第123話 金髪碧眼の妖精が紫苑学園にやってきた!ー④

 生徒指導室へ戻ってきた教師2人は、それぞれに話し出す。


機靭きしな。元々は、お前が振られたことでの腹いせだろ? 恥を知れ!」

「これ以上の脅迫は、私たちとしても対応せざるを得ないわ。今回の生徒指導は、職員会議に上げます! 次は、ありませんから」


「なっ!?」


 絶句する機靭きしな怜伍れいごに対して、咲良さくらマルグリットは最後の主張をする。


「次に同じことがあったら、私は一連の被害を含めて、外部の人間に相談しますので。……行っても、いいでしょうか?」


「ああ、いいぞ!」

「ごめんなさいね? あまり力になれなくて……」


 教師から許可をもらったマルグリットは、出口へ向かった。

 ガラガラと扉をスライドさせ、廊下に出て行く。




「カレナ、あなたの知恵を借りたいのだけど……」


 マルグリットの自宅で、鍋をつつき合う少女が2人。


 味が染み込んだ牛肉をひょいひょいとうつわによそった室矢むろやカレナは、明るい声で返事をする。


「大丈夫! あやつは、もう終わりじゃ……。それより、早く取らないと、お主の分の牛肉がなくなるぞ?」


「ちょっと待ちなさい! 私、まだお肉を食べていないのよ!?」


 叫んだマルグリットは、大急ぎで鍋の中を確認する。



 ――数日後


 怜伍はマルグリットと会っていた動画をネットに公開したことで、再び生徒指導室に呼ばれ、今度は保護者と一緒の話し合いになった。

 彼は、それまでの女遊びも取り沙汰され、溜まったツケを払うことに。

 同席した学年主任による最終警告を聞いた怜伍の父親は、停学処分の前に彼を転校させた。


 そもそも、個人がスマホで撮影した動画にたいした信憑性しんぴょううせいはない。

 簡単に動画を加工できる環境のうえ、単に突風が起きて、途中で姿が消えたぐらいでは、撮れ高としても残念すぎる。

 ネットでは話題にもならず、また動画の投稿者がすぐに消したことで、それっきり。




 あの百戦錬磨のイケメン王子ですら、返り討ちに遭った。


 そのうわさは、マルグリットの身を守ることにつながる。

 彼女を誘う声は、転校初日と比べて、めっきり減った。

 南乃みなみの詩央里しおり、カレナに並ぶ、紫苑しおん学園の三大女神として、高嶺の花へ……。


 マルグリットは、怜伍の信奉者であった女子から恨まれた。

 しかし、大半の女子は同情的で、過去にヤリ捨てされた被害者もいることから、彼女を悪く言わない風潮に。


 ここにおいて、マルグリットの立場は完全に固まった。

 彼女は分けへだてなく平等に接していたので、内心では気に食わなくても、直接的な行動に出る人間はいない。




 会員制の保養施設で英気を養った室矢むろや重遠しげとおと詩央里が、クラスに戻ってきた。

 すると、マルグリットは入れ替わりのように、ベルス女学校へ帰る。

 突然の別れに驚き、彼女にできなかったことを嘆く、紫苑学園の男子。


 夏休みまでにじっくり料理しようと考えていた陽キャ。

 当てが外れた彼らは、マルグリットと再会したら、強引にでも口説き落としてやろうと誓った。


 SNSのグループにいる男子たちは、さっそく個別のメッセージを送って、次につなげようとするも、全て “未読” のまま。



 ◇ ◇ ◇



 俺の自宅では、咲良マルグリットの歓迎会が開かれていた。


「お疲れ様でした、メグ! おかげで、若さまとゆっくり楽しめました」


 前に会った時と比べてほがらかな表情で、南乃詩央里がねぎらった。

 それに対し、マルグリットも笑顔で応じる。


「いいのよ、これぐらい……。あなたには引け目もあったし」



、ご苦労だったな……。おかげで、重遠しげとおと詩央里が2人揃って長く休んでいたことを不審に思う人間はあまりいなかったのじゃ」


 俺の義妹である室矢カレナも、マルグリットを慰めた。


 同じクラスにいる俺と詩央里が同時に長く休めば、それを邪推する人間も出てくる。

 個人情報の保護で住所は明かされていないものの、同じマンションであることぐらいは簡単に分かってしまう。


 そこで、臨時にリーダーを務めていたカレナは手を打った。

 俺たちが観光地で保養をしている間、マルグリットがおとりになったのだ。


 クラスで一番の影響力がある陽キャたちは、目立つマルグリットの相手に夢中だった。

 彼らが騒がなければ、他の連中が怪しんでも、たいした悪影響はない。



「助かったよ、メグ!」


 お礼を言うと、マルグリットはにっこりと微笑んだ。


卯月うづき皐月さつきがついてくれたから、けっこう安心できたわ! 頼りになるのね、あの娘たち」


 単身は危険だったので、霊体になれる式神の卯月と皐月の2人が護衛についた。

 俺たちの付き添いで睦月むつきたちが出払ったから、一時的に妹の千陣せんじん夕花梨ゆかりが派遣してくれたのだ。


 夕花梨シリーズは、糸をより合わせて疑似的な刀といった武器も出現させられるため、マルグリットをあらゆる危険から守れる。

 転校初日のファーストフード店でも、霊体の卯月は女子トイレで派手にやった。

