第31話 教之お兄さんに電話をするわ【アイside】
とある街中で、女子中学生のグループが歩いている。
その中にショートヘアの銀髪で紫の目をした、美しい少女が混ざっていた。
儚げな印象を与える、守ってあげたい可愛らしさ。
森の妖精エルフのように線が細いものの、それに反して、悪戯っぽい目つき。
分かりやすく説明すると、ざあーこ、ざあーこ、と言うメスガキになりきってみた、どこかのお嬢様という感じだ。
彼女は、
友達からは、アイちゃんと呼ばれている。
「ごめんなさい。電話をしたいから、ちょっと離れるわ!」
銀髪の美少女は友人たちと離れて、スマホ画面をタップする。
お相手は、ネットで知り合った、優しいお兄さん。
プルルルルル ガチャ
『おい。人の電話に、勝手に出るな! それに、今は……。分かった。寄こせ。…………はい。どうかしたのかい、アイちゃん?』
アイは嬉しそうな声で、話し始める。
「教之お兄さん。最近、返信をくれなかったから……」
話し相手である
『友人と、遊びに行ってたんだよ。悪かった……。これからは、ちゃんと返信するから』
アイの耳には、教之お兄さんがスマホを受け取るまでに、「ちょっと、いつまで話しているのよ!」「教之くん、早くきて」「いいところだったのに……」という、複数の女の声が届いていた。
電話中の少女はその美しい目を細めて、口角を上げながら、素知らぬ顔で尋ねる。
「……教之お兄さん、今って料理中だった? 何度も叩きつける音や、液体をかき混ぜる音が聞こえていたけど」
『え? ああ、そうそう! ちょっと、皆で打ち上げの準備をしていたんだ』
にっこりしたアイは、自分も料理が得意であることを説明する。
「私も、料理は得意よ! 色々なレシピを知っているから、素材を上手く扱えるわ!! 教之お兄さん。いっぱい食べてね!」
『はは、それは楽しみだ……。ごめん。そろそろ戻らないといけないから』
「ええ、分かったわ。それでは……」
ピッと電話を切ったアイは満面の笑みで、今日はご馳走ね、と
わざわざ手間をかけて、お姉さん達に会った甲斐がある。
「ちゃんと、気になる男への気持ちが完全に冷めた後、自然な形で発動する暗示にしたし。これは、純愛だわ。……男はハーレムが大好きって、電子漫画に描いてあったもの。教之お兄さん。きっと大喜びね!」
アイはバッグから取り出した、複雑な図式が描かれたフィルムを見る。
ちょうど、スマホの画面に張りつけられるサイズだ。
オカルトか魔術の知識があれば、それが北欧神話における、ルーン魔術の一種と分かる。
この魔術はどれだけ正確に図形や文字を描けるのかが、ポイント。
ルーン文字を刻んだ物体を持つことが本来の使い方のため、瞬間的に見せた程度では思考誘導の域を出ない。
ただし、アイが使っているのは、現代では消失したはずのルーン。
その効き目は、他の魔術師よりも強大。
誰かに縋りたくて仕方がない、そんな極限状況では、恋のお呪いがより深く定着するのだ。
今回、アイが作ったものは、魔術的な呪いで強制させるギアスや、行動を制限させる誓約のゲッシュほどではなく、本人の意思を無視する強さはない。
アイが持つルーン文字は、夏場のアイスのように溶けた。
もったいない話だが、その効果に納得したら廃棄することが、正しい使い方である。
1人で納得して、うんうんと
ついでに、ごそごそとスカートのポケットを漁っていたが、あれ? と不思議そうな顔に。
「おかしいわね……。教之お兄さん達のリスト、どこかに落としちゃったかしら?」
しばし悩んでいた少女だが、やがて頭を切り替えた。
離れて待っていた友人たちの輪に、小走りで戻る。
「アイちゃん……。ゆるキャラのストラップ、別の場所につけているの?」
友人から聞かれたアイは、自分のお気に入りを失くしたことに気づいた。
心配した友人たちは彼女を励ますために、今度新しいものを一緒に買いに行くことを約束する。
アイは数日間の病欠を気遣ってくれた友人たちに、笑顔でお礼を言った。
◇ ◇ ◇
とある豪邸に、1人の少女が入っていく。
上に返しがある壁。
正門には監視カメラ、インターホンがある通用口も。
通用口の扉に鍵穴はなく、パスコードや指紋認証で開錠する。
住居のドアに鍵はかかっていないものの、警備員のような人物が見張っていた。
「今、帰ったわ」
帰宅したアイは控えていたメイドへ手荷物を渡し、アウターも受け取ってもらう。
手洗い、うがいをした後、自室に戻る。
その際にも、タオルといった必要な物をいちいち用意させた。
デザイナー物件でよくある、1人で住むには広いと思える間取り。
だが、金持ちにとっては、そのムダこそ、最高の贅沢なのだ。
別の部屋には、表紙を見ただけで正気を失う魔術書、貴重な触媒、研究データのような紙が入り乱れている空間も。
