第26話 この洋館の謎は全て解けたので人を探す

 ――― 本館2F 書斎


 書斎は、まさにイメージの通り。

 本棚が所狭ところせましと並び、高価そうな背表紙で埋め尽くされていた。


 1本の木から切り出して、美しい色や木目になるように作られた役員デスクの上に、爬虫類のうろこのような表紙の本がある。


「それが、今回の元凶じゃ! ムハ=ムウの書といって、原本はラテン語。ただし、これはドイツ語の写本だ……。ざっくり説明すると、時間を操る魔術で、洋館の敷地内を対象にしておる。その効果は、時間の流れを一定のタイミングでループさせること……。魂になっても、この密閉空間で彷徨さまようしかない」


 それで、死体が動き、死ぬに死ねない状態なのか……。


 俺が考え込んでいると、室矢むろやカレナは説明を続けた。

 魔術書を簡易的に封印しているらしく、引き出しに放り込んで、何かのマークを刻んでいる。


「この館の主が書いた日記帳によれば、どうやら家族を取り戻したかったようじゃ! 蘇生やコピーではなく、わざわざ時間を巻き戻そうと考えるのは、魔術師の中では珍しいの……」


 ふと疑問に思った俺は、質問をした。


「館の主は、失敗したのか?」


 カレナは未熟な弟子がヘマをした場面を見たかのように、呆れながら話す。


「それはもう、見事にな……。密かに生贄を見繕い、儀式を中途半端に成功させたのが限界。そこからは、犠牲者が逃げまどい、狂っていく様子を楽しんでいた。真理を探究せずに弱者をいたぶるだけとは、魔術師の風上にも置けん……。最後には、かろうじて自分の本懐を思い出して、それに殉じたようだがの」


 時間の管理は、魔術ですら難しい。

 中学生が物理学でワープ理論を完成させた後に、実用化するレベルの難易度だとか。


 失敗して、当たり前。

 それどころか、なぜ強行した? と、他の魔術師に笑われる話。


 他人に成りすますドッペルゲンガーも、その研究成果の1つ。

 おびき寄せた犠牲者と入れ替わって、他の人間を誘導していた。


 カレナの推測では、最初はこれで家族を作っていたのだろうが、所詮は偽者。細かな違いがどんどん目について、我慢ができなくなった。という流れ。



 俺は、念のために確認をした。


「本当に、そいつは死んだのか? いや、死ねないのだから、あくまで意思を持つ魔術師としての話だが……」


 カレナは、うなずく。

 その後、救いようがない奴らだ、と前置きして、話を続ける。


「あのバカどもは、よりにもよって、この魔術書を読んだらしい。館の主ですら、手に負えなかったというのに……。発狂した奴らを見つけたら、ぶん殴れ! どうしようもなかったら、大怪我をさせてでも止めるのじゃ」


 うっそだろ、おい?

