第158話 そろそろ紫苑学園に通学するのも限界ね【メグside】

 紫苑しおん学園の高等部1年Aクラスに、咲良さくらマルグリットが帰ってきた。


 夏休み直前とあって、陽キャたちはき立つ。

 ここで遊びに行く約束を取り付けられれば、その場の雰囲気で押し倒せるかもしれない。


 しかし、マルグリットの一言で、その場が凍り付いた。



「ごめんなさい。私には、将来を誓い合った人がいるから……」



 それは、誰なのか?


 思い切って訊ねた生徒もいたが、マルグリットは微笑んだまま、何もしゃべらない。

 いかにも話が分かる風の女子ですら、全く情報を引き出せないのだ。


 現在のマルグリットは、カースト上位の陽キャにあらず。

 二軍といえる小森田こもりだ衿香えりかたちのグループとお昼を一緒にしていて、転校初日のようにチヤホヤされる立場から大きく変わった。


 だが、マルグリットが美少女だらけのベルス女学校から来たことは、動かない。


 ねちっこく絡んだイケメン王子が処刑された事実はまだ尾を引いていて、ベル女との合コンを実行したい陽キャたちは鳴りを潜めている。

 お前が行けよ、いやお前が、と誘う役を押し付け合うだけで、誰も動かない。



 その光景を何とかしてやりたい、と思う男子がいた。



 第二オカルト同好会の部室に入った人物、鍛治川かじかわ航基こうきは、リズムに合わせてタッチするソシャゲを楽しむマルグリットを見つける。


 彼女は音楽に合わせて頭を振りながら、表示されたマークを指で追う。

 安物のパイプ椅子だが、座っている姿には芸能人のような、人に見られることをいとわない度胸を感じる。



 マルグリットが気づいて、航基と挨拶を交わす。


 すぐにスマホの画面に視線を戻した彼女に対し、航基は声をかける。


「あのさ……。お前の婚約者って、重遠しげとおだよな?」


 ゲームを中断したマルグリットは、航基に向き直る。


「だったら、何?」


 首の後ろをいた航基が、しばらく視線を泳がせた後に喋る。


「いや、その重遠がさ……。お前に隠れて、浮気をしていたんだよ。それも、お前と同じベル女のやつと……」


 スマホを長机の上に置いたマルグリットは、胸の前で腕を組み、航基のほうを向く。


 別にそういう意図はなかったのだが、下から巨乳を持ち上げ絞り出すような形になってしまい、航基はさらにドギマギした。


 マルグリットは、航基に問いかける。


「で、誰と?」


「い、いや……。それは……」


 ベル女の生徒だと言っておきながら、この歯切れの悪さ。


 呆れたマルグリットは、スマホでソシャゲの続きをしようと、体の向きを変えた。


「りょ、りょう有亜ありあだ! 高等部3年の……。銀髪にオッドアイだから、見ればすぐに分かると思う」


 慌てた航基の発言に、マルグリットはようやく合点がてんがいった。


 そういえば、前のグループ交際で有亜がやらかし、全裸土下座で許してもらったと聞いたっけ。


 ベル女のうわさだと、自分から指でクパァと広げて誘ったとか、アトラクションよりも男に乗っていたとか、それはもう、凄いことに。

 女所帯だと、その手の情報は光通信のスピードよりも早く、広がる。


 本人にそのことを聞いたら、プルプルと震えて、もうお嫁に行けないわぁ……と半泣きだったわね?


