第58話 原作のヒロインが登場するも様子がおかしい
――― 【1日目 夕方】 第一体育館
「ヤッホー! 元気にしていた?」
「お前は、いったい何をやっていたんだよ……」
第一体育館でバスケ部、バレー部の説明を聞いて、一緒にプレイしていたら、
むにゅんむにゅんの感触を練習にかこつけて楽しんでいたが、これで終わり。
ぶんぶんと手を振る女子たちに片手を上げて応え、移動しようと歩き出す。
しかし、マルグリットが俺の近くに寄ってきて、くんくんと匂いを嗅ぐ。
「……
「そうか?」
マルグリットは、こくりと頷いた。
女子はそういうのに敏感だろうし、いったん自分の部屋に帰るべきか。
彼女の案内に従って、ゲスト用の寮へ向かう。
ここは、女子校だ。
さっきの第一体育館や部室棟のシャワーを使うわけにはいかない。
茜色に染まる空はマルグリットの金髪を照らし、幻想的な雰囲気を醸し出す。
食事の時間だからか、周囲に人気はない。
まるで、俺と彼女だけがこの世に取り残されたように……。
彼女は俺の様子を見るため、たまに横目で確認してくる。
「メグ」
「なに?」
愛称で呼ぶと、マルグリットが嬉しそうに反応した。
「俺はさ……」
「うん……」
何かを期待している様子のマルグリットに対して、断腸の思いで告げる。
「すまない……。俺は、
「…………責任は取らなくていいと、言ったでしょ? どうして、わざわざ教えてくれたの?」
立ち止まったマルグリットが、不思議そうに覗き込んだ。
どこまでも澄んでいて、物言いたげな青は、俺だけを映している。
それに釣られて、俺も足を止めた。
「君を傷つけ……。いや、違うな……。俺が別れる時に、辛くなると思うから……」
マルグリットは、顔を伏せた。
そのまま、小声で
「なんで…………。今更、そんなことを言うの?」
「すまない」
マルグリットは顔を上げて、キッと俺を
「だったら、あんな条件を出さないでよっ!! 1週間、私と楽しく遊んで、あなたは後腐れなく、その婚約者のところへ帰ればいいじゃない!! ……私、そんなに魅力がなかった?」
大声を出したマルグリットは、はあはあと、呼吸を荒げた。
最後の台詞に差し掛かった頃には、かろうじて聞き取れる声に。
「メグは、連れて帰りたいほどの美少女だと思う。だけど――」
「婚約者がいるから……。私と結婚できないから悪いって?」
俺は黙ったまま、首肯した。
痛いぐらいの沈黙が、しばらく続いた。
指で眉間を揉んだマルグリットは、溜息を吐いた。
「了解。夜の特別交流会は、別に呼ばなくてもいいわ……。でも、私にここまで言わせておいて別の女子を呼んだら、絶対に許さない! そうしたら、死んだ後までも祟ってやるわよ?」
涙を拭いたマルグリットは、ハンカチにしばし顔を埋めた後、いつも通りの笑顔を作った。
「その……。時間がないようだし、急ごうか?」
「ええ、急ぎましょう」
返事をしたマルグリットは俺の腕を取って、自分に強く押しつける。
得も言われぬ感触が、マシュマロを思い出させた。
俺がマルグリットを見ると、彼女は茶目っ気がある表情になった。
「早くしないと、次の予定に遅れるわよ?」
俺の腕を離す気がないマルグリット。
その山脈の谷間に片腕を包まれたまま、ゲストハウスへと急いだ。
――― 【1日目 夕食】 1年エリアの食堂 パーティールーム
「ボクが、1年の主席である、
「よろしく」
夕食は、1年1組と行う。
咲良マルグリットは、自分のクラスではないことから、外で待機。
黒曜石のような輝きを持つ長髪と、紫色の瞳。
ツーサイドアップで、同じく髪飾りが2つ。
身長150cmぐらいで若干背が低いものの、その胸はマルグリットに負けないほどの大きさだ。
可愛い系のハイレベルで、大人っぽい雰囲気の彼女とは違い、幼さを感じる。
元気よく挨拶をしてきた月乃と、握手を交わす。
彼女は勝ち気そうな顔のまま、片目を閉じて、ウィンクしてきた。
月乃こそ、原作の【
『主席』という言葉から分かる通り、ベルス女学校の高等部1年で最強を誇る。
この学校の主席は、
違反をすぐに摘発できて、必要があれば魔法の行使も認められているという、まさに特権階級。
彼女の肩にはホルスターが吊られ、ハンドガンの形状をした
モスグリーンのデニムジャケットで隠しているものの、今は椅子にかけていて、脇のホルスターが丸見え。
学年の女王である主席に逆らうことは、学校生活の終わりを意味する。
ただ、彼女の個別ストーリーは……。
ストーリーは……。
お涙頂戴の、かなり悲惨な展開だったはず。
マルグリットがいた1年2組とは雰囲気が違い、周囲の女子は月乃の様子を窺っている。
「さあ、ディナーにしようか! 皆、準備をして!!」
月乃の号令と共に、クラスメイトたちは一斉に動き出す。
彼女は俺に色々と話しかけてくるが、手伝わない。
やがて、俺と2人だけの席が用意され、それ以外は少し離れた位置で固まった。
あれ?