 あの6人の大学生と、鍛治川かじかわ航基こうきが、残らず発狂しているのか。


 一斉に襲いかかってきたら、巫術ふじゅつで倒すことも視野に入れないと……。



 カレナ曰く、常人であれば、表紙を見ただけでアウト。もし中身を読んでいたら、まともに自我が残っているのかも怪しい。

 最悪、おぞましいモンスターなど、見るに堪えない惨状だとか。


 ふと空気の流れを感じて、周囲を見る。


 そこには、動いた本棚が扉のようになっていて、下へ降りる階段があった。

 床に残った足跡は、どれも階段の前で消えている。


 俺は、2本の苦無くないを握った。

 南乃みなみの詩央里しおりも、巫術を発動させられる手甲を確かめる。



 ――― 本館 地下 儀式の部屋


 階段は長く、しばらく下った後に、ようやく床が見えた。


 広い部屋になっていて、中央には複雑な魔法陣。

 その要所には、いかにも効果がありそうな物体が置かれている。


 床の魔法陣にはぎっしりと文字や記号が刻まれていて、これだけでも年単位の作業になるだろう。

 魔力が籠っているオーブは、この館に招いたか、迷い込んだ人物から集めた電池。

 今でも光っており、誰が見ても怪しい雰囲気だ。


 別の地下室で見た魔法陣と比べて大きく、明らかに迫力がある。

 ここが、洋館を狂わせている中心地だな。



「私は、この魔法陣を破壊する。しばらく、手が離せん……。お兄様と詩央里は、あそこの通路を調べるのじゃ!」


 カレナが指差した方向には、左右に個室と思しき扉が並ぶ、通路があった。

 姿を消した大学生グループの6人と、鍛治川航基がいるのだろう。


 人間は、どれだけ怒っても、常に無意識なセーブがある。

 だが、発狂している場合には、事情が違う。

 自分の身体を破壊するほどの力を振るい、相手が傷つく様子をイメージして手加減することもない。


 本当に怖いのは、技術がある者でも、武器を持つ者でもない。

 自分の身をかえりみずに、躊躇わない者だ。

 それでも、俺たちは、できるだけ彼らを救う必要がある。



 ――― 本館 地下 儀式の部屋の通路


 俺と南乃詩央里は、儀式の部屋とつながっている通路を進んでいた。


 頭上でたまに点滅する灯りが、申し訳程度に辺りを照らす。

 その通路には腐臭と死が立ち込めていて、地上よりも館の主の狂気を感じられる。


 通路には、やはり足跡が残っていた。

 それを辿って、左右の個室をそれぞれで探索する。


 発狂している人間は何をやり出すか不明なため、早く正気に戻さなければいけない。


 詩央里が左の部屋に入って、俺も右の部屋に入る。



 ――― 本館 地下 儀式の部屋の通路 部屋B


 大げさな錠前は開いており、ドアを開けると、中は客室のように家具が揃っていた。


 ベッドの上には、一糸まとわぬ姿になっている宗岡むなおかけいが仰向けで寝ている。

 床には、服が散らばっている状況。


 部屋に潜んでいる者がいないかを調べた後、2本の苦無をホルダーに戻す。


「起きてください、室岡さん」

「んんっ……」


 俺が景を起こすと、彼女は悩ましげな声を出しながら、上体を起こした。

 寝ている時に彼女の両脇へ流れていた2つの物体が、今度はお行儀よく元の位置に戻る。


 目のやり場に困る状態だ。



「今、服を着るから……」


 景が動いたから、いったん部屋から出ようとしたが、少し背中を向けているだけでいいと言われた。

 裸足で歩く音、ドアを閉める音、物を動かす音が聞こえる。


 俺は、景が何をしているのかを想像しながら、密かに意識を高めた。

 両手の指を擦り合わせて、高ぶる気持ちを抑える。



 ガキィィ


「あら? 意外にやるのね。てっきり、そのまま斬られると思ったのにぃ……。んー、残念♪」


 景が、狂気に染まった顔のまま、にたりと微笑んだ。

 その手には血塗れのなたが握られており、致命傷を与えようと、全力で振り下ろされている。

 俺は、振り向きざまに順手の苦無で受け流しつつ、彼女からの称賛を聞いた。


 鉈は、非常に使いやすい武器だ。

 女が片手で扱える平均550gという軽さの上に、刀のように刃筋を立てなくても効果がある。


 鋭利なブレードは、浅い角度でもターゲットに食い込む。

 狭い空間に向いている約15cmの刃渡りであることも、大きい。


 完全に発狂しているだけあって、景はかなり力が強い。

 耳障りな風切り音を立てて、何度も斬りつけられる。


 タイミングを合わせ、外側に受け流すことで、景の体勢が崩れた。


 彼女の体に手を触れて、気絶させるための霊力を流し込もうとするも、とっさに鉈を振り回されて断念。

 バックステップによって、距離を取る。


「ねえ、室矢くん。私たちも楽しみましょ? どうせ、この館からは出られないのよ! アヒャヒャヒ…………」


 相手の隙をうかがいながら話す景は、強制的に黙らされた。

 俺が瞬間的にふところへ飛び込み、掌底を当てることで、そこから霊力を流し込んだからだ。


 脱力した景が倒れないように、その身体を支える。

 カランと鉈が落ちたので、足で蹴って遠ざけた。


 次に、プラスチックの結束バンドを取り出し、手錠のように手首を縛る。

 また暴れようとしても、これで多少は制限できるだろう。


 服を着せている余裕はない。

 正気に戻すことが、最優先だ。



 景を床に転がすわけにはいかないので、再びベッドに寝かせる。

 気絶している人間は自身による重心の調整がなく、とても重い。


 すぐ近くまでの運搬のため、相手を担ぎ上げるファイヤーマンズキャリーではなく、引きずるように移動させた。



 掌底を出す際に地面へ落とした苦無を拾い上げ、元の位置に仕舞った。


 これは乱暴に扱っても傷みにくいので、重宝する。

 刃物だと、下に落としただけで刃こぼれを避けられないからな……。


 存外、斬るための武器は扱いづらい。



 もう嫌だ。

 お家に帰りたい。


 なんで、安全を確保した人間をまた助けなきゃいけないんだよ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る