第116話 ケジメをつけた後に独白する少女【カレナ・詩央里side】

 傷心の室矢むろや重遠しげとおが自宅で引き籠もっていた頃に、室矢むろやカレナの家で話し合い。


 紅茶とお茶菓子が、リビングのテーブルに上に並んでいる。

 しかし、出席者の2人とも、湯気ゆげが消えた紅茶のティーカップに触っていない。



「あなたは全てを知ったうえで、独断によって動いたのですね?」


 南乃みなみの詩央里しおりの問いかけに、カレナは答える。


「そうじゃ」


 詩央里は怒りをこらえながら、質問を重ねる。


「ベルス女学校を救うために、若さまの命を危険に晒したと……。何の情報も与えず、たいした支援もなく、敵の魔術師が十重二十重とえはたえの仕掛けをしている巣へ行かせて……。あまつさえ、世界を崩壊させる召喚儀式に立ち会わせた。さらに、苦しんでいる若さまを突き放して、そのまま……」


 詩央里の目をまっすぐに見ているカレナは、再び答える。


「そうじゃ」


 もはや表情を消している詩央里は、震える声で言う。


「私にも言えなかったんですか?」


 目を合わせたままのカレナは、淡々と説明する。


「無理だ。お主に言えば、必ず反対することが目に――」

「当たり前です!」


 普段のお淑やかな様子からは想像もできない詩央里の絶叫が、室内に響き渡った。


 しばし、ハアハアと呼吸を整える音だけ。



 ようやく落ち着いた詩央里が、確認をする。


「その魔術師は、仕留めたのですか? 咲良さくらさんやベル女に術式がまだ残っている可能性は?」


「仕留めた。残されていた術式の類は、私が全て破壊したのじゃ! 魔術書を含めて、奴の所有物も引き取った」


 カレナの返事を聞いた詩央里は、黙ってうなずいた。


 2人とも無言のまま、沈黙の時間が流れる。



 バキィッ



 ダンッと音を立てて、カレナが横向きに叩きつけられた。

 数回のバウンドの後、フローリングの床の上で静止する。


 たった今、右足で地面を蹴って左足を力強く踏み込みながら右フックを振り切った詩央里が、倒れているカレナに近づく。


 カレナは襟元えりもとを両手で絞め上げられつつ、持ち上げられた。


 詩央里は凄まじい形相で、キスをするほど近い距離のカレナに言う。



「……次に同じことをやったら、私はあなたを絶対に許しません」



 言うが早いか、詩央里は両手を離し、床へ崩れ落ちるカレナに目もくれず、彼女の家を出て行った。



 フローリングに身を横たえていたカレナは、10分もった頃にゆっくり起き上がる。


 痛む側頭部をさすりつつ、ちょこんとソファに座った。

 背もたれに寄りかかる。


 天井を見上げながら、カレナはつぶやく。



「詩央里には、悪いと思っているのじゃ……」



 今回の召喚儀式の件では、詩央里にかかる負担があまりに重すぎた。


 ただでさえ、婚約者を女の園に1週間も行かせて、その上に得体の知れない化け物との戦い。

 しまいには、新たな世界創生になる召喚儀式を阻止するという、千陣せんじん流を総動員しても難しい事態にまで……。


 トドメに、1週間も連れ添い、死線を共に潜った戦友でもある咲良さくらマルグリットを助けてくれという懇願の切り捨て。


 説明を聞いている途中の詩央里は、必死に自分の激情を抑えていた。



 カレナは自身の痛む箇所を触りつつ、独り言を続ける。


「これで済ませてくれるとは。やはり、詩央里は優しいの! 次はないにせよ……」


 重遠が帰宅した時、詩央里は説教をしたかった。


 さぞや、多くの女の子と遊んできたのでしょうね? それで、いったい何人を引っかけてきたんですか? と。


 でも、言えなかった。

 その重遠が、今にも死んでしまいそうな顔をしていたから。


 詩央里はかろうじて平静を取り繕い、異常に礼儀正しく振る舞った後、逃げるようにその場を去った。


 若さまに何かがあったのは、明白だ。

 しかし、カレナから、自分が帰ってくるまではあまり接しないようにと言われている……。


 直接見に行きたい気持ちやスマホで連絡したい気持ちを押し殺し、詩央里は自宅で待機した。

 私の知らない間に若さまが自決していたらどうしようと、さいなまれながら……。



「言葉で謝るだけなら、簡単じゃ! しかし、そのことに意味はない……」


 そもそも、今になって謝るのなら初めからやるな、という話だ。


 カレナが帰ってきて自宅に呼んだ時の詩央里は、本当に酷いものだった。

 まともに寝ておらず、食事もろくにしていない様子。


 通っている紫苑しおん学園で評判の美貌は、完全に失われていた。

 詩央里が元の状態に回復するまで、最低でも数日はかかるだろう。


 話の途中で、詩央里はスマホを操作していた。

 重遠が自宅を訪れたマルグリットと再会したようで、彼女をどうするのか? を聞かれたようだ。


 その際に、カレナは、数日後に私の自宅で咲良さんの可否を決めますと言われた。



「そうだな。私は、まだ自惚うぬぼれていたのだろう……。世界を守る……。そんなことをしても、一番大事な人は守れなかったのに……」


 ソファの上で自分自身の両膝を抱きかかえたカレナは、丸まりながら、自嘲気味じちょうぎみに呟く。


 そして、考える。


「詩央里なら顔色ひとつ変えず、あっさりとベル女を見捨てるだろう。それも、重遠に分からないよう……」


 敵である魔術師を最優先で叩きつつも、若さまの安全を確保する。

 詩央里と一緒に作戦を練っていたら、その方向になっただろう。


 無自覚の傀儡くぐつであったマルグリットは諦め、敵の手駒である3年主席なども、処分対象だ。

