第135話 幸せなデートと運命の選択ー②

 冷静に質問されたことで臆した鍛治川かじかわ航基こうきだが、めげずに言い直す。


「俺の妻になって、子供を産んで欲しい! そして、『退魔師の業界に鍛治川流がある』と知らしめる手伝いをしてもらいたいんだ」


 この時点で、疑いの余地なく、プロポーズだと判明。


 腕組みをした時翼ときつばさ月乃つきのは、かかとでリズムを取りながら、悩みに悩む。



「……半月後に、返事をするよ。ボクの指定する日になってしまうけど、また会ってくれるかい?」


 即答してもらえる可能性は低い、と考えていた航基は、それに応じた。


 気まずい雰囲気になってしまったので、武道場の片付けをした後、いつものように食事をせず、そっけなく別れる。



 ―――ベルス女学校


「……なるほど。航基から告白というか、プロポーズをされたわけね?」


 話を聞いた咲良さくらマルグリットが、返事をした。


 月乃はうなずいたものの、浮かない顔のまま。


「咲良が知っている、航基のことを教えて欲しい。あとで、ちゃんと返すから」


「これぐらいは、サービスするわ! どうせ、私の主観に基づく感想になっちゃうし……」


 前置きをしたマルグリットは、話し出す。



 ◇ ◇ ◇



 いよいよ、時翼月乃と鍛治川航基が会って、2人の関係を決める日がやってくる。


 込み入った話になるため、月乃は2人だけの空間を希望した。

 真牙しんが流の拠点の1つをさり気なく指定して、航基が予約を取るように誘導。


 主要な駅前の一等地にある、商業ビル。

 いかにもオフィスらしい、白を基調にした壁と天井。

 足音を消すための灰色のクッションパネルが、利用者を出迎える。


 選んだのは片側が一面ガラス張りの貸し会議室で、木目を表現した茶色のテーブルの両側に革張りの黒い椅子が並ぶ。


 外の光が入って、室内とは思えない開放感がある。

 しかし、向かい合って座った月乃と航基は、緊張した様子。



「悪いけど、航基の想いには応えられない」



 月乃は、結論だけ述べた。


 それを聞かされた航基は、両思いだと感じていただけに、強いショックを受けているようだ。

 混乱した様子で、必死に自分の考えをまとめている。


「……理由を聞くかい?」


 航基は、月乃の言葉にすがりつく。


 首を縦に振った彼に対し、月乃はしゃべる。


「先に言っておくけれど、ボクは君のことが異性として好きだ! それでも、3つの理由で、航基と人生を共にする気はない」


 信じられない表情に変わった航基は、ようやく声を出す。


「俺も、お前のことが好きだ! じゃあ、どんな困難も、2人で乗り越えていけばいいだろう!?」


 ヘッドレスト付きの背もたれに背中を預けた月乃は、溜息をついた。

 航基が次の言葉を並べる前に、彼女の反論が飛ぶ。


「まず、君が宗家の後継者であること! 正直、これは計算外だったよ……。念のために聞くけど、鍛治川流の復興を止める気はないんだよね?」

「当たり前だ!」


 即座に飛んできた返事を受けて、月乃は頷いた。


「ボクは、ちょっと事情があってね? 宗家の妻になれない……」

「なら、話してくれよ、その事情を!」


 航基の訴えに、首を横に振る月乃。


「断る! 君が知った時点で、巻き込んでしまう……。たかが男子高校生1人の力では、とても無理だよ? 最低でも政府要人に顔が利いて、そう簡単に手を出せない戦力がいる」


「それでも、俺はお前を――」

「君の覚悟が見えないことも、ボクがお断りする理由の1つだ……。航基が鍛治川流を復興するため、それを達成できる女を求めるのなら、立派な政略結婚といえる! 別に、それが悪いとは言わないけどさ……。だったら、鍛治川流の伝手で、宗家の妻になってくれる女を探すべきじゃないかな?」


