第105話 遅れてきた彼女たちによるジョストー①
時は、
いつも通りの朝。
学生寮から出てきた女子たちは、これからの授業や訓練を考えて
ここは、重遠たちが命懸けで救ったベルス女学校。
世界が滅ぶかどうかの決戦から、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
ちょうど彼が自宅に戻り、マルグリットを失ったことを嘆いていた頃だ。
女子たちとは別に、教職員も休日返上で働く。
学習指導要領に基づいた授業の遅れの挽回や、破壊された施設の修繕や建て替えのチェックなど、やるべきことは多い。
敷地の外から戻ってきた
女子に襲われた痛手が癒えたばかりだが、今こそ、心のケアが必要。
リラクゼーションの区域にある相談室では、予約のチェックとその調整だけで一苦労だ。
プルルルル
仁子は白衣のポケットから自分のスマホを取り出し、【通話中】にしてから耳に当てる。
「もしもし……。ここには電話をかけるなと……。ええ、分かっているわよ! 例の件は準備中。こちらも忙しいのだから、もう少し待ちなさい」
ピッ
スマホの画面をタップ。
電話を切った仁子は、溜息をついた。
「あの男、そろそろ邪魔になってきたわね? でも、今は騒ぎにしたくない……」
ギシッ
事務デスクの椅子に座った仁子は端末を操り、女子のカルテを呼び出す。
「咲良さんは、本当に残念だったわ……。彼女の二の舞にならないよう、今度はしっかり面倒を見てあげないと」
相談室への来客がブザーで示され、仁子が許可したことで1人の女子が入室してくる。
「……失礼します」
長い金髪に、青い瞳。
高等部3年の識別章をつけた女子は、仁子に勧められるまま、彼女の対面にある椅子へ腰を下ろす。
仁子は相手を安心させる笑顔で、説明を始める。
「いらっしゃい! あなたも大変ね? こんなタイミングで転校してくるなんて……。ここで話したことは、外に漏れないわ。たとえ校長先生にも……。だから、安心して相談しなさい。咲良ティリスさん?」
「はい。ありがとうございます」
ティリスはもう日本の流儀に馴染んでいるようで、外国人には珍しいお辞儀をした。
転校してきたばかりの悩み事をいくつか述べて、仁子からアドバイスをもらう。
カウンセリングは相手の話を聞く傾聴で、共感することだ。
まだ若い女子は、一時的な宿り木さえあれば、自分自身で解決方法や本当の気持ちを見つけていく。
振る舞われた紅茶を飲んだティリスが、眠気を訴える。
次の予約がないことから、相談室にあるベッドの使用を許可した。
仁子がシステム上で、出入口である個室の利用時間を延長する。
スヤスヤと眠ったティリスを
その引き出しの1つを開けて、中に入れたままの手を動かし、一定の操作を行う。
すると、音もなく隠し扉が現れ、内部に小さな
指でつまみ、1つ、2つを取り出す。
…………はずだった。
まだ10個以上も残っているはずなのに、いくら指で探っても見つからない。
「誰かが
思わず小声で
不自然ではないように表情を取り繕い、いかにも目当ての書類や事務用品が見つからなかった
「どうかしましたか、繁森先生?」
いきなり声をかけられ、仁子は驚いた。
だが、平静を装い、その相手に返事をする。
「何でもないわ、ティリスさん! 実は、私も愛用しているお
仁子の返事を聞いたティリスは、にっこりと微笑んだ。
「そうですか…………」
ティリスはベッドから上半身を起こしたまま、すっと指差した。
「もしかして、アレですか?」
釣られて仁子がその方向を見たら、
いつの間に?
そう思った仁子だが、笑顔でティリスにお礼を言いつつも、回収した。
当初の予定から少し変わったが、これで目的を果たせる。
仁子が内心でホッとしながら、ティリスに1つ分けようとした、その瞬間。
当の本人に、言葉をかけられる。
「ところで……」
溜めを作ったティリスは、ベッドから床に降り立ち、その2本の足で立った。
終わりまで聞いてから判断しようと、仁子はその様子を見守るだけ。
ティリスは、その花びらのような口を開いた。
「あなた、いったい誰ですか?」
仁子は、すぐに言い返す。
「私は繁森仁子よ……。あなたこそ、どうしたのかしら? 疲れているのなら――」
ゴガンッ
仁子の話の途中で、建設中のマンションから鉄骨が落下したような轟音が響いた。
彼女の近くを通り過ぎた突風が、その後ろの壁を打ち砕いたからだ。
それに気圧されたのか、仁子は後ずさりをしたものの、その口から聞き慣れぬフレーズが紡がれた。
ドカアッ
今度は、巨大ロボットがお互いに拳をぶつけ合ったような轟音。
ここにギャラリーがいれば、同じ衝撃が正反対に合わせられ、打ち消し合ったと思う者もいただろう。
奇妙なことに、物体が高速でぶつかった時に発生する衝撃波はなく、その物体も見えない。
仁子の顔に、これまでの余裕がなくなった。
刺々しい声に変わり、相談室で自分の対角線上にいるティリスに詰問する。
「驚いたわ……。いえ。あの咲良マルグリットの系譜と考えれば、この程度は予想しておくべきだったわね? 同じようにディープ・ブラックオーシャンと繋がっているのなら、魔術を使っても不思議はないか……。独学でこの技量とは、本当に素晴らしい! ティリス、私の弟子に――」
「質問をしているのは、私ですよ? 答えなさい、小娘」
仁子に負けず劣らずの凄みを感じさせるプレッシャーで、一方的に流れをぶった切る。
眉を
ティリスの長い金髪は黒く染まり、瞳は青のままだが、宇宙を思わせる深みに。
身長は160cm台に少しだけ伸びて、わずかに幼さを残した雰囲気から仕事を覚えたぐらいの社会人を思わせる姿へ。
ベル女の制服を着たままだが、久々に高校時代のものを引っ張り出した感が強い。
ティリスは、咲良マルグリットの姉だと思えるだけの
誰かをそのまま成長させたら、こんな感じになるだろう。
ティリスと呼ばれていた黒髪の美女は、まるで講師のような雰囲気で話し出す。
「私は、×●□▲……。ああ! これだと、聞き取れませんか?」
仁子に向き直った美女は、改めて自己紹介をする。
「私は、カレナ。はじめまして、小娘……。今の私は、非常に機嫌が悪いです。よくよく考えてから、口を開くように……」
「ハアッ……。なるほど、タイミングが良かったわけだ……。どこの魔術師か知らないけど、ここは私の工房よ? あなたこそ、楽に死ねるとは思わないでちょうだい! その体と精神は、私が余すところなく利用してあげる……。久しぶりの同業者との出会いなのに、もうお別れとは。本当に残念だわ」
澄んだ目のカレナは、仁子の宣戦布告を受け流した。
こいつは質問に答える気がないと判断して、仕方なく話し出す。
「あなたは、繁森仁子ではありません。元々は、
カレナの指摘に仁子は黙り、話を聞く姿勢になった。
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