第33話 VR詩央里ちゃんとの真面目な話し合い

 いったん話し始めたら、これまで目を背けていた気持ちが溢れてくる。


 今までは最低限の力もなく、自分の身を守ることすら不可能だった。


 【花月怪奇譚かげつかいきたん】には、裏稼業の元締めの千陣せんじん家が、敵対勢力を葬り去る話もある。

 式神の使役すらできない無能となれば、これまで不幸な事故にならなかっただけで奇跡。


 いつ誰に殺されても、おかしくない立場。

 常に見張られている俺にできたことは、千陣家から遠ざかって、自分に家督争いをする気がないというアピールだけ。


 その監視役である南乃みなみの詩央里しおりに対し、俺は言い捨てた。

 VRだからこそ、ようやく、自分の本音をぶつけられたのだ。


「お前に分かるか? その【花月怪奇譚】に出てくるネームドキャラはな、最終的にどいつもこいつも千陣せんじん重遠しげとおを陥れて、暴言を吐き、破滅させていくんだ。それも、笑いながら! もちろん、お前もだよ、詩央里! 俺は……。俺は、お前が怖い!!」


 一気にしゃべった後に、沈黙がその場を支配した。


 ゲーム中の千陣重遠は、霊力が高く、式神も大物ばかりのラインナップ。

 千陣流の組織力も加わって、そのままでは主人公に勝ち目はない。

 それをくつがえしたのが、各流派のヒロインの力と過去に虐げられてきた人々の協力。


 お付きにして婚約者である南乃詩央里も、裏切った。

 他のネームドキャラの暗躍もあったが、結局のところ、彼女が裏で色々な根回しや準備をしたことが大きい。

 なまじフルボイスだっただけに、その印象が強すぎる。


 いくら頭で、現時点でゲームと違う展開になっていると分かっていても、その恐怖を拭いきれない。

 自覚していないだけで、実は嫌われているのではないか? と考えてしまい、そのイメージだけ、強烈にある状態だ。


 何よりも、俺自身の感覚がすでにズレていて、自分の判断を信用できない可能性すら……。


 でも、俺は詩央里を気に入っている。

 これ以上、その矛盾に耐えられなかった。

 俺の死亡フラグを潰す意味でも、彼女から距離を取りたかったのだが……。


 原作の修正力か、それは叶わなかった。



 ふと、柔らかい感触に包まれた。

 しばらくって、VR詩央里に頭を抱きかかえられているのだと気づく。


 俺の頭をそっと離したVR詩央里は、静かに語り始める。


「本当に申し訳ございません、わか……竜士りゅうじひとえに、あなたがそこまで悩んでいることに気づけなかった、私の不徳の致すところです」


「…………お前は、俺がいきなりゲームの中だ、と言ったことをどう思っているんだ?」


 VR詩央里は、1つずつ説明を始めた。


「千陣流では、前世の記憶を持っている程度は、たいした問題ではありません。過去の当主にも、数人います。そもそも巫術ふじゅつが、他の存在に体を貸す、神降ろしの一種です。さすがに別の世界と言い出したことには、びっくりしましたけど……。ただ、問題となるが……」


「なるのが?」


 俺がオウム返しをすると、VR詩央里はキッパリと言い切った。


「あなたが千陣重遠に憑依している、もしくは融合しているのであれば、基本的に祓う対象です」


「まあ、そうなるだろうな! 分かっていたことだ……。どうせなら、お前が、今ここでやってくれ。それで俺も、ようやく楽になれる」


 もう半分以上、夢の中にいる俺は、ぼーっとした頭のままで、その指摘を受け入れた。

 いっそ眠りながら、楽に死ねればいい。


 だが、VR詩央里は首を横に振る。


「いいえ。私にとって大事な人は、あなたです。他の誰でもなく……。私が身を挺してお守りすることがあっても、その逆はあり得ません。そもそもの千陣重遠がどうであれ、私はあなたときずなを育んできたのです。ずっとお傍にいた私は、途中ですり替わりや乗り移りがないことを知っております」


「それが千陣家。いては、千陣流を裏切ることになっても?」


 俺の問いかけに対して、VR詩央里は真剣な顔で答える。


「はい。私の全ては、あなたの物です。とうに、覚悟はできています。完全な作法でなくても、床盃とこさかずきをしたのですから……」


 本物の南乃詩央里が、こんな台詞を言うわけがない。

 原作の彼女は千陣流のために、あらゆる物を犠牲にしていたんだ。


 ハハッ!

 VRは、所詮バーチャルか……。


 でも、ようやく、言いたいことを全て、吐き出せた気がする。


 そのVR詩央里が俺の知っていることを質問してきたので、手短に答えていく。




鍛治川かじかわ航基こうきさんが、【花月怪奇譚】の主人公? 洋館での醜態や普段の様子を見ていたら、とてもそうは思えませんけどね……。自分の考えを無理やりに押し通すって意味では、分からなくもないですが」


 小声でつぶやくVR詩央里は、何となく困った顔だ。


「そこはほら、主人公補正だよ! ご都合主義とも言うけど……。追い詰められると新しい力や頼もしい仲間が増えて、一気に逆転するのさ」


 俺が説明すると、VR詩央里は釈然としない様子で答える。


「そういうものですか……。ところで、あなたは私が航基さんと付き合えばいいと思っているのですか? その部分は、原作通りにしたいとか?」

「腹が立つから、絶対に嫌だ! やめてくれ」


 寝ぼけた俺が即答すると、VR詩央里は片目を閉じながら、嬉しそうな顔になった。


「分かりました……。あくまで自分が助かりたい、そのために原作のイベントは避けて通りたいと」


「うん」


 ふむ、という顔をしたVR詩央里は、確認のために言葉を続ける。


「その原作は、だいたい高校卒業まで。そこから、各ルートのエンディングに入って、エピローグによる後日談……。先ほど、『紫苑しおん学園の高等部を卒業したら』と言ったのは、そういうわけですか」


「そーそー! 原作を通り過ぎれば、俺は恐らく大丈夫だから。あとは自由だ!」


 少し黙ったVR詩央里は、恐る恐るといった様子で、意見してきた。


「あのですね……。非常に申し上げにくいのですが、そのプランには1つ、大きな問題がありますよ?」


 失礼な。

 俺にとって唯一の、助かる道だぞ?

 どこに問題がある?



 VR詩央里は、意を決したように、口を開いた。


「あなたは今の時点で、千陣家の家督争いに巻き込まれています……。仮に高校を卒業して、私と縁を切った場合、たぶん半年も経たずに殺されるか、自分の意思で動けなくなるでしょう」


 What?


 俺が動物病院に連れてこられたペットのような顔をしていると、VR詩央里が淡々と告げてきた。


「霊力がなかった昔の竜士であれば、転生などの事情を話さなければ、“宗家の関係者” として、世間の片隅で静かに生きることを許されました。けれど、今のあなたは、宗家の後継者になれるぐらいの霊力に上がっています。あなたを擁立したい連中が、新たに派閥を作っている状況だから……。無防備になれば、千陣流の反対派がここぞとばかりに仕掛けてくるのは、火を見るよりも明らかです。それに、あなたを神輿にしたい派閥が、違う女をあてがってきますよ? 脅すわけではありませんが、派閥が用意した女に今の話をしたら、それこそ消されるか、言いなりにするために呪術かクスリを使ってくるでしょう。会話のみで相手をコントロールする術だって、いくらでもあります」


 救いは……ないのですか?



 千陣流は、昔ながらの血筋を重視する考え方。

 そのため、俺が無能であっても当主にするべきと主張している、長子継承派がいるのだ。


 全体の意思決定に加わっている長老もいて、俺の後援会になってきた。

 詩央里が支援を引き出している派閥でもある。



 次に、長女である千陣せんじん夕花梨ゆかりを押す派閥。


 夕花梨は俺の妹で、お淑やかな雰囲気が漂う、長い黒髪の美少女だ。

 もっとも、原作では千陣重遠を蛇蝎だかつのごとく嫌っていて、死体蹴りまでしていたからなあ……。


 ルートによっては、この夕花梨ちゃんも攻略できて、濡れ場まである。

 原作の記憶から、俺にとって苦手な人物の代名詞だ。

 ただし、式神は日本人形の九十九神つくもがみで、これがまた、可愛い娘ばかり!

 彼女たちは、現代風のファッション着物をまとっている。


 あるじの夕花梨は、同時に10体以上を使役できる実力者。

 それでついたのが、人形姫という二つ名。


 ここでは説明を割愛するが、絡繰り人形がルーツの操備そうび流を思わせることから、千陣流の中で彼女を嫌う勢力もいる。



 後継者の本命は、俺の弟である千陣せんじん泰生たいせい

 大人しめの優等生タイプ。

 原作では、千陣重遠がいなくなったことで、千陣家を継いだ。


 宗家の人間らしく高い次元でまとまっているため、こいつを担いでいる人間は多い。


 使役している式神は、高名な鬼といった大妖怪。

 命を狙われることへの備えと、同時に箔をつける必要があるのだ。

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