第22話 ラスボス系の義妹という新たなジャンル

 ――― 本館1F


 地下を彷徨さまよっていた俺と女子大生の下舘しもだて久未くみは、1階へと通じる階段を見つけた。

 内廊下に出て、室内とはいえ地上の空気を吸ったことで、精神的に落ち着く。


 だが、その希望を押し潰すように、大きな目玉がついた肉塊が姿を現す。


「ひっ!? なに、あれ……」


 とっさに久未の前で立ち、彼女の視界をさえぎった。

 あの肉塊を見ていると、一般人ではすぐに発狂してしまう。


「あっちから逃げろ! 早く!!」


 少しだけ躊躇ためらってから、俺が指差した方向へ駆けていく久未。


 腰のホルダーから御札を取り出し、肉塊に投げつけた。

 ぶつかった瞬間に、通路全体を覆うほどの氷塊ができるも、すぐ壊される。


 今の装備では太刀打ちできないと悟った俺は、くるりと後ろを向いて、全力で走り出す。



「ちっくしょおおおおお! ぜんぜん撒けない!」


 思わず小声で愚痴を言ってしまうほど、肉塊はしつこかった。


 生前にこの館をよく知っていたのか、それとも使役されていたのか、どちらにしても厄介極まりない。


 いよいよ袋小路に追い詰められ、じりじりと迫ってくる肉塊を眺めるだけ。


 ……そういえば、前にカレナが、何か言っていたな。


 いくつもの触手を伸ばした肉塊が、少しずつ近づいてくる。


 ……確か。


 目の前までやってきた肉塊が、複数の目で俺を見た。

 大きな饅頭まんじゅうのような胴体から1本の触手を生やし、俺に向かってしならせる。



「来い! カレナァアアアアアア!!」



 俺が叫ぶと同時に、右手の刻印が光って、空中に室矢むろやカレナを召喚する。

 彼女は、人間には聞き取れない高速詠唱を行い、肉塊を通路の反対側の壁まで叩きつけた。


 ふわりと着地したカレナに遅れて、浮かんでいたセーラー服のカラーが戻る。

 小さな背中が、とても頼もしく見えた。


 俺の式神であるカレナは怒った様子で、再び呪文を唱える。

 壁にめり込んでいた肉塊がさらに押し込まれ、完全に見えなくなった。


 ドドドドと大きな音が下に遠ざかっていったので、どこかに落下したようだ。



「大丈夫だったか、重遠しげとお?」


 カレナの心配そうな声を聞いて、ようやく自分が助かったと理解できた。

 疲労困憊であることを思い出し、一気に体が重くなる。


 まとまった休みを取らずに、アドレナリンで無理やり誤魔化していたツケが、一気に押し寄せてきたか。



 軽い足音と共に、下舘久未がやってくるのが見えた。

 逃げろと、言ったのだがな……。


 そう思いつつも、無事に再会できた喜びを分かち合おうと、久未に近寄る。

 ところが、俺よりも先に、カレナがすたすたと近づく。


 女子大生の久未は、近くにやってきたカレナに対して、笑顔を向けた。

 彼女が目の前のカレナに手を伸ばそうとした瞬間、その首が飛んだ。


 ガッ ゴトン ゴロゴロゴロ


 上体を沈み込ませたカレナが目にも留まらぬスピードで、鋭いハイキックを放った結果だ。


 壁にぶつかった後、その勢いで床に転がった久未の首は、自分がされたことを理解する前だったようで、笑顔のまま。


「カレナ!? お前、なぜ…………」


 俺があまりの光景に言葉を失っていると、カレナは無言のまま、久未の遺体を指差す。


 グジュグジュグジュ


 久未の身体が、溶けている。

 まるで、暗殺者が遺体をなくすための薬を使ったように、ぶくぶくと液体になった。


 俺は思わず、うめいた。


「嘘だろ? なんだ、これは……」


 ようやく気を緩めたカレナは、説明を始める。


「魔術的な儀式で作られた、ドッペルゲンガーの一種じゃ。こいつは、とにかく面倒での……。ご覧の通り、殺してみて、ようやく偽者であることが判明する……。過去に迷い込んだ生存者たちは、さぞや疑心暗鬼にかられただろう」


 頭を抱えている俺のために、カレナが説明を続けた。


「ちなみに、私たちが本館1階の食堂で会った時点で、ドッペルゲンガーの下舘久未だったぞ? つまり、お主は偽者と、行動を共にしていたのじゃ! 本当は会った瞬間に駆除しようと思うたが、詩央里が止めに入りそうで見送った」


