジンで五月蠅いため、カレナが澪の耳元に口を寄せた。


「澪、喜べ! いよいよ、お主の真価を見せるタイミングが来たぞ? 凪と合流した後は、周りの脅威を排除しつつ、マルグリットたちの到着を待て……。基本的に時間稼ぎだが、そちらの判断で行動して構わん! 私は今から、重遠のところに強制召喚される形で、京都の千陣家のほうへ行く」


 力強く同意した澪は、別の壁際に固定されている荷物一式を見た。


「任せて! 御刀おかたなと礼装があれば、そうそう遅れを取らないわ」


 それを聞いたカレナは、キャビンに同乗していたクルーに、澪を頼むのじゃ、と告げた後に、霊体化して消えた。


 澪が同乗しているクルーを見たら、安心しろ、と言わんばかりに、仕草で返された。



 室矢カレナは、咲良マルグリットの心配はしなかった。

 なぜなら、彼女は特別だから……。


 次からは、カレナが危惧していた、第二のポイントに舞台を移す。


 山奥にある地域で発生した事件において、マルグリットが目撃する恐怖とは?

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