第20話 セーラー服の少女が襲われる事案【カレナside】

 ――― A館2F 美術室


氷神絶界ひょうじんぜっかい!」


 南乃みなみの詩央里しおり言霊ことだまと共に、目の前の動く鎧が凍りついた。

 中世ヨーロッパの騎士が着ている鎧のレプリカは、動けなくなる。


 間髪入れずに放たれた蹴りによって、砕かれる氷塊。

 ガンガンと、小さな氷が床にぶつかる音が響く。


 詩央里の後ろでは、なけなしの武器を構えた女子大生2人が目を丸くしている。


 北海ほっかい美乃莉みのりが、陽気な声で問いかけた。


「す、すごい! 詩央里は魔法少女だったの!? ね、ね! それ、あたしにも貸して!!」


 美乃莉は、詩央里の掛け声と同時で、両手につけている手甲の術式が光っているのを見ていた。

 それがあれば、自分も魔法が使えると、ウキウキした様子だ。


 困った顔の詩央里が断れば、美乃莉はふくれっ面に。

 だが、少なからず好意を持っているらしく、それほど機嫌を悪くしなかった。


「ぶー! 少しぐらい、良いじゃないの!! ……まあ、いいわ。その代わりに、ちゃんとあたしを守ってよね?」


 詩央里が頷くと、美乃莉は満足そうな顔になった。

 その横で、宗岡むなおかけいは、頭が痛いとばかりに首を振る。


 落ち着いたところで、景が詩央里に話しかけた。


「2階の美術室、この館を建設した一族の歴史の部屋は、どちらも空振りだったわね」


 A館2階には詩央里たちが休んだ客室の他に、館の主の自伝や家系を紹介する部屋、世界各地から集めた美術品の展示スペースもあった。


 さっきの動く鎧は、その展示されていた美術品の1つのようだ。


 詩央里は、女子大生2人に提案する。


「これでA館は、しばらく安全です。……ひとまず、さっきの客室まで戻りましょう」


 女子大生2人は、後ろからついてくるだけで、ほとんど疲れていない。

 守ってもらった負い目から、わがままな美乃莉も素直に同意した。


 美乃莉はふと思い出したように、詩央里に尋ねる。


「そういえば、詩央里の仲間に小さい女の子っている? 中学生ぐらいの……」


 詩央里は心当たりがあったので、すぐに肯定する。


「ええ、1人いますよ! 事情があって、今は別行動です。……カレナに会ったのですか?」


 美乃莉は、うーん? と首を捻って、悩み出す。


 黙った彼女に代わり、景が話し始めた。


「私たちが会った時には、名前を聞いていないのよ。私と美乃莉がそれぞれ別のタイミングで遭遇して、彼女のスマホで何か……。そう、画像のような物を見せられたはず」


 ようやく落ち着いた美乃莉が、話を続ける。


「そいつに『恋人はいるの?』って聞かれたけど、教えなかったわ。あたしと景はフリーだけどね……。その娘はなぜか、今回の探索に来たグループの1人である玉寄たまよせ教之 のりゆきの名前を出して、『そのお兄さんはどうかしら?』と言ってきたの。あいつには、久未くみという彼女がいるのに……。今になって思えば、妙なガキだったわ!」


