第28話 カレナによる大学生グループの調停(前編)
青千川大学の近くにある、高級ホテル。
その入口には第一正礼装のシルクハットを被ったドアマンが、素敵な笑顔を浮かべている。
一般人も利用できる飲食店がいくつか営業中とはいえ、冷やかしで近づくには少しばかり気が引ける場所だ。
どの店舗も高級路線のお値段で、学生たちが溜まり場にすることはない。
だが、貸し会議室の1つに、大学生のグループがいた。
国際会議も可能な、高レベルの防音が施された貸し会議室。
テーブルにはホテル内のカフェから取り寄せたパティシエのお勧めケーキ、海外の有名チョコ、飲み物が並んでいる。
軽食だけで、ざっと1万円は下らない。
貸し会議室の利用料と合わせれば、数万円はかかっているだろう。
男女が交ざっている大学生のグループは、しばらく舌鼓を打つ。
「それで、話って何かな?」
「あたし、忙しいんだけど……」
「もうすぐレポートの期限があるから、早くして欲しい」
3人の女子大生が次々に口を開き、同じ列に1人の男子大学生もいた。
ピンク色を主体としたフェミニンな服装で大きな胸を持つ、優しそうな女。
ツーサイドアップの髪型に、白ブラウスと黒スカートというガーリー系の女。
爽やかなトップスと明るめのジーンズで、ショートヘアの女。
男も安い一般ブランドだが、なかなかにセンスの良い着こなしだ。
まとめ役らしき男は自分の対面に座っている、長い黒髪、青い瞳の少女に話しかける。
その少女は、シンプルな黒のワンピース。
袖口にカフス、白襟があることでガーリーコーデだが、とても上品な印象だ。
「そろそろ、要件を言ってくれないか? いくら俺たちが大学生といっても、限度があるから……」
自分の席にあるフロートをつついていた
横に座っている2人に、話しかける。
「だそうだ……。早く話をしろ!
芳人と呼ばれた、目立つ色の髪をした男子大学生が、ようやく口を開いた。
ベージュ系のニットに、黒の長ズボンと革靴。
ぼんやりしやすいベージュ系に対しモノトーンで引き締めていて、やはりセンスが良い。
こちらはマイナーとはいえ、ブランド物で揃えている。
「カレナちゃんが、こいつらに話してくれるんじゃねーのか? まあ、いいけどよ……。確認しておきたいのは、今後の俺たちの関係についてだ」
すると、その中にいる
「なに? あたしと、よりを戻したいの?」
芳人は即座に、否定する。
「ちげーよ! だいたい、俺を振った女に頭を下げる気はねえ! ……お互いに不干渉で、足の引っ張り合いも止めておこうって話だ。俺たちは館での狂いっぷりを吹聴されたくないし、悪い噂を
そこまで話した芳人は、注文したブレンドコーヒーを飲む。
少し間を置いて、話を続ける。
「それはお前らだって、同じだろ? 俺たち2人だけが悪人で、てめーらは揃って品行方正でしたー! と言える話かよ」
芳人がじろりと対面にいる大学生たちを見回したら、4人は慌てて目をそらす。
北海美乃莉は2回も
むろん、芳人が全てを知っているわけではない。
だが、同じ穴の
旗色が悪くなった美乃莉は、縋りつくように、カレナへ問いかける。
「ね、ねえ! 服を台無しにされたカレナちゃんは、どうなのよ!? この2人と残って、話をしていたそうじゃないの! 酷いこと、されなかった?」
美乃莉はこの集まりの主催者にして、最も発言力があるカレナを味方につけようと試みた。
女として辱めを受けたでしょ? とつつく。
錯乱して一緒にカレナを襲っていた教之はいたたまれずに、思わず手で顔を覆った。
彼女の久未が、それを慰める。
カレナはどこ吹く風で、美乃莉の思惑には乗らない。
「その話は、もう終わったのじゃ……。のお、芳人、朋希?」
カレナの横に座っている男子大学生2人は、それぞれ
他人の目を気にしない、あるいは忙しくて他のことに構っていられない男子大学生の典型例だ。
「ああ、その通りだ」
「うん……」
あれほどの行為をされて、どうして許したのか? という顔をした美乃莉のために、カレナが補足する。
「この2人には、慰謝料などの示談金を要求するところでの……。その話は、弁護士に任せようと考えておる。それとも何だ? お主も彼氏と一緒に、その支払いをしてくれるのか?」
うげっとした顔の美乃莉は、慌てて否定した。
「そ、そんなわけないでしょ! あたしは、もうこいつとは何の関係もないわ!!」
カレナは、そうか、とだけ返事をする。
場が落ち着いたタイミングで、芳人が口を開く。