 逃げられないように、精神交換の転移先も全てする。


 詩央里は、若さまに傷をつけないよう、自分が悪者になってでも最初から敵となる女子を接近させなかったに違いない。

 あらゆるコネで交渉して、自分もベル女へ出向くことで……。



「全てを守ることは、全てを諦めることでもある。だから、軍は常に、最小限の犠牲に留めようと動く……」


 オール・オア・ナッシングは、ただのギャンブル。

 それも、バカとしか表現できない張り方の……。


 カレナは座り直して、ポツリと言う。


「そうだな、詩央里! 次からは、私も自分の手を汚そう。せめて、お主の負担を少しでも軽くするために……。本当に、すまなかった」




 気分転換で、コーヒーをれたカレナ。


 甘いお菓子を添えて、やっぱりソファに座る。


「あの女魔術師は、軽く見るには厄介すぎて、それなのに人間臭かった……。だから、感情に任せて何をやり出すのか読みにくく、同じ魔術師として穏便に取引をする選択肢もなかった。始末することが、唯一の解決策」


 カレナに言わせれば、くだんのレティシエーヌはせいぜい中学生レベルの魔術師。


 初心者ではないが、真理に触れるには程遠い。


 上級になった魔術師は、別の次元、別の惑星などの、自分の目的に合っている異世界へ移住する。

 ここに人の身で残っているのは、だいたい中級より下。



「本来、自分で築き上げた陣地にいる魔術師を殺すことは、まず無理だ」



 海外のオカルト勢が母国を出ないのは、自分の身を守るため。

 系統が違いすぎると相手の技術や道具を奪ったところで意味がないことも、関係しているが……。


 では、なぜレティシエーヌは本拠地にいるのに、あっさりと出し抜かれたのか?


「レティシエーヌの敗因は、圧倒的に優位な場所にいることでの慢心。それから、重遠を魔術師の振りをした一般人と見なし、全く相手にしていなかったことの2つじゃ」


 レティシエーヌがベル女に居座り、積極的に接したら、勝負の行方は最後まで分からなかった。

 しかし、魔術の「ま」の字も知らないことから、彼女は重遠をノーマークにしたのだ。


 魔術で乱痴気騒ぎにして籠絡ろうらくする、マルグリットなどの女子を操って誘導する、とにかく情報を出させる、自分を信用させると、選択肢は多かったのに……。


 レティシエーヌは、式神であるのにあるじを放置するカレナの行動によって、実は重遠のことを嫌いなのか? と迷った。


 それならば、召喚儀式で彼を始末すれば、勧誘もやりやすい。


 あるいは、カレナ自身に、その儀式を止めるだけの力がないのか……。



 この時点で、レティシエーヌは、カレナも重遠もたいしたことがないと見縊みくびっていた。


 彼女はカレナに正体を見破られないよう、交流会の前に外へ移動している。

 安全な場所で、高みの見物だ。


 ところが、自分で作り上げた監視網やトラップを過信したことで知らぬ間に術式を書き換えられ、ベル女の相談室はそのまま処刑場に。



繁森しげもり仁子さとこになっていたレティシエーヌがリアルタイムで同期していたのは、恐らくマルグリットの五感だ。それ以外は、交流会の後に帰ってきた時点でチェック。ところが、いざ私の痕跡を辿ろうとしたのに、さっぱり! それでいて、召喚儀式の自動キャンセルも発動していない……。レティシエーヌは、かなり混乱しただろうな? 『召喚した星空の果てが、気紛れで自分から戻った』とでも、判断しただろう」


 まさか、重遠が一撃で消し飛ばしたとは、夢にも思わない。


 最初から最後まで読み間違えたレティシエーヌは、全てを失うことで、その代償を支払った。



 原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】で語られることはなかったが、『プロジェクトZE-7010』の総責任者である翡伴鎖ひばんさ中将も操り人形に過ぎなかった。


 時翼ときつばさ月乃つきのと多くのマギクスを破滅させていたのは、真の黒幕であるレティシエーヌ。


 クーデターの黒幕であるりょう有亜ありあも、最終的にはレティシエーヌの傀儡に。

 母親のりょう愛澄あすみは状況の把握すらままならず、早い段階で陸上防衛軍に身柄を拘束されていた。


 だが、レティシエーヌは自らがつちかってきた魔術を封殺され、この舞台から降りたのだ。

 ユニオンのブリテン諸島、まだイギリスとも呼ばれる場所から日本にやってきたカレナ・デュ・ウィットブレッドを欲しがって、召喚儀式を仕組んだばかりに……。


 結局、レティシエーヌが翡伴鎖中将をどう思っていたのかは、謎のまま。


 カレナに告げた通り、ただの道具だったのか。

 案外、自分の父親に似ているといった理由で、意識していたのかもしれない。


 本人に聞けたとしても、分からないだろう……。



 カレナは香りを楽しみながら、コーヒーを飲む。


「だが、これで各国に目を付けられた……。いよいよ、千陣流も本格的に動き出すし、USFAユーエスエフエーなどの主要グループも接触してくる」


 個包装のお菓子を口に放り込み、食べ終わってから呟く。


「ここからは、今までのような遊びでは済まないのじゃ! 必要があれば、私は……」


 ――国であろうとも、潰してみせよう


 陰のある表情で、カレナは言い捨てた。



 カレナは、もしゲームであれば、最後のボスどころか決して倒せない裏ボスといえる貫禄だった。


 その機嫌を損ねただけで、世界は滅ぶに違いない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る