月乃って、こんなキャラだったっけ?
ディナーは、俺ですら高価だと分かる、霜降りの分厚い牛肉のステーキ。
付け合わせに、のりとチーズで味付けをして炒めた新じゃが、ズッキーニやしめじなどをバターで包んだ野菜のソテー。
茹でたブロッコリーと切ったゆで卵とレタスの野菜サラダ、濃厚な香りが漂うトマトスープ、ライス・パンと、高級レストラン並みに豪華だ。
「どうだい? 昼は2組のようだったけど、ウチとは比べ物にならないだろう? わざわざ、ボクが手配をしたのだから」
「すごく美味しい料理で、嬉しいよ……。俺のために、ありがとう」
2組に対抗意識があるようだが、そこは指摘せず。
俺の言葉を聞いて、月乃は無邪気な笑顔に変わり、頬を赤らめた。
根は悪い娘では、なさそうだ。
その時、おずおずと近づいてきた女子が。
「あ、あの、時翼さん! 私たちも自己紹介を……」
月乃はその言葉を聞いて、あからさまに不機嫌な顔になった。
「あのさあ……。見て、分からない? 今、ボクが話しているんだよ? ねえ?」
「は、はい。すいません……」
話しかけてきた女子は、ガタガタと震えながら謝る。
見ていられなくなった俺は、月乃に話しかけた。
「時翼。そういう態度は良くないと思うぞ」
「これは、ボクの面子の問題だよ……。お願いだから、もう少し待ってくれないかな?」
まずいな。
ここで、みんなの話を聞きたいと言ったら、月乃はクラスメイトを逆恨みする。
かといって、このまま見守ったら、勇気を出した女子が見せしめだ。
「俺は、時翼の話を聞きたいんだ。時間は有限なのだから……」
それを聞いた月乃は、少し機嫌を直したようだ。
震えながら待っていた女子に、もういいよ、と言い、俺に向き直る。
「そうだねー。もっと親しい呼び方にしても、いいかな?」
「ああ……。『重遠』と呼び捨てで、構わない」
深く頷いた月乃は、ボクのことも名前の呼び捨てでいいから、と告げてきた。
――― 【1日目 夕食後】 1年エリアの食堂 外周部
ハアッ…………。
まいったな……。
原作のヒロインが、あそこまで高飛車だったとは……。
あの後、とても食事をする雰囲気ではない中、ひたすらに月乃のご機嫌を取った。
俺に対しては、かなり素直だったが……。
離れている女子たちは、彼女の逆鱗に触れないよう、物音1つ立てない有様。
「あれじゃ、刑務所の看守と囚人だな……」
月乃から距離を置くために、俺は1年エリアの食堂の外にいる。
なぜなら、彼女への態度をまだ決めかねているからだ。
ここは、あまり生徒が通らない場所のようで、ようやく一息つけた。
「~~~~~」
「~~~~」
……誰かが、話し合っているようだ。
俺はこっそりと、話し声が聞こえてくるほうへ近寄った。
「だからさあ、ボクと戦って欲しいんだよ!」
「ごめんなさい……。それは、できないの」
時翼月乃と咲良マルグリットが2人きりで、会話をしていた。
「いい加減にしてくれないかな? 君のせいで、ボクは大迷惑なんだよ! ボクが陰で何を言われているのか、知っているだろ!? 『二番手のくせに主席だなんて、笑っちゃう!』、だぜ……。勝ち逃げをして、ボクを見下すのは、そんなに楽しいかい?」
それを聞いたマルグリットは、悲しそうな顔になった。
「ごめんなさい」
怒りの表情になった月乃は、イライラしたのか、その場で地団太を踏んだ。
「まったく、君はそればっかりだ! 主席の面倒な役割はボクに押し付けているくせに、交流会ではお世話係になるし……。いいよねー? 美味しいところだけ持っていく立場は!」
「ごめんなさい」
長く息を吐いた月乃は、脱力した。
「あのさあ……。そりゃ、重遠は良い男だし、お世話係になったことを羨ましく思うけど。それよりも、1年の主席の件だよ……。再戦をして、それで君が強いのであれば、喜んで主席の座を譲る……。ボクは、どちらが上なのかをハッキリとさせたいんだ。その上で、一緒に切磋琢磨をできれば良いな、と考えている」
「私は、あなたが主席にふさわしいと思う」
月乃は、張り詰めた雰囲気を
「もう一度だけ、聞くよ? ボクと戦ってくれ、咲良マルグリット!」
「できないわ」
剣呑な目つきになった月乃は、マルグリットに言い捨てた。
「ボクが、これだけ言ってもか……。うん、分かった……。よく分かったよ」
マルグリットが話しかける前に、月乃はすたすたと離れていく。
だが、途中でくるりと振り返って、言い残す。
「主席としての威厳を取り戻すために、ボクは別の手段で解決する……。咲良、せいぜい交流会を楽しみなよ……。じゃ」
羽織ったモスグリーンのデニムジャケットを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます