第184話 ファイル1:占い少女と助手による下町散策ー③

 ピンポーン


墨田すみだ高校の生徒会です。克友かつともくんのお見舞いにやってきました! ドアを開けてもらいたいのですが…………。ダメです。やっぱり、出てきてくれません」


 インターホンに話しかけていた小番こつがい祐果ゆうかは、諦めたようにつぶやいた。



 勝盛かつもり美月みつきの家に集まった生徒会メンバーは、室矢むろやカレナと錬大路れんおおじみおを連れて、古室こむろ克友かつともの家にやってきた。


 まだ朝のため、夏だが心地よい温度。

 すでにセミが鳴き始めていて、これからの暑さを感じさせる。


 築年数を感じさせる戸建てだ。

 そろそろ職人に建て直させたほうが良いブロック塀が、美月たちがいる車道を兼ねた歩道からの目隠しとなっている。


 インターホンを鳴らしても、反応すらない。

 様子をうかがっている気配はあるので、こちらを認識してはいるのだろう。


 集団で頭1つ低いカレナが歩み出て、祐果を押しのける。

 年下からぞんざいに扱われた彼女だが、怒らず、そっと退く。


 ピンポーン


 カレナが再びインターホンの呼び出しボタンを押すも、変化はない。

 構わずに、話しかける。


【私たちは、克友を救いに来た。早く開けろ】


 普通に話しているが、違和感を抱く発音だ。

 しかし、どこがおかしい? と言われても、それを指摘することはできない。


 ガチャッ


 戸建ての正面玄関は、鍵を外す音の直後、あっさりと開いた。

 これまで悩んでいた事態が一気に動いたことに、驚きを隠せない面々。


 だが、疲れ切った表情の中年の女を見て、入るのなら急ぐべきだと焦る。


 ここは住宅街。

 暇を持て余している老人や主婦たちが噂話うわさばなしのネタを探し、ウズウズしているのだ。

 夏休みに入ったとはいえ、これだけの大人数おおにんずうが家の前に集結したままでは目立ちすぎる。



「息子は、ずっと部屋から出てきてくれなくて……。私たちが寝た後や家に1人だけの時には、こっそりと浴室を利用して、用意した料理も食べているようですけど……。あの、本当に助けてもらえるのでしょうか?」


