第三章 俺だけが知る原作と現実の狭間で
第32話 念願のVR詩央里ちゃんを手に入れた
VRとはバーチャル・リアリティの略で、3Dの視界を再現した、疑似的な現実を見せること。
これは
非公開だから、くれぐれも守秘義務を守るようにと、口うるさく言われた。
ヘルメットに全て内蔵したタイプで、しかも軽い。
起動させたら、現実にいるかのように、ヘルメットも見えなくなる仕組みだ。
テストデータとして詩央里が入っているので、さっそく普段の仕返しをする。
いつもみたいに気を遣わず、こちらの言いなりにして、遊ぶぞ!
ゴーグル付きのヘルメットをかぶり、初期設定を済ませた後に、起動させる。
カチッ ヒュウゥウウウウン
よしっ、これで…………。
“希望する日程といった、必要な項目を選択してください”
あのさ?
ライブや会社説明会の予約じゃないのだが……。
まあ、いいや。
とりあえず、日程、シチュエーション、遊ぶ内容。
たぶん、画像、映像、音声のレンダリングとか、色々な調整が必要なのだろう。
―――数日後
今日は、金曜の夜!
週末には学校がないから、今日は夜更かしでも大丈夫。
明日を気にせず、ゆっくりしよう。
さて。
いよいよ、VRの詩央里とのご対面……。
ヴゥウウウウウウウウウン
ガチャ
「ああ、若さま……。どうしました? 体の調子が悪いのですか?」
俺がベッドに仰向けに寝ているから、こういう話になったのか。
それにしても、部屋のドアを開ける動作まであるとは、本格的だな。
注文通りの制服姿で、詩央里が心配そうに覗き込んでくる。
とりあえず、全身をペタペタと触ってみた。
いつもの香り、仕草、触感。
これが俺を
しかし、我に秘策あり、だ。
今ここで、VRと現実のどちらなのか、見極めてやるよ。
「なあ、詩央里! お前、あまり胸が大きくないよな? 俺、あの洋館で
VRの詩央里が、ピタッと止まった。
ギギギと音を立てているかのように、かろうじて俺のほうを向く。
やっぱり、俺を騙していたのか?
「は、はい。小さくて、すみません……」
…………俺の考えすぎか。
いつも通りの笑顔だし、本物の詩央里がこんな言葉を聞いたら、絶対に怒る。
一緒に寝ている時も、けっこうぼやいていたからなあ。
俺がそのコンプレックスを弄ると、すぐに拗ねていたし。
うーん。
VRとはいえ、ちょっと悪いことをした。
フォローしておこう!
「俺は、詩央里の胸も大好きだぞ? あまり気にするな」
「はい……」
俺が上から目線で言っても、詩央里は反論せずに従順なまま。
いいね!
VR、最高だ!!
「あー、伸び伸びできるなあ! VRだと、本当に取り繕わなくていい!!」
「そうですか……」
時間がもったいないし、さっそく始めるか。
「
「はい。今日はどうぞ、お楽しみくださいませ」
「1つお伺いしても、よろしいでしょうか?」
横で寝ているVRの詩央里が、尋ねてきた。
俺が
「若さまは……。私を信用していないのですか?」
急に変なことを聞いてきたVR詩央里に、思わず聞き返す。
「いきなり何を言い出すんだ、詩央里?」
「幼馴染として毎日会っていれば、
VR詩央里が、思い詰めた顔のまま、切々と述べてきた。
俺も本音を吐き出したかったので、ズバッと言ってやる。
「信用するわけないだろ……。お前は千陣流の監視役で、いざとなったら俺を殺す役目も
「…………はい、若さま。それは事実です」
詩央里の顔が大きく歪み、今にも泣きそうになった。
両手の指は上掛けの布団を握りしめていて、必死に自分の激情に耐えている感じだ。
これだけ完成度が高いVRとなれば、軍用のプロトタイプかな?
俺が見ていると、VR詩央里はすぐに自分の愛情を示してくる。
「ですが、若さま……。私はこれまで誠心誠意、お仕えしてきたつもりです。もし若さまを抹殺するような命令がきたら、私は全てを犠牲にしてでも、この身が果てる最期までお守りします」
いかにも詩央里が言いそうな台詞を聞いて、俺は溜息を吐きながら、言い返す。
「いいよ、別にそういうのは……。俺は紫苑学園の高等部を卒業したら、お前と別れるつもりだから……。今まで、ご苦労様」
「え?」
俺が視線を感じて横を見ると、VR詩央里がこれ以上ないほど目を見開いていた。
一言だけ声を発したものの、そこから続かず、パクパクと口を開くだけ。
やがて、VR詩央里は
「それは…………。どう……して? 私のことを……。そこまで、お嫌いなのですか?」
ついに泣き出したVR詩央里に罪悪感を覚えながらも、俺は説明をする。
「そうじゃない……。お前のことは大好きだし、愛しているよ。でなきゃ、一緒に寝ないし、こうやってVRで遊んだりしない……。別に、好きな女ができたってわけでもないし……。もう眠いから、話はここまでにしよう。まったく、なんでVRを相手に、こんな話をしたのやら……。お休み」
もう眠くなってきたので、必要なことを述べて、話を打ち切った。
ところが、両肩をガシッと掴まれる。
びっくりしてVR詩央里を見ると、彼女は真顔で至近距離にいた。
真珠のような涙の跡とは裏腹に、切羽詰まった目をしている。
「私のことをお嫌いなら、まだ分かります。しかし、これでは、話がつながりません……。もしかして、誰かに脅されているのですか?」
五月蠅いなあ。
もう眠ると、言っているのに……。
「お前と一緒にいると……。いつまでも、死亡フラグが消えないからだよ……。だって、ここ、ゲームの中だし……」
おー。
VRの詩央里ちゃんが、ポカーンとした顔になっている。
「あ、あの……、若さま? なにを……
「だから、俺が前世で遊んでいたゲーム、【
VR詩央里は上半身を起こしたまま、両手で前を隠すこともなく、ただ考え込んでいる。
そして、静かに問いかけてきた。
「えっと、若さま――」
「俺の名前は、
ジッと俺を見つめるVR詩央里は、黙ったまま。
「ほら、だから言いたくなかったんだよ! この
前世では病室にいることが当たり前だった俺の、ほぼ唯一の娯楽だったゲーム。
その中でも、【花月怪奇譚】は、周回プレイでやり込んだ。
主人公に成りきっていた節があって、まさかのライバルキャラへの
おまけに、この世界での強さの基準である霊力すら、まともになかったわけで……。
それにしても、本来の千陣重遠は、一体どうなったのだろう?
考えられるのは、何らかの理由で消滅した、別の誰かとして誕生。
あるいは、今の俺に融合しているのか?
困惑した顔のVR詩央里は、何も
薄暗い部屋で、その茶色の瞳を瞬かせている。
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