「さっきの、お互いに一線を守ることの続きだが……。態度はそのままで、大学のレポートなんかの共同作業はちゃんとするってことで、どうよ? 挨拶と最低限の付き合いをしておけば、他の連中に怪しまれないだろうから……。あとは頼まれても、お前らに絡まねーよ」
美乃莉は、その意図をすぐに理解する。
周囲の
グループによるレポートや実験、研究室の卒論などは、提案された4人にとっても他人事ではない。
いくらキャンパスライフが自由でも、その人間関係は意外に狭いのだ。
「ああ、そういうことね……。それで、いいんじゃない? ねえ、どう思う?」
美乃莉の後半の台詞は、同じ列に座っている友人たちへ向けられていた。
全員が合意したのを見て、彼女は席を立ち、脇目も振らずに出て行く。
「私も、これで失礼するわ。本日は私たちの調停をしていただいたうえ、ご馳走になり、感謝の言葉もありません。美乃莉がこの件でまたバカをやらかさないように、見張っておくから……。あなたとは、また別の機会に会いたいものね? いつでも連絡をして、室矢さん」
景と呼ばれている女子大生も立ち上がり、丁寧にお礼を言った後で、貸し会議室を去る。
久未は友人たちが先に出て行ったことで、しきりに彼氏の顔を見ている。
判断を求められた教之は、すぐ追いつくから先に行ってくれ、とだけ述べた。
パタパタと足音を立てて、久未も貸し会議室を出て行った。
教之が2人の男子大学生に向き直り、頭を下げる。
「すまん! 俺だけ――」
「別におめーが悪いとは、言わねーけどよ? あいつらと縁を切った以上、お前だけ例外ってわけにはいかない。ま、せいぜい彼女と仲良くしておけ」
芳人が諭すように、説明する。
被せるように拒絶された教之は、黙った。
教之は館で迷惑をかけたカレナに謝り、久未の後を追う。
「本当に悪かった、カレナちゃん!」
「深く謝罪するよ……」
3人だけになった貸し会議室では、残った2人の男子大学生が土下座で謝っていた。
対するカレナは溶けたアイスクリームをすくいながら、普通に返事。
「館の狂気に呑み込まれたのなら、仕方ない……。元に戻って、何よりじゃ」
あの時、強く罵られたカレナは、続けざまに2発のパチンコ玉を撃ち込んだ。
男子大学生たちの近くに着弾した玉は、まるで弾丸のように石畳を砕き、大きな破裂音が辺りに響く。
カレナは、呆気にとられる2人に対して、この館で暮らしたいのでなければ、帰りの車に乗り遅れないことじゃ! と言い残し、階段を上った。
椅子に座ったままのカレナは、芳人、朋希から渡された封筒の中身を確認する。
それぞれ、10万円ずつ入っていた。
「じ、示談金の話なんだけどよ? とりあえず用意できたのは、それだけだ。金額を言ってくれれば、遠洋航海の船に乗るか期間工を数年やってでも、何とか支払う! カレナちゃんが望むなら、このまま警察に行ってもいい……。口約束にしないために、この場で一筆書いて、署名と拇印をつけるぜ!」
「僕も同じだ。支払うために頑張るし、必要な償いもする」
慰謝料の相場は、けっこう安い。
文字通りに『慰謝』であるため、10万円も出せば、相場通りと言える。
損害の補填などは、また別として……。
ただ、この大学生たちの場合は、女子中学生に襲いかかった事実を秘密にしたい示談の申し入れになっている。
カレナが警察に被害届の提出や告訴を行わず、他に口外しないことが必須だ。
主導権を握っているカレナまたは彼女の保護者の言い値になるから、極端な話、1億円と主張しても良い。
どうするにせよ、このケースでは安くても100万円から。
仮に、1人400~500万円を示談金とすれば、住み込みの交代勤務で数年間も働けば、支払える計算だ。
いきなり弁護士や家族が出張ってきて、10年以上かけて毎月3万円ずつ払うなどの、ふざけた提案をしないことは、評価してもいいだろう。
切迫した顔の2人に対して、カレナは黙ったまま、少しだけ抜き取った。
正座をしたままの男子大学生たちに、封筒を返す。
「いらん。その言葉だけで、十分じゃ……。といっても、それではお主らの寝覚めが悪いじゃろ? だから慰謝料として、1万円ずつもらっておく。あの館のことは、早く忘れろ。いいな?」
ほっとした男子大学生たちは、もう一度の謝罪を行った後に、貸し会議室を立ち去った。
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