 ちなみに、陽キャの女子の自室で歌ったのは皐月。


 彼女たちは可愛い見た目に反して血の気が多いため、直接の危害を与えることを除き、徹底的に恐怖を叩き込んだようだ。

 余談だが、皐月が民謡みんようを歌った声を録音して、後で本人に聞かせてみたら、自分の声なのに心底ビビっていた。


 卯月と皐月に言わせれば、見せしめに1人を切り捨てなかっただけ、この上なく手加減したよ! という話だ。

 美少女の顔でニコニコしながら、一部を削ぎ落としても良かったけど、危害を加えることを禁じられていたから。と付け加えた。

 こいつらだけ戦国時代にいて、草も生えない。



 睦月たちが帰還したので、卯月と皐月は秋葉あきばでオタクグッズを買い漁った後に、京都の屋敷へ戻った。



「じゃあ、私はしばらくベル女に戻って、いいのね?」


 マルグリットが再確認すると、詩央里はうなずいた。


「はい! 魔法師マギクスとして戦えるように、頑張ってください。連絡は、ベル女の校長を通して行いますので……。学籍は紫苑学園のままで、ベル女には見学としての滞在になります。もっとも、実質的な復帰ですから、普通に授業や訓練を受けて構いません。単位のコンバートについては、ベル女の校長に頑張ってもらいましょう! ただし、防衛軍や警察といった外部の組織に関係する場合は、予め私に教えてくださいね? 定期連絡も欠かさずに」


 マルグリットは、弛緩した。


「それは大助かりだわ! 予想以上に私が注目されて、うんざりしていたのよ。あなたがクラスメイトの立場に甘んじているから、私だけが『重遠の婚約者だ』と言えなかったし……。必要になったら、いつでも呼んでちょうだい! 紫苑学園の生徒であれば、修学旅行や文化祭、体育祭にも参加できるから」


 頷いた詩央里が、応じる。


「苦労をかけました……。私たちと若さまの関係ですが、しばらく伏せましょう。現状で若さまにヘイトが集まるのは、好ましくありません。今のところ、紫苑学園の高等部を卒業した時点で、私たちの関係をどう公表するのか、改めて見直す予定です……。メグの力は頼りにしていますよ? ここがあなたの家だから、紫苑学園への通学は別として、いつでも帰ってきてください」


「ありがと、詩央里……。私の家……。うん、そうだね……。あなた達が、私の家族なのだから……」


 詩央里が、感慨深くなったマルグリットの肩に優しく手を置いた。



 どうでもいいのだが、俺に関係なく、物事が進んでいくような気がする。

 いや、反対意見があったら、普通に口を挟めばいいんだけどね?

 こうやって、わざわざ俺の前で話し合ってくれているわけだし。


 奥の管理は、基本的に第一夫人の仕事だ。



 カサッ


 “陸上防衛軍の翡伴鎖ひばんさ中将、事故により死亡”


 読んでいた新聞をリビングのテーブルに置き、内心で溜息を吐いた。


 ……月乃つきのルートの黒幕が、いつの間にか退場していたよ。


 ベル女の召喚儀式といい、俺の知らないところで事態が動きすぎだ。



 ◇ ◇ ◇



 南乃詩央里の自宅では、本人と室矢カレナの2人でくつろいでいた。

 挽いたばかりのコーヒーを飲みながら、話し合う。


「ようやく、日常が帰ってきた気がしますよ! 今回は待機だったから、余計に時間が長かったです」


 詩央里のリラックスした声に、カレナが言う。


「次からは、詩央里を除け者にしないのじゃ……。しかし、お主がこれだけ冷静に接するとは、驚きだ! てっきり、マルグリットにもっと厳しく当たるかと思ったが」


 すると、詩央里が不安げな声で、訊ねてくる。


「~~~~~」


 小さすぎて聞こえず、カレナは問い返す。


「ん?」


 意を決した詩央里は、顔を上げ、カレナに質問をする。


「大丈夫ですよね? わ、私……。若さまに捨てられませんよね?」


「は?」


 目を点にしたカレナが呆然としていたら、詩央里がまくし立ててくる。


「だって、あれだけ巨乳で! 金髪碧眼きんぱつへきがんで! 若さまの大好きなオカズによく出てくるキャラに、そっくりなんですよ!? 美少女だし! 心配して、当たり前じゃないですか!! まさか、あそこまでの女を連れて帰ってくるなんて……。ど、どうしよう……。私がいらなくなって、メグが正妻になったら……」


 慌てる詩央里に、カレナはつぶやく。


「お主……」


 何か素晴らしい助言が? とワクワクする詩央里に、カレナは告げる。



「まるで、思春期の女子高生じゃな!」



「私は、れっきとした、現役の女子高生です!!」


 両手を振り上げて怒った詩央里は、まさに年齢相応の感じだった。


 クスクスと笑ったカレナは、詩央里に話しかける。


「ま、まあ、そう心配するな……。フフ。そ、そんな事態に陥ったら、私が重遠に説教をしてやるから……。しかし、お主は可愛いのじゃ……。アッハッハハッ」


 リビングのソファで笑い転げる少女に対して、詩央里はジト目に。


 あまりに笑い続けるので、最終的にカレナは床に放り投げられた。

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