第40話 室矢カレナに定跡なしー③
将棋に全てを捧げ、
いっぽう、
短期間とはいえ将棋部に通い詰め、寛己の相手をしていた理由とは?
その謎を解く鍵は、カレナと寛己の初対局にある。
全ては、ここから始まった。
室矢カレナには、将棋がよく分からぬ。
だが、目の前にいる、六枚落ちでも勝てると抜かした男だけは許せなかった。
寛己がどれだけ強くても、私は絶対に負けないのじゃ!
即墜ち2コマみたいに気合を入れたカレナは、周囲に心配された。
「カレナちゃん、やっぱり駒落ちをしたほうが……」
「うん。寛己くん、強いし……」
「私たちとは、次元が違うよ?」
ギャラリーは黙って、そこで見ているが良い。
だが、念には念を入れておこう。
カレナはこっそりと術式を発動して、いったん時間を止めた。
周りの人間が彫像のように固まり、彼女だけが腕を組んで、考える。
因果関係をしっかりと見れば、ほら、私の勝ち筋が……。
あれ?
どこかな、私の勝ち筋?
あらゆる未来を視ても、ボコボコどころじゃないのだけど?
一番ひどい対局だと、私には王将しか残っていないのじゃ。
裁きの雷でも、食らったのだろうか?
おまけに、かろうじて善戦している対局でも、すぐにブレて、違うものに変わっていく。
その様子は、さながら主力戦車に素手で挑んでいるが如し。
あるいは、空を飛んでいる戦闘機に立ち向かう歩兵。
「ひょっとして……。もう詰んでいる?」
まさかの、対局が始まる前の投了、という新記録の達成に、戦慄するカレナ。
どうしよう。
ここまで豪語した後に、やっぱり止めます、とは言いたくないのじゃ。
きっと、目の前にいる性格が悪そうな男に、ネチネチと責められてしまう。
始まる前に投了をするなんて、僕にはとても考えつかない手だね! とか。
「落ち着くのじゃ。発想を変えてみれば……。あ!」
ここで、カレナは起死回生の策を思いついた。
「考える時間を与えず、相手がよく知らない形へ誘導すれば……」
初心者のカレナが早指しをすれば、恐らくは釣られてスピード勝負になる。
勝機があるとしたら、そこだ。
悪い顔になったカレナは、一生懸命にビクトリーロードを考える。
「ふむふむ……。私が先手になるから……。では、予め全ての手順を暗記しておいて……」
どうやら勝ち筋が見つかったようで、初手から終局までの流れを見ていく。
模範解答を見ながらテストを受けるぐらいの、大人気ない行為。
それを平然とやれる時点で、やはり深堀アイの姉だ。
室矢カレナには、定跡もなければ、常識もない。
準備万端のカレナは、素知らぬ顔で時の流れを戻した。
「お願いします」
「お願いしますのじゃ」
すかさず、第一手を指す。
相手が応じる。
指す。
約5分後には、カレナが望んでいた通りの局面に。
勝った!
勝ったのじゃ!!
この美しく、最強の私に、平伏すが良い!
今夜は、勝利者のチキンを食べるのじゃああああ!!
ウィナアアアアズ、チキイイイイイン!
あ、『歩』を打ち間違えた。
でも、それぐらい……。
「カレナちゃん。それ、
Could you say that again?(もう一度、言ってください)
「うん。残念だけど、カレナさんの負けだね……」
「でも、すごいよ! 寛己くんをここまで追い詰めるなんて」
「初心者なのに、頑張ったね」
友人たちのフォローに、心が痛くなってきたのじゃ。
私、いったい何をしていたのだろう。
ようやく正気に戻ったカレナは、自分の
で、でも、全ては
それに、こんなポカで負けたから、どうせこいつは責めてくるのじゃ。と、カレナはしつこく自分を正当化する。
その時、ちょうど対面にいる寛己が感心した顔で、カレナに言う。
「すごいよ、室矢さん……。むしろ『僕が負けていた』と言ってもいい、内容だった」
嫌味の
ここに至って、カレナの自己弁護は終わる。
カレナは、もう穴熊があったら入りたかった。
そこに引き籠もり、どんな激しい攻めでも絶対に出たくないと思う。
ごめんなさい、ごめんなさい。
本当に、ごめんなさい。
イキって、ごめんなさい。
イキイキして、ごめんなさい。
こんな、イキりのマエストロで、ごめんなさい。
カレナの心の中は、もはや永遠にループする謝罪会見だった。
キャラ崩壊をしながら、ひたすらに謝り続ける。
その時、まだ盤面に駒が残っていることに気づく。
まずい! これを検討されたら……。
うにゃあああああ! と内心で叫びながら、急いで自分の駒を回収するカレナ。
周りの女子生徒たちが文句を言うも、適当にごまかして、切り抜けた。
危なかった。
これ、どうなっていたの? と質問されたら、何も答えられないのじゃ……。
丸暗記がバレずに、ほっと胸をなで下ろす、カレナ。
そして、寛己が帰った後の話し合いで、彼が悩んでいることを知る。
悪いことをした、と思っているカレナは、しばらく助けてあげようと決意。
◇ ◇ ◇
室矢カレナは将棋部に通い、上丸寛己と対局するようにした。
相手の話をしっかり聞きながら、メンタルケアを行う。
そこまでは、良かったのだが……。
んー、どうしよう。
寛己は、私に惚れているのか。
でも、私にその気持ちに応えるつもりはないのじゃ。
しばらく悩んだカレナは、寛己の願いはプロ入り、と結論を出した。
だったら、
因果関係による未来予知をしている時点で、人型のスマホのようなもの。
申し訳ありませんが、新規定で対局室へのカレナの持ち込みは禁止されました。
最初の対局はカレナの完全な
それにもかかわらず、対等以上についてきた寛己は、間違いなく凄腕だ。
明らかに研究が浅いか、全くの死角であるのに、終盤までついてきた。
これだけの力量でプロになれないのは、おかしいのじゃ。
そう思ったカレナは、他の奨励会員を入念にチェックしたうえで、1つの仮説を立てた。
本人が悩むことなく、ひたすらに
どっちみち、私にとっては暇潰しだ。
それだけは、絶対に避けなくてはいけないのじゃ。
結論を出したカレナは、寛己を突き放すことで、それが上手く推進力になれば、と願った。
ずっと彼の傍にいられない以上、それが最善。
プロになるにせよ、ならないにせよ、後悔しないように決めて欲しい。
カレナはわざと寛己を怒らせて、最後の対局に臨んだ。
◇ ◇ ◇
記念対局の後に上丸寛己と話さなくなった室矢カレナだが、趣味レベルで将棋を続けた。
初心者用の本を読み、将棋部の女子生徒と対局して、腕を磨く。
矢倉囲い、美濃囲いと、自分のバリエーションを増やす。
ゆっくり考えたくて、自宅に将棋盤と駒一式も用意した。
自分の権能を使わない場合の棋力はしょぼいが、それでも楽しみながら指していく。
ネット将棋を含めれば、対局の機会はいくらでもある。
元奨励会員がいた、素人なのに妙に強い高齢者がいた。
むろん、学生やサラリーマンもいた。
嫌なこともあったが、彼女は止めない。
なぜなら、そこでは特別扱いをされず、純粋に勝負をできたから。
ある日、カレナはふと目にしたテレビ画面で、懐かしい名前を耳にする。
若きタイトルホルダーは、独自の研究による “横歩取り” で勝ち越しを決めた。と、紹介されていた。
彼女は、その棋譜と解説をチェックするために、パソコンを立ち上げる。
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