整理整頓とは真逆の状態で置かれているものの、使っている本人はどこに何があるのかを把握している。
厳重に封印されていて、アイだけが立ち入れる仕組み。
アイは、学習机に向かう。
荷物持ちのメイドに置いてもらった学校指定のバッグを開き、中にある教科書、ノートを確認した。
ここだけは、年頃の女の子らしい雰囲気。
コンコンと扉が叩かれ、アイが返事をする。
扉が開かれて、別のメイドが料理を運ぶためのワゴンを押してきた。
部屋に入った彼女は学習机の傍にあるサイドテーブルに、ケーキと紅茶のカップを並べる。
銀髪の少女は自分の近くに人がいても、全く動じない。
その年齢に反して、長年のマナー教育を終えた
給仕の女はディナーの予定を告げて、了承をもらった後、その部屋を出て行った。
アイは学習机の前の椅子に座ったまま、上品にケーキを食べる。
その目は、ノートパソコンの画面に向けられていた。
“行方不明の
「大樹お兄さん。結局、助かったのね……」
その言葉とは裏腹に、アイに嬉しそうな声音はない。
心底どうでもいい、という感じだ。
一軒家の持ち主である室星大樹は、相続しただけの人物。
オカルトの知識はなく、後でまともに売れない物件と知って、頭を抱えた。
魔術師の痕跡を調べていたアイは一軒家に興味を持ち、大樹に出会う。
よからぬ下心があったのか、それとも親切なのか、いきなり自宅のアパートに上げてくれた。
狙い通り、暗示にかかったので、玄関の鍵と間取り図をもらう。
アイが一軒家に入った時、室内で逃げていく足音が聞こえた。
音が途絶えた場所へ行ってみると、台所の床下に人の気配を感じる。
何かの材料になるかしら? と思ったが、気が変わり、地下の牢屋を開けておいた。
中から出てきたゾンビの犠牲になっても良し、運よく助かっても良し。
理由は、面白そうだから。
その後、事件を調査する退魔師の動きがあったので、擬装として大樹お兄さんに洋館へ行ってもらった。
教之お兄さんにも暗示をかけて、お友達で遊びに行くように仕向ける。
アイにとっては、ストレスが溜まっているようだから、楽しんできてね? という親切心だ。
影で見守り、危なくなったらフォローをする予定だったが、その必要はなかった。
「それでも、私はすでに存在している物を利用しているだけ。実に、優しいわね……。魔術師のレベルの低さには驚きだけど」
ケーキを食べ終わったアイは、イギリスから輸入した紅茶を飲みながら、微笑む。
残っていた欠片をペロリと舐めた仕草には、幼い外見に似合わぬ色気がある。
アイに、罪悪感は全くない。
魔術に接する専門家は正気度が底をついているのだが、彼女の場合は少し違う。
そもそも、普通の人間と比べて、死生観がおかしいだけ。
彼女なりに、認めた人物を愛している。
友人を招いてのお茶会、勉強会では、いつも歓待。
魔術の “ま” の字も出さず、それぞれの自宅に帰るまで、気を遣う。
ノートパソコンに接続したマウスを握ったアイは、ブックマークから1つのWEBサイトを選ぶ。
高速インターネットのため、すぐに全体が表示された。
“ついに大手プロダクションが接触か? ますます過熱する、美少女占い師の争奪戦!”
「あの洋館でカレナお姉さまを見かけた時は、本当に驚いた。せっかくイギリスまで会いに行けば、ウィットブレッド家の拠点がもぬけの殻だなんて……。妹の私を放っておいて、こんな極東の島国で何をやっているのよ」
自分のことを棚に上げて、アイは文句を言った。
「引き籠もって、わざわざ異世界を覗いていたと思ったら、ずーっと1人の少年を見ているなんて……。あんな寝てばっかりの人間、何が面白いのかしら? しまいには、『可哀想じゃ』と号泣していたし」
はあっと息を漏らしたアイは、昔を思い出しながら、独り言を続ける。
「カレナお姉さまは、あれだけの財と魔力の大半を全て投げ打ち、大掛かりな儀式を実行。……『この世界に転生させる』とか、言っていたわね。えーと……」
思い出せないことにイライラしながら、座っている椅子を揺らすアイ。
「こいつは不要な人間じゃ、と言っていて……。そいつの名前が、せ、せ、せ? ああ、
アイは中途半端に思い出したところで、もう飽きたようだ。
ネトゲのことだけ考えたゲーミングPCを立ち上げて、オンライン対戦を始める。
色とりどりに光る中、とんでもないスピードで、敵を仕留めていく。
その作業は、空が白むまで続いた。
――翌日
自分の教室に入ったアイは、今日までの課題をやり忘れたことに気づき、机に突っ伏す。
学生は与えられた課題をやっておくべきだと、健全な意味で分からせられた。
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