第19話 若い女が3人よれば姦しい【詩央里side】

 ――― A館1F 礼拝堂


 南乃みなみの詩央里しおりは、本館から少し離れた位置にあるA館の中で、周りを見回した。


 1階は教会のような礼拝堂で、お祈りで座るための長椅子が規則正しく並ぶ。

 中央には、正面の奥にある壇上までのレッドカーペットが敷かれているものの、すでにかなり朽ちている。


 本館2Fの隠し部屋を見た後では、あまりの滑稽こっけいさに苦笑するしかない。

 何かの邪神を崇めるための祭壇だと考えれば、納得できるが……。



「誰? そこに、誰かいるの?」



 明らかに警戒している声が、広い礼拝堂に響いた。

 詩央里は、声が伝わってきた方向を見る。


 2階の内壁に沿っている、観覧用のギャラリー。

 そこに、2人の女性がいた。

 落下防止の柵は機能しておらず、そーっと1階を覗き込んでいる。


 詩央里は相手の警戒心を解くために、名乗った。


「私は、南乃詩央里です。この館にいる生存者を救助するために、来ました! そちらは?」


 気の強そうな声は、相手が女だと分かって、少しだけ好意的になった。

 そのまま、会話を続ける。


「あまり大声を出さないでよ! 化け物が寄ってきちゃうから……。とにかく、あたし達が1階に降りるから、そこで待ってて」



 5分ほどが経過して、礼拝堂の片隅から2人の女性が出てきた。

 どうやら、隠れている部分に、上り下りの階段があるようだ。


 話していた声の主は、黒髪をツーサイドアップにした、20歳前後の女。

 意志の強そうな目つきで、男に人気が出そうな可愛さだ。


 その北海ほっかい美乃莉みのりは、ふんっと鼻を鳴らしながら、詩央里をじろじろと見た。


「なんだ……。救助に来たって豪語して、防衛軍と同じミリタリールックだから、少しは期待したのに。ただのガキじゃない」


 それに対して、黒髪でショートヘアの女が、無礼な発言をした美乃莉をたしなめた。


「あなたはいつも、礼儀がなっていないのね。……私は、宗岡むなおかけいよ。ここは本館よりも安全だから、しばらく休めるわ」


 話し終えた景は、仮の拠点にしている2階へ上がるように促す。


 詩央里が、先に1階の探索をしてから上がります、と答えたら、彼女は美乃莉と言い合いをしながら2階へと移動した。

 あまり仲は良くないが、緊急事態だから背に腹は代えられないようだ。



 1人になった詩央里は、急に備品が倒れる、床が抜ける、穴に落ちることに用心しつつも、手早く礼拝堂を調べた。

 やはり、いたるところが崩れていて、往年の輝きを失っている。


 美乃莉の、ここはもう調べ尽くしたって言っているのに! という言葉の通り、目ぼしいものは何もない。

 霊体にした猫又からの反応もなく、2階へ上がった。




 ――― A館2F 客室


 2階に上がった南乃詩央里は、先ほどの2人と合流した。


 まだ使える個室がいくつかあって、トイレ、水道もある。

 理知的な宗岡景が言うには、地下から汲み上げている水だから比較的安全、と。


 疲れているだろうから先に休んで、と言われた詩央里は、北海美乃莉と一緒に個室に入った。


 ゲストが宿泊するための部屋らしく、本館の客室と同じようにベッドが2つ並んでいる。

 閉めた扉の前の内廊下では、景が見張り中。


「さっきは、悪かったわね……。あたし達、ここに来てから、ずっと化け物に追われていたから」


 もじもじと身をゆすりながら、ベッドに腰かけている美乃莉が謝ってきた。


 隣のベッドに座っている詩央里は、気にしないでくださいと、返答する。


 美乃莉は、さらに質問をしてくる。


「そ、それでさ……。あんたって、付き合っている恋人はいるの? あたしのこと、どう思う?」


 急に、雲行きが怪しくなってきた。

 頬を赤らめた美乃莉は、無意識なのか、徐々に詩央里との距離を詰める。


 さり気なく離れながら、詩央里は身の危険を感じ始めた。


「え、えーと! 一応、親同士で決めた許嫁がいまして……」


 詩央里が拒絶するも、美乃莉はついに並んで座り、その手を優しく握る。

 さらに、相手をリラックスさせるべく、明るい声を出した。


「大丈夫だって! 女の子同士だから、問題ないわよ! こんな状況じゃ、一蓮托生なのだし、仲良くしよう? ね?」


 いや、何が大丈夫なんですか?