 正論だ。

 あまりに正論で、ぐうの音も出ない。


 航基は思考停止したまま、月乃を説得する材料をかき集める。


「そ、それは……。俺が児童養護施設で育てられて、昔の鍛治川流の知り合いと連絡が取れないからだ! 物心つくかどうかの年齢で、根回しは無理に決まっているだろ!?」


 絞り出すような叫びに対して、月乃はあくまで冷静。

 出来の悪い部下の報告を聞く上司のように、何の表情も浮かべていない。

 身長は航基のほうが高いものの、そのパワーバランスは真逆だ。


 長い黒髪を2つのお下げにした少女になぶられるという、一部の人間が願って止まないシチュエーション。

 だが、航基にそういう趣味はないし、今は自分の悲願を達成できるかどうかの瀬戸際に立たされている。


「ならさあ……。君がすぐに連絡できる鍛治川流だった関係者は、何人いるの?」


「え?」


 月乃の指摘に、航基は間抜けな声を上げた。


「これは、聞いて当たり前だよ? まさか、今も自分で考えて動けない幼児と同じ?」


「それは…………」


 言葉に詰まった航基は、無意識に指を動かす。


「鍛治川流の本拠地は? 教本や武器の責任者は? 資金管理は、誰がしているの? 退魔師なら、他の流派にも知り合いがいるのでは?」


 月乃の容赦ない質問に、航基は完全に黙り込んだ。


 それを見て、彼女は呆れた。


「ボクが部外者だから話せないって雰囲気では、なさそうだね? つまり、君は何もない状態から、とっくに滅んだ流派を形にしたい……。たぶん、一から立ち上げるほうが、よっぽど楽だ」


「悪いか!!」


 月乃は、ついに開き直った航基を見て、ボクが好きになった男はこんな幼稚だったのかと幻滅した。


 でも、これが最後の逢瀬おうせになるかもしれない。


 その思いだけで、次の質問をぶつける。


「今のボクは魔法師マギクスとして、ベル女の学年主席だ! 真牙流の幹部でもある校長に、どうやって引き抜きの説得をするつもりだい? かなりの理由を提示しなければ、あの校長は了承しないと思う……。先に言っておくけど、君が1人で説得してよ? その程度もできない男に、過去の流派を復興させるのは、とうてい無理だ」


 航基は、2人の想いを一緒に打ち明ければ、と言いたかったが、月乃に釘を刺され、口を閉じた。


 悔しそうな顔をする航基を後目に、月乃はを続ける。


「ボクは学年主席で、約40人の命を預かっている。まだ高校生とはいえ、真牙流で指揮官を務めているマギクスだ。その一挙手一投足は全て、流派の評価につながっているのさ……。これは政治的な問題だよ? せめて、君が無名の退魔師であれば、ボクの責任で付き合う選択肢もあったんだけどねえ……」


 流派を名乗る人間と結ばれるのなら、他流との婚姻だ。

 月乃1人の問題では、済まされない。


 『プロジェクトZE-7010』に参加していたら、自分のせいで皆を破滅させるところだった。


 それを理解した月乃は、【花月怪奇譚かげつかいきたん】の時とは違い、考えなしで動くヒロインの殻を打ち破っている最中。


 鍛治川航基が付け入る隙間は、全くない。



 しばらく考える時間を与えたが、全く反論しない航基。

 ここに至って、月乃は自分の結論を出した。


 ガタッ


「航基……。ボクは、君を責めたいわけじゃなかったんだ。すまなかったね? それは謝るよ……。決定的に合わないのだから、これでサヨナラだ。今まで遊んでくれて、どうもありがとう」


「ま、待ってくれ! 話はまだ、途中だろう?」


 席から立ち上がり、笑顔でお別れを言う月乃に、航基が食い下がった。


 立ち去ろうとした彼女は、動きを止めて、男の顔を見る。


「やめておきなよ? これ以上は、君が傷つくだけだ……」


「これでお別れというのなら、最後まで聞いておきたい!」


 航基の最後のお願いに、月乃が折れた。

 再び椅子に座り、話を続ける。

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