第110話 その後のベルス女学校の生徒たち(後編)

 静かな夜。


 うたた寝から目覚めた神子戸みことたまきは、自室のリクライニングチェアに身を沈めながら独白する。


「案の定というべきか、陸上防衛軍の部隊がどさくさに紛れて、うちを制圧しようと乗り込んできた」


 疲れた顔になった環は、事後処理でも一触即発になった時を思い出していた。



 ベルス女学校の隣には、陸防の館黒たちくろ駐屯地がある。

 山間部のため、長い滑走路を要する戦闘機こそないものの、対地攻撃のゆうである戦闘ヘリも配備されている、一大戦力だ。


 その理由は――


「うちが反旗をひるがえした時、スピーディーに制圧するため……。結局、これが彼らの本音だ」


 表向きはベルス女学校の防衛だが、その内情はどちらかといえば、

 他の魔法師マギクスの養成施設も、似たり寄ったりの扱いになっている。



 指揮系統が復帰した、陸上防衛軍。

 彼らのうち、武装した歩兵たちが、救護を名目に入ろうとした。

 約500人の大隊で、いったん後方まで浸透されれば、止められなかっただろう。


 僕が指揮を執るのが間に合ったことで、境界線を挟み、そのまま睨み合いに。


 こちらの司令部を占拠されていたら、訳も分からないまま、各個撃破で拘束されていたのは、火を見るよりも明らかだ。


 陸防に増援を求めることは、自分の首を絞めるだけ。

 他の勢力についても、出前じゃない。



「何が、『まだ危険があるから』だ。これほど絶好のチャンスは、後にも先にもないだろうからね。それに……」


 館黒駐屯地のお偉いさんは、自分の派閥に何か手土産を持って行かなければ、もう終わりだと考えたのだろう。


 ここにあるのは、マギクスの魔法理論、バレなどの機材、人材育成のマニュアル、女子や教職員の個人情報とその履歴、マギクス本人で、どれをとっても垂涎の的だ。


「バカスカと地対空ミサイルを撃ちまくり、対空機関砲も景気よく撃ちまくって、警急呼集で歩兵に実弾を配っての作戦行動。あの異常な事態では、意味なく小銃を乱射した兵士もいただろう……。駐屯地の司令レベルで動いたのなら、軍法会議は免れない。良くて降格と依願除隊、もしくは僻地への左遷。悪ければ、懲罰部隊で使い捨てだな」


 軍事兵器は、金がかかる。

 特に、誘導ミサイルはお高い。


 中SAMちゅうサムは一式で500億円だから、消耗品のミサイル6個がどれだけ安くても、一発で億単位だろう。

 来月のクレジットカードの支払いができるように、財布の中身を確認してから、撃つべきだ。


 小銃弾は一発300円ぐらいで、こちらも大勢で撃ちまくれば、あっという間に、カードの上限に達する。



「自分のキャリアどころか、派閥から見捨てられるかどうかの瀬戸際となれば、手段を選んでいる余裕はない……。そうなると、一番手っ取り早いのが、だ」


 あの事態でも、重要度の高い施設は優先的に守っていた。

 戦闘可能な教職員は、マギクスの機密を扱っている建物や、中等部以下の子供たちがいるシェルターで防衛線を敷くことに専念。


 一般の歩兵部隊では、突破できない。

 加えて、その状況なら、機密保護を理由にして、即座に攻撃できる。



「マギクス本人も機密のかたまりで貴重な素材となれば、はぐれたか、怪我で動けない女子を優先的に狙うのは、自明の理。下手をすれば、自分たちで撃って、駐屯地に担ぎ込んでいたかも……」


 元々、容姿で評判の良い女子校だ。

 若い女としての価値も高く、隣の駐屯地司令がそれを差し出して保身を図ることは、十分に考えられる。

 死んでいるはずの人間であれば、それに見合った研究サンプルにも。


「陸上防衛軍の駐屯地には、入れない。あの混乱で数人がいなくなっても、『彼らがさらった』とは断言できなかった。事実関係をつかめなければ、いくら僕たちでも報復には動けない」


 やり返される恐れがない、敵対派閥の若い女。

 最後に殺して、その痕跡すら消しておくだけでいい。


「色々な使い道があるか……。改めて、僕らには敵が多いんだなと思わされたよ。うちの中にも、『室矢むろやくんが来たせいで、この惨状になった』と考えている人はいるけどさ」



 環は、おもむろにリモコンを手に取り、自室のモニターへ向けた。


 ピッ


『今回の特集は、ベルス女学校で発生した、不可思議な空間閉鎖についてです。なんと数時間にわたって、軍事衛星ですら確認できない事態になったそうで……。軍事評論家の岡田おかださん。どのように思われますか?』


 司会の問いかけによって、岡田が話し出す。


『そうですねえ……。元々、世間から隔離されている学校だそうで。住所すら、公開されていません。まあ、海外の軍事施設では、非公開というのは珍しくないんですけど……。敷地内で何が起こったのかは、未だに不明です。おおかた、新しい魔法の暴走じゃないかな? いや、これは僕の想像ですけどね』


 1人の女が、ヒステリックな感じで喋り出す。


『そもそも! ここは、世間で「金持ち専用のお嫁さん育成機関」と言われています! この男女平等の時代に、まだ何も知らない子供であることに付け込み、女性の権利を侵害する――』

『えー! この場には防衛省、その地方連絡本部に所属している、広報官の吉野よしの少尉も、お呼びしています。吉野さんはどのように、事態を把握しているのでしょうか?』


 話が脱線し始めたので、司会が強引に切り替えてきた。


『ただいま、ご紹介にあずかりました、吉野です! よろしくお願いいたします。……最寄りの駐屯地からは、事実確認と救助のために部隊を派遣しました。現在、情報の収集に当たっており――』


 ブンッ


「やっぱり、うちの校長先生が責任を取らされるか? これだけ、世間で騒がれているとなれば……」



 環は、ノートパソコンに表示されている、あの時の赤黒い空と雲霞うんかのごとく群がっている化け物たちの画像を見た。


「室矢くんの、あの姿は、カメラに捉えられていなかった……」


 言っても信用されないだろうし、室矢くんを追い詰めたくなかったから、いつの間にか化け物たちは消え去っていたと報告。


 でも――


「世界の主な国家は、さすがに甘くないみたいだね……」


 すでに主要グループの諜報機関が動いているらしく、そちらの筋で、かなりの反応があるようだ。


 物理法則を無視した空間がいきなり発生して、おまけに突然消えた。

 今ごろ、物理学者は頭を抱えているに違いない。


「うちに戦略的な力を持つ、大それた魔法がないことは、連中も熟知している……。だから、うちが疑われる心配はない。仮に正規の査察が入っても、見られて困る資料や機材はないのだから……」


 歴代最強の脇宮わきみや先輩ですら、戦術レベルの力。


 確かに強いが、従来の兵器と比べたら、そこまでの脅威じゃない。

 所詮は、1人だ。



 でも、その1人で戦略レベルの威力を発揮するとしたら……。


 たった一撃で、艦隊や航空機の編隊を消し飛ばす。

 その技術を手に入れ、独占できれば、どれだけの価値があるか……。


「言うなれば、戦略級のマギクス。あるいは、その力を理論に落とし込んだ、新たな兵器の開発……。まだ不確定だが、核兵器に代わる、新たな脅威……。世界を支配するだけの力となり得るかもしれない」



 …………。


 一番大変なのは、室矢くんだ。


 誰がやったのか? で考えるのなら、彼に注目が集まるのは、子供でも分かる理屈。

 当然、彼と親しい関係者にも……。



「僕には、どうすることもできない。室矢くんが所属している千陣せんじん流が、きちんと守ってくれることを祈るのみだ。それに、この考えは僕のイメージを重ねているだけ。今の時点で、いきなり室矢くんが襲われる可能性は低いと、願うよ」


 環は、静寂を取り戻した星空を見上げながら、改めてつぶやいた。


「世の中、知らないほうがいいことは、たくさんあるのだね……」



 そして、環は、別のことにも気づく。


「僕も、自分の将来を考えないと。そろそろ、次の交流会の準備も始まるし……。室矢くんには婚約者がいるのだから、僕が心配するまでもないかぁ……。ハハハ」


 それまでのキリッとした顔から一転して、ショボーンとした表情になった環。

 彼女は、“今年の流行りの髪型” などのWEBサイトを巡回し始めた。


「もういっそのこと、室矢君がもらってくれないかな? この学校、本当に出会いがないんだよねえ……。親が企業の経営者とかで、どんどん紹介されている子がうらやましいよ……」


 咲良さくらマルグリットが2人目で良いのなら、という冗談半分だが、自分で男を探せない環境は困りもの。


 防衛軍や警察に入れば、同僚のマギクスとくっつけるし、上官の伝手でお見合いも可能だ。

 その場合の成婚率は、非常に高い。


 しかし――


「それだと、僕の好みは全く関係ないんだよね。選ぶ余地なく、上官が紹介した相手との結婚……。そのために防衛官や警官になるのは、ちょっと違う気がするし。交際関係にも、いちいち口を出されるからなあ……」


 優秀で取りまとめができる環には、防衛軍と警察から、幹部候補生として熱烈なオファーが届いている。


 現場研修へ行けば、卒業生の女幹部から手厚いもてなし。

 私たちと一緒に、仕事で人生を過ごそう! と。



「頑張れば頑張るほど、色恋沙汰から遠ざかっていく気がする。どうして、こうなった……」


 両手で顔を覆った環は、理想の恋愛から結婚までのプロジェクトがあれば、喜んで参加するのになあ。と、心の中でぼやいた。


 ベルス女学校には、婚活のマナー講座なども。


 就職組と婚活組でかなりの温度差があって、授業と最低限の訓練を除き、時間の使い方、さらに雰囲気も異なるのが特徴だ。


 ここは日本で唯一の、完全に男を排除した教育施設だ。

 ゆえに、財閥の経営者の娘などの、絶対に男と間違いがあってはならない女子もいる。


 彼女たちは花嫁修業の期間で、交流会とお見合いこそ、全て。


 たとえば、紫苑しおん学園の3年男子、国光くにみつ晴輝はるきのお世話係になって、そのまま婚約が成立した事例を挙げられる。


 茶道部の部長として、ご令嬢らしい日々を過ごしている清水しみず日葵ひまりは、婚活組の代表格だ。



咲良さくらさんを通して、室矢くんに相談してみよう。彼は無理でも、誰か紹介してくれるかもしれない……。せめて、普通の恋愛ぐらいは……。この機会に、3年の清水先輩と話をしてみようかな?」


 環は、わりと真面目な顔で、悩み出した。

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