 詩央里は心中でそうツッコミを入れながら、この人は両方イケる口なのか……と悟った。


 詩央里は、遠回しに拒否しようと試みたが、美乃莉が引く様子はない。


 彼女は笑顔であるものの、完全に目が据わっていて、強い情欲と、ある種の狂気すら感じられる。


 このまま仮眠をしたら貞操の危機だと考えた詩央里は、霊体化した猫又に美乃莉を寝かせた。

 自分の式神に、見張りをよろしくね? と頼み、詩央里も彼女とは別のベッドで目を閉じる。



「あなた、大変だったようね……」


 扉の前の見張りを交替する際に、景が呟いた。


 出て行く時の美乃莉の残念そうな様子から、部屋で何かがあったと察知したらしい。


 詩央里が、彼女にそっちの気があるなら事前に一言あっても、と恨みがましく思っていたら、頭を下げられた。


「ごめんなさい。あなたに言い寄るとは限らない、と思ってしまって……。それに、美乃莉にも、『相手の合意が必要だ』という常識ぐらいはあるから……。もう分かっているだろうけど、私は彼女と仲が悪いの。変に内緒話をすると、へそを曲げる恐れがあったのよ」


 景はその美しい顔を歪めて、独り言のように続ける。


「私たち、この館に入ってから、だんだんとおかしくなってきた気がする。ネガティブなことを考えやすくなってきたし……。前の生存者の手記やメモに残された絶望、残されたビデオテープの乱痴気騒ぎを見ていたら、誰でもいいから滅茶苦茶めちゃくちゃにされたい、したいって、変な気分にもなってくる……。私、そんな女じゃないのに……。この館を探索するつもりなら、あなたも気をつけなさい」


 詩央里は、思わず聞き返す。


「あなたも、ビデオテープを見たのですか?」


 景は、詩央里の発言に、嫌そうな顔で頷く。


「このA館にモニタールームのような部屋があって、そこで数本を見つけたの……」


 私が見たビデオテープは、どれも正気を疑う内容だったわ、と続けて、景はベッドのある個室に入っていく。


 人は、見えない恐怖に耐えられない生き物。

 高い確率で助からない状態であれば、もう悩まなくても良い状態になりがたることが珍しくない。


 屈強な男ですら、遭難して救命ボートで漂流した時に、母ちゃんが呼んでいる、とだけ言って、いきなり海に飛び込んだ事例もあるのだ。


 詩央里は2人とも危険な精神状態であることを知って、室矢むろや重遠しげとおやカレナとの合流を急ごうと考えた。



 ◇ ◇ ◇



 休憩による仮眠が終わった後、3人で集まり、今後の方針を話し合うことに。


 南乃詩央里が持ち込んだ、携帯食料とドリンクを分けたことで、場が和んだ。

 北海美乃莉と宗岡景の仲が悪いことから、最年少の詩央里が司会進行を務める。


 まず脱出の方法だが、庭の外周を辿ってみたものの、無理だった。

 別館は敷地内でそれぞれ独立していて、外界へ出るためには、本館の正面玄関しかない。


 敷地の境目になっている原生林はとても入っていける状態ではなく、他の生存者の手記などでは、恐ろしい化け物がいるとだけ……。


 詩央里は全体を把握するために、問いかける。


「他に、どなたが一緒だったんですか?」


 ツーサイドアップをぴょこぴょこさせて、美乃莉が話す。


「青千大のグループでいえば、あたし達を含めて6人よ! この館に入ってから、どんどん分かれて行ったわ……」


 チョコバーをかじっている景が、それに補完する。


「私と同じ研究室の小田巻おだまき朋希ともきくんも、いた……。無事なら、いいのだけど」


 詩央里は2人の話をまとめつつ、具体的な提案をする。


「つまり、残り4人がこの館のどこかにいるのですね……。みんなで、探しましょう! このままだと物資が底をついて、動けなくなるだけです」


 景と美乃莉は、思わず顔を見合わせた。

 正論ではあるが、それができるのならば、とっくにやっている。


 美乃莉はできるだけ詩央里を傷つけないように、言葉を選びながら反論する。


「えーと、詩央里? あたし達も武器になるものを集めたんだけど、せいぜい錆びたナイフや尖った棒ぐらいで……。この館を彷徨っている化け物たちを相手にするのは、とