第159話 南乃隊のリーダーである南乃暁との会話(前編)

 室矢むろや家の食卓。


 カチャカチャと、食器が音を立てる。

 しかし、いつもの賑やかな会話はなく、南乃みなみの詩央里しおりは気落ちしたまま、どんよりと食事を口に運ぶ。


 室矢むろやカレナと咲良さくらマルグリットは、何か言いたそうな顔のまま、黙々と食べている。


 自分自身もネガティブな考えになっていることから、いったんはしを置いた。


 タイプの違う美少女たちが、俺の顔を見る。


「あのさ、皆……」


 俺の発言に、詩央里たちも箸を置き、じっと次の言葉を待つ。


「今、かなりの危険が迫っている! 俺と詩央里の千陣せんじん家への帰省があるんだ……。これには、俺の式神であるカレナも同行させる。悪いが、真牙しんが流のマギクスであるメグはお留守番になると思う」


 少女たちの顔を順番に見ながら、言い切った。


 すると、マルグリットが返事をする。


「そうね。千陣流の宗家となったら、ついて行けないわ! それは分かった……。でも、1つ言いたいのだけど?」


 イライラした表情のマルグリットに、急いで説明する。


「最近のことは謝る。すまない! メグをないがしろにする気は、なかったんだ。千陣家への帰省によって今の生活すら左右されるので、かかりきりだった……。俺たちが千陣家から帰ってきた時に、結果とこれからの方針を必ず説明しよう。たとえ夏休みが終わろうとも、詩央里と同じぐらいメグの相手もする! だから、今は待ってくれ」


 俺の主張を聞いたマルグリットは、長く息を吐いた。


「ん……。それなら、よろしい! その時は私を満足させるよう、頑張ってね? 通信制への移行で言いたいことがあるけど、重遠しげとおたちの帰省が終わった後にする」



 別の女子に向き直って、呼びかける。


「詩央里?」


 オドオドと顔を上げた彼女に、相手の目を見ながら言う。


「俺は、お前のことを愛している」


 いきなりの宣言に、ポカーンとした顔になる詩央里。


「お前を失いたくない。だから、俺は弱っているお前を千陣家へ連れて行かないことも考えた。奴らに利用させないため、俺の言いなりにさせることも考えた。だが、それでは先がないし、対等なパートナーとはお世辞にも言えない」


 本音のままに話している俺に、詩央里は言い返してくる。


「わ、私が! 本来お守りするべき役割の私が――」

「詩央里。このまま進めば、俺たちの先にあるのは、せいぜい心中だ」


 さえぎった俺に、詩央里は口を閉じた。


「前の霊力がなかった俺とお前の2人暮らしなら、その関係でも成り立った。しかし、もう室矢家として、千陣流の直系の1つだ。同じ千陣流を含めた他の勢力は、今回のような隙を見逃さず、つけ込んでくるぞ?」


 ダイニングテーブルに着いている少女は、俺の次の言葉を待っている。


「俺が弱いことが原因、と言わざるを得ない……。演舞巫女えんぶみこである北垣きたがきなぎの初撃を受け流していれば、カレナの対応が間に合っただろう。千陣家への帰省でも、これだけ不利な状況で詩央里や自分を守れるか? と恐怖を感じずに済んだ」


 詩央里は何か言おうとしているが、その度に迷っている。



「まあ、そうだな……。私と詩央里、今はマルグリットもいるが、それらを除いたら弱い重遠が残るだけじゃ」


 カレナは冷徹に、それを肯定した。


 うなずいた俺は、さらに話を進める。


「千陣家への帰省だが、今のカレナの発言と似た指摘をされる可能性が高い。つまり、俺ではなく、詩央里とカレナをそれぞれ別の人間につければいいのでは? という展開になる。それも、俺たちには知らされないままで……。師匠はああ言ったが、千陣家の敷地で俺たちが離れないことは実質的に無理だ。そして、連中も当然、その切り離しを行ったうえで説得や脅しに及ぶだろう」