 うへー。

 じゃあ、地下であいつのお誘いに乗らなくて、大正解だったのか……。


 カレナは俺の表情を見て、何があったのか、おおよそ察したようだ。


「別行動をしていた間に、久未のドッペルゲンガーに誘われたか? その反応だと、断ったようじゃな。良い判断だ」


「もし、こいつの誘いに乗っていたら、どうなっていた?」


 俺が質問をすると、カレナは事もなげに答えた。


「それ自体に、大した影響はないのじゃ。ただ、怪異に侵食されることが癖になれば、退魔師として終わる可能性はある」


 ああ、いわゆる『墜ちる』ってことか……。



 遠くから、タタタタという音が近づいてきた。

 俺が、両手でそれぞれ苦無くないを構えようとしたら、カレナが止めた。


 やがて、視界いっぱいに、呪い人形の集団が現れる。

 床いっぱいに密集していて、それ以外はふわふわと空中に浮かんでいた。


 なんだ、これ?



「おお、ご苦労……。それで、首尾はどうじゃ?」


 カレナが問いかけると、リーダーらしき呪い人形が前に出てきた。

 どこからか取り出した館の平面図を指差し、説明を始める。


 えーと……。


 本館の地下洞窟を調べてきた。

 ドッペルゲンガー1体を始末。

 生存者1名がいたので、攻撃される前に逃げたと。


 カレナが自分のスマホを見せると、リーダーの呪い人形はその小さな指によってスワイプ。

 該当する人物の画像で、動きを止めた。


 呪い人形がスマホの操作方法を知っていることに、驚くべきだろうか?



 たまたま、スマホの画面が見えた俺は、驚いた。

 え? こいつが洋館に?


「おい、鍛治川かじかわ航基こうきがいるのか?」


 俺が思わず声を上げると、リーダーの呪い人形がびくっとした。

 だから、人を怖がらせるほうが、逆にビビるなって……。


 怖がる呪い人形を優しくさすったカレナは、改めて確認する。


「間違いないのだな?」


 呪い人形がコクコクと頷いたので、カレナは次の指示を出す。


「よし! この館にいる生存者をさり気なくフォローするのじゃ!! いいな? 目立ってはならんぞ!」


 その言葉を聞いて、一斉に両手を上げる人形たち。


 喋れないから、どうしてもオーバーな表現になるのですね。

 分かります。


 タタタタと足音を立てて、呪い人形の集団は出発した。

 どこに隠密性があるのかは、永遠の謎だ。


 よく考えたら、あのリーダーを務めている呪い人形は、本館1階の遊戯室にいたな。

 俺たちが立ち去る前に、これを頼んでいたのか……。


 聞けば、探索がてら、他の怪異をやっつけておくことも依頼したと。


 館のいたるところに穴だらけの敵が倒れていて、不思議だったが、ようやく合点がいった。


「やっぱり、戦争は数じゃ……」


 ぼそりとつぶやいたカレナを見て、こいつ今のうちに滅ぼしておいたほうがいいかな? と思ってしまった。


「あいつら、何だ?」


 俺が聞くと、カレナはすぐに答えた。


「これまで館に迷い込んできた人たちに悪夢を見せて、空気弾で攻撃しながら、に暮らしていた連中じゃ」


 お前は、まず “平和” の意味を調べ直せ。



 カレナ曰く、呪い人形たちは、今回の館の異変とは別。

 だから、館の結界を壊すのに協力する代わりに、あいつらの居場所を作ってやると約束した。


 ……うん。まあ、わざわざ敵を増やすよりは、良いんだけどさ。



 ――― 本館 裏庭


 俺はカレナを引き連れて、館の裏庭に出た。

 南乃みなみの詩央里しおりと別行動になった時、彼女は別館のほうへ行ったと、聞いたからだ。


 外の空気は、やっぱり落ち着く。

 だが、洋館の遠くに見える原生林は真っ暗で、本能的な恐怖を呼び覚ます。


 ふとスマホを見たら、そこに表示されている時刻と空の明るさが一致していない。


 もう昼ぐらいなのに、相変わらず深夜の暗さだ。

 やはり、この館の敷地そのものが、現実の空間と切り離された異界になっているのか。



 本館のすぐ近くに、2つの別館がある。


 片方は広く入りやすい入口があって、もう片方は機械的な音を立てている。

 どちらも灯りがついているうえ、庭がライトアップされているので、よく見えた。


 さーて。

 このどちらに、詩央里がいるかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る