 いつも他人に無関心な室矢むろやカレナにしては、おかしな行動だ。

 そもそも、彼女の口調ではない。


 詩央里は女子大生2人に、正体不明の少女が見せた画像について質問。


「ごめん、思い出せない」

「私も……。なんだか、頭にもやがかかったみたいで」


 美乃莉、景の順番に答えてくれたが、どちらもはっきりしない。


 次に、詩央里は自分のスマホで、話題にしているカレナの画像を見せた。


「うわ! ムカつくぐらいに可愛い……。でも、違う気がする」

「どこかの芸能人? 見覚えはないわ」


 同じ順番で返事を聞けたが、恐らくカレナではないことが判明したのみ。


 詩央里は、大学生のグループではない、別の生存者が紛れ込んだのか? と思う。

 けれど、その少女は余裕たっぷりで、すぐにどこかへ去っていったと聞き、嫌な予感を覚えた。


 この狂気に満ちあふれた洋館で、バカンスに来ているかのように振る舞う。

 まるで、カレナのようだ……。



 ◇ ◇ ◇



 本館2階で大きな肉塊と戦った室矢カレナは危なげなく退しりぞけ、1階の裏口から外へ出た。

 倒したわけではないが、判定をすれば “優勢” と評価される結果だ。


 ライトアップされている裏庭には2つの別館があって、それぞれ来訪者を待ち続けている。

 色とりどりの花を咲かせるはずの花壇は手入れをする者がいないことから、名も知れぬ雑草に覆われたまま。


 カレナは定期的に響く大きな音に惹かれて、“B館” と書かれたプレートがある建物に入る。



 ――― B館1F 工作室


 旋盤せんばんなどの機械工作のマシーンが所狭ところせましと置かれ、鉄と油の匂いで満ちている空間。


 硬い金属も削れる研磨機、正確に穴を開けるためのボール盤、歯車やみぞを削り出すフライス盤、果ては型に流し込む鋳造ちゅうぞうの設備まで。

 電子関係についても交換用のパーツ、半田はんだごて、回路図などが置きっぱなし。


 専門の職人、技術者だけが立ち入る場所のようで、飾り気は全くない。

 街から離れている場所だけに、簡単な道具・パーツは自作、または修理をしていたようだ。

 市販されていない特注品も作れるぐらいの、本格的なラインナップ。


 近くでゴウンゴウンと、大きな音がしている。

 おそらく、この建物のどこかに、洋館の電力を賄えるだけの発電施設があるのだ。



 セーラー服の室矢カレナは、ひとしきり回った後に、上への階段に足をかける。

 中間地点である踊り場を抜けて、ようやく2階の内廊下に入った瞬間。


「死にやがれえええええええ!」


 風切音と共に、いきなり鉄棒が振り下ろされた。


 死角からの攻撃で、十分な殺意が込められている。

 鍛え抜いた大人の男でも、頭部に喰らったら、1回で致命傷となるに違いない。


 だが、カレナは視線を全く動かさず、風に吹かれたやなぎのように最小限の重心移動で、その軌道から逃れる。


 予想外に空振りになったことで、バランスを崩す襲撃者。


 カレナは、それを予期していたかのように、襲撃者の手に細い指を絡みつかせて、相手の動きに合わせつつ、投げ飛ばす。


 合気あいきの要領で床に転がされた襲撃者は、ちくしょう! と叫びつつ、急いで起き上がろうとした。

 そこで、目の前にいるのが、抱きしめたら折れてしまいそうな少女と気づく。



「う、うわああああああ!」


 反対側にいた、もう1人の襲撃者が、槍のような尖ったものを突き出してきた。

 カレナにとって、背中からの攻撃。


 しかし、半身になりながら、刺さったら身体を貫通するであろう穂先をかわし、くるりと回転。


 回りながら相手へ近づき、スピードに乗った手刀を振り下ろすことで、襲撃者の手首をしたたかに打ち付けた。

 あまりの痛みに槍を落とした襲撃者の足を刈って、仰向けに倒れたところで首を踏む。

 まだ続けるのならば、このまま首を圧し折るという、意思表示だ。


 動き終わったカレナの長い黒髪が重力に従い、さらりと垂れ下がった。

 最初の襲撃者は鉄棒を構えずに、慌てて話しかける。


「ま、待て! 俺たちが悪かった! てっきり、化け物が上ってきたとばかり……」


 カレナは、倒れた男の首から革靴を外さない。

 伝わってくる動きから男が動かないように力を調整することで、上手く制圧する。

 その間にも、最初に攻撃してきた男から目を離さず、視線によって牽制。


 しばしの沈黙の後、カレナはようやく返事をする。


「今回は、大目に見るのじゃ」


 倒れた男の首から足を外したカレナは2階の探索を始めるべく、内廊下の奥へ歩き出す。

 それを見て、鉄棒を持っている男が怒った。


「おい、どこに行くんだ? 少しは話をしろよ! ここには俺たちが集めた物資もあるんだ。勝手に持って行くのは、絶対に許さねえからな!!」


 むっくりと起き上がった、眼鏡をかけた男も、カレナに意見する。


「僕たちは、運命共同体だろう? 助け合うべきだ」


 はあっと息を吐いたカレナは男2人に向き直って、会話に応じる。


「私は、室矢カレナだ。お主らは、何と言うのじゃ?」



 ――― B館2F 仮眠室


 B館で安心して休める場所は、従業員用の仮眠室だった。

 客室と比べて簡素なベッドが並び、壁には私物を入れておくロッカーも。


 壁には、もはや判別不能になった予定表、古臭いデザインのポスターなどがある。

 洋館というよりも、どこかの工場の一角だ。


 鉄棒で殴りかかってきた若田部わかたべ芳人よしとは、いかにも軽そうな大学生。

 髪を明るい色に染めていて、バンドをやっていると自己紹介。



 カレナは、青のカラーと眩しい白によって構成されているセーラー服だ。

 軍用の手袋なぞ、素人に見抜けるはずもなく、知らずに迷い込んできた女子中学生として扱われた。


「へー、カレナちゃんは、まだ中等部なのか! しかも、お嬢様が通っていることで有名な、あの紫苑しおん学園……。君もこの館の噂を聞きつけて、肝試しに来たわけ?」


「そんなところじゃ……」


 芳人に返事をしながら、ニヤニヤした顔にかなり邪気があるの? と警戒を強めるカレナ。

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