 マルグリットは他流だから、千陣流が決める話ではない。

 けれども、詩央里とカレナを失えば、自分でフリーの退魔師をやるか、マルグリットと助け合うぐらいだ。

 現状でそうなったら、誰かに狙われた時点でゲームオーバー。

 千陣流で敵対している派閥、俺を傀儡くぐつにしたい派閥は、必ず仕掛けてくる。



 カレナが、どのような扱いになるのか? を解説する。


「私たち3人で一番弱く、利用価値が低いのは重遠じゃ! 加えて、今の詩央里は重遠への罪の意識にさいなまれているから、言葉だけで落とされかねん。私とて、お主らを人質にされれば、どれだけ力があっても従属させられる……。それで、重遠の考えは?」


 俺の斜め前に座っているカレナを見ながら、俺は尋ねる。


「カレナ、お前なら分かるだろう? を使いたい……。千陣家に集まっている連中が俺たちを個別に攻略するのを待つぐらいなら、その前にこちらが仕掛ける」


 その言葉に、カレナはしばらく因果関係を探っていた。

 数分後、あっさりと答える。


「アレか! 命の危険はあるが、いいだろう……。どちらにせよ、『重遠は強い』と認めさせなければ、私が殲滅せんめつする未来になるだけじゃ」


 怖いことを言いながらも、カレナの許可が出た。


 お茶を飲んだ俺は、向かいの詩央里に話しかける。


「詩央里? あきらさんを呼び出してくれ! 強さを証明するためには、対戦相手がいる」


 泣きそうな顔の詩央里に、付け加える。


「俺は、お前と対等なパートナーになりたいんだ! 男になるとか、そういう話じゃない。俺自身に力がいる……。遅かれ早かれ、この時はやってきた。なら、味方がいる千陣家への訪問のタイミングで良かったと考えよう。周りは、俺たちの都合を考えてくれない。ここが勝負どころだ」


 それでも、まだ渋っている詩央里。

 俺の横に座っていたマルグリットが立ち、俺の後ろを通って、彼女に近づいた。


 マルグリットは詩央里の両肩をつかみ、ぐいっと自分のほうを向かせる。


「いい加減にしなさいよ、あなた……」


 初めてとも言えるマルグリットの怒りに、詩央里は怯えた。


 それに構わず、マルグリットは続ける。


「正妻のあなたがそんな態度で、どうするのよ!? せっかく重遠が覚悟を決めて、一世一代の大勝負に挑もうというのに! 罪悪感を抱くのは勝手だけど、ビクビクしたままじゃ、それこそ彼の足を引っ張るわよ?」


 詩央里を激励したマルグリットは、また自分の席に戻った。

 そのまま、食事を再開する。



「……分かりました。につなぎます」



 スマホで話していた詩央里が、スピーカーモードにして、ダイニングテーブルの上に置く。


『おーい、重遠? で、何の用だ?』


 張りのある男の声が、リビング・ダイニングに響いた。


「ご無沙汰しています、重遠です! 今度の千陣家への帰省で、アレを使おうと思うんですよ」


『俺が絡んでいる用事……。まさか、くらで相性が良かったアレに、手を出すのか?』


「はい、その通りです! 暁さんと以前に会った時よりも、霊力は上がっていますから……。恥ずかしながら、桜技おうぎ流の演舞巫女に後れを取りまして、その挽回が必要です」


『ああ……。演舞巫女の件は、俺も聞いた……。んー、確かにヤバいな? タイミングが悪すぎる……。お前の初めての式神は、西洋人形の九十九神つくもがみだっけか? 真牙流のベルス女学校の一件を知って、「そこまで強力な式神であれば、千陣家の長男に繰り上がった泰生たいせいに寄越せ!」と主張する連中もいるし……』


 やっぱりか!

 これで、俺たちが帰省したら身ぐるみをがされることは確定だな。


 親父を納得しても、他の連中が騒ぐ。

 俺から詩央里とカレナを取り上げる算段も、すでに用意済みだろう。


 しかし、奴らの描く絵に参加しなければ、まだ活路はある。

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