 すがりつくような口調で、克友の母親である一恵いちえが頼み込んできた。


 傍目はためには、下の娘にしか見えない少女に平身低頭の情けない母親だ。

 だが、それを笑う者はいない。


 カレナは、やはり奇妙な声でしゃべる。


【ああ……。多少、大声や暴れる音が聞こえるかもしれんが、心配するな。すぐに済む】


 頭を下げた一恵は、お願いしますとだけ呟き、そのままリビングのソファにもたれかかった。

 心身を消耗していて、他人の目を気にする余裕がないようだ。



 リビングから出た一行は、カレナを先頭にして2階へ上がる。

 そこで立ち止まり、小声で話し合う。


 克友をよく知っている蜂須はちすしゅんは、俺が説得すると息巻くも、カレナに止められた。

 ここまで入れたのは彼女のおかげであるため、反発せず、素直に従う。


 代わりに、副会長の美月が確認する。


「どうするの? 私や祐果が優しく話しかけても、いいけど……」


 判断を求められたカレナは、首を横に振った。


「男子は、女子に見栄を張りたいものじゃ……。私と峻の2人だけで部屋に入る。落ち着いたら、私か峻のどちらかが呼ぶ。いいな?」


 その場にいる全員がうなずき、カレナの目配せで峻が先頭に立つ。


 手順は、こうだ。

 同じ男子で仲の良い峻が、部屋に入る許可をもらう。

 後ろで隠れているカレナも、こっそりと潜り込む。


 カレナは、峻に話しかける。


「分かっておるな?」

「大丈夫だ……。部屋に入ったら、相手を否定せず、とにかく時間を稼ぐさ」



 克友の部屋の前で立ち止まった峻は、つばを呑み込んでから、話しかける。


「カッちゃん? いるんだろ? 俺だよ、峻だ! 悪いが、お前の母さんに入れてもらった。お前の顔を見ながら、直接話したいと思ってさ……。できれば、部屋に――」

「帰ってくれ!!」


 室内からの絶叫に、峻は二の句が継げなかった。

 後ろを振り返り、自分の背中にすっぽりと隠れているカレナを見る。


 ふうっと息を吐いたカレナは、峻の前に出た。

 攻守が入れ替わり、彼は後ろに下がる。


「峻、もっと離れていろ……」

「は? お前、いったい何を――」


 困惑した峻が、カレナにその真意を確かめようとした瞬間。


 ドアノブを握ったカレナが、開く方向に動かしてから、思いっきりドアを押した。

 ギャグ漫画のように外れたドアが室内へ倒れ込み、彼女は一陣の風のように飛び込む。


「な!?」


 ベッドの上で横たわっていた、克友らしき男子がびっくりして上体を起こすも、間髪入かんはついれずにカレナの右手で口を塞がれる。


【騒ぐな! 私たちは、お主を助けに来た。落ち着け!】


 手を払いのけられる前に、カレナは独特の発音で言い終えた。


 両手で顔を覆っていた峻が、その硬直から脱し、室内へと入ってきた。

 離れた場所で待機していた女子2人も、ドアが部屋の床に叩きつけられた音で、すぐにやってくる。


「な、何が……」


 お淑やかな見た目に反したダイナミックな突入で、唖然としたままの峻。


 それに対して、女性陣はすぐに状況を理解した。


「ずいぶんと、派手にやったわね? 借金の取り立てじゃないのだけど……」

「だ、大丈夫ですか?」


 その場にいた全員が、ようやく会えた克友を見ようとする。

 ところが、カレナは上掛けをかぶせて、周囲の視線をさえぎった。


「間に合うかは、微妙なところだな……。お主らは、1階に下りていろ! 小一時間もかからんが、そこにいても邪魔になるだけじゃ!」


 カレナが宣言したことで、その場に残りたそうな峻は女子2人に引きずられていった。


 彼らが1階へ移動した音を聞き、カレナはその手を指揮者のように振る。

 その瞬間に、音が消えうせ、写真のように止まった空間が作られた。


 窓のカーテンを閉め切った部屋は薄暗く、床には食べ終わった菓子やジュースの残骸が散らばっていた。

 学習机の上ではノートパソコンの画面が光っていて、換気をしていない空間にありがちなえた臭いが漂う。

 母親が用意したであろう食事の皿やコップも、食べ終わったままの状態で放置されている。


「×××の子蜘蛛こぐもか……。あと少し遅れていたら、身体中から食い破ったな……」


 カレナは独白しながら、ベッドで上体を起こしたままの克友を眺めた。

 鎮静剤が効いたような状態で、妊婦のように大きな腹を見せている。


 男ではあり得ない姿となった彼は、誰にも相談できず、自室で引き籠もるのが精一杯だったと思われる。

 せめてもの抵抗か、ノートパソコンの画面には “男 腹が大きくなる” といった検索キーワードが残っていた。


 被害者に向き直ったカレナは、印を結ばないどころか、呪文すら唱えず、ただ話しかける。


『子蜘蛛は、そちらに返そう。だが、こやつに手を出すな! どうする、×××? 私と本気でやり合うか?』


 いずこかで逡巡しゅんじゅんする気配があったものの、やがて妥協したようだ。

 風船がしぼむように、克友の腹が戻っていく。

 しかし、まるで体の一部をえぐられたように、彼は苦しみ出す。


 カレナは、克友の部屋着の上から手で触れ、それを補填する。


「やれやれ、今回は時間がないからな……。契約した獲物にこだわる×××が素直に退いてくれて、助かった」


 そう呟いた時には、克友は苦しむ状態から脱して、ドサリと倒れ込んだ。




「あれ? 部屋のドアって、内側に倒れていたよな?」


 戻ってきた峻は、自分の記憶と違っていることに驚く。

 説明を求めるようにカレナを見るも、修理したと返される。


「ね、ねえ……。カレナって、何者なの?」

「さすが、カレナさんです! いやあ、出会った時から、ただ者ではないと思っていましたよ!!」


 美月と祐果は、それぞれに感想を述べた。


 周りに見つめられた澪は、一言だけ告げる。


「……それは、私のほうが知りたいわ」



 憔悴しょうすいしていたものの、克友はベッドから降りて、見舞いに来た友人たちに詫びた。


「すまん。その、色々あってな……。今でこそ異常はないけど、さっきまで実は……」


 自分の腹をさすりながら、克友は言いよどんだ。


 男の口から言いにくいため、カレナが説明する。


「こやつの腹は、妊婦のように膨れ上がっていたのじゃ……。だが、それは通常の出来事ではなく、私がその原因を除去した。克友、お主は自分が知っていることをまとめ、明日の午前中に報告しろ! 私たちは、このまま入院中の晴音はるねのところへ行く」


 言い終わったカレナは、すたすたと部屋の外へ歩いていく。


 何の感慨も見せない彼女に対して、生徒会のメンバーは簡単に別れの言葉を残し、後を追う。


 カレナは1階で待っていた克友の母親に、解決したぞ、と教えた。

 そして、親子の感動の対面を待たず、早足で家を出る。

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