 その時には、結婚願望があったんだ! と驚いたので、マルグリットはすぐに思い出せた。



「ええ、分かったわ……。教えてくれて、ありがと!」


 航基のほうを見たまま、適当にお礼を言ったマルグリット。


 彼女はソシャゲの続けるため、スマホの画面に指を触れた。

 シャンシャンと、再びBGMが流れてきた時――



「お、お前は、それでいいのかよ!?」



 いきなりの大声に驚いたマルグリットは、指を滑らせて失敗した。

 “オーディションに落選” の表示が表示され、自分がプロデュースしている美少女たちのミニキャラが泣いている。


「ここに転校した時から、気になっていたんだ……。お前、俺が声をかけた時にも、深刻そうな顔をしていただろ?」


 マルグリットは航基の指摘に、それはあなたと話したせいで衿香ににらまれたからよ! と心の中で突っ込んだ。


 航基が自分を見つめているため、仕方なく答える。


「私には心の中で悩むことすら、許されないの? 航基は、私の恋人か、兄やパパだったかしら?」


 主人公らしい表情の航基は、いよいよ本音をぶちまける。


「重遠には、その話をした……。婚約者がいるのなら、浮気は止めろって! だが、あいつは聞く耳を持たなかったうえに開き直ったんだよ!!」


「あのね、航基? 盛り上がっているところ、悪いけど……。まず、私の婚約者が重遠だと、一言もいっていないわよ?」


 いきなり根幹を否定された航基は、面白いほど狼狽うろたえた。


「お、お前は……。ベル女の交流会が終わった後に転校してきたんだろ?」


 にんまりと笑ったマルグリットは、付け加える。


「私は、他の事情で移ってきただけよ? それに、帰ってきた3年の国光くにみつ先輩の婚約者だって、こちらにいないのだし」


 航基は負けずに、言い返す。


「だ、だったら、どうして悩んでいたんだ? 俺が力になる――」

「結構よ!」


 冷たくさえぎったマルグリットは、アプリを終了したスマホを学校指定のバッグへ放り込み、部室から立ち去った。



 ただでさえ、重遠に構ってもらえずイライラが募っていて、この勘違い。

 手が出なかったのは、奇跡ね!


 マルグリットは途中の自販機でジュースを買い、一気にあおった。


「ふーっ。……ここに通うのも、そろそろ限界かなあ?」



 ◇ ◇ ◇



 しばらく紫苑学園で過ごしていた咲良マルグリットは、クラスメイトの小森田衿香に呼び出された。


 第二オカルト同好会の部室で2人きりのまま、密談をする。


「えーとね……。マーちゃんは知らないだろうけど、重遠くんの悪い噂が流れているの」


 もじもじとする衿香に、マルグリットは先をうながした。


「重遠くんは婚約者のマーちゃんがいるのに、どんどん女を漁っているクズだって……。もちろん、私はそんな噂、信じていないよ? シオリンから、ある程度は事情を聞いているし」


 申し訳なさそうな衿香の声音から、マルグリットは察した。


「衿香……。その発信元が航基だってこと?」


 首をちぢめた衿香は、上目遣いに、マルグリットを見た。

 小さな声で、返事をする。


「う、うん……。ごめんね? どうやら、同じグループの男子たちに口を滑らせ、そのまま乗せられたようで……」


 それで、陽キャたちの接触が増えてきたのか。

 婚約者に浮気されている今なら、傷心や疑心に付け込み、物にできると……。


 納得したマルグリットだが、今の南乃みなみの詩央里しおりはガラスのように脆い。

 そちらを狙われたら、どういう展開になるのか、全く不明だ。

 少なくとも1学期の終業式までは、現状を維持しなければいけないわ。と考える。


 それと同時に、航基を暴走させるのはまずいとも感じた。


「ねえ、衿香? 私たち、実は通信制へ移ることを考えているの! 早ければ2学期のあたまから、修学旅行などを除いて、授業に出ないわ。部室や生徒会室にはいるかもしれないけど……。その場合、あなた達はどうするつもり?」


 急に言われて、衿香は目をパチクリとさせた。


「え? そんなことを考えていたんだ!? あー、でも、そっか……。最近は、ぜんぜん出席していなかったし、このままだと進級も難しいよね?」


 うーん、と悩み出した衿香に対して、マルグリットは優しく言う。


「航基は人の話を聞かないし、どうせ衿香について回るから。沙雪さゆきに相談しなさい……。私は、『航基が陽キャたちのパシリのままでは良くない』と思うけど? でも、一度固まった上下関係は変えられない……。衿香が古浜こはま探偵事務所に入って経験を積んでいる今こそ、舞台を移すタイミングだと思うわ! 近いうちに衿香の命が狙われるのなら、仲のいい友人も巻き込まれるだろうし……」


 渋い顔になった衿香は、かろうじて返事をする。


「そうだね。友人と距離が空くのは辛いけど、私はもう退魔師で、マーちゃん達と同じ側だから……。この夏休みで、少し考えてみる! 先に言ってくれて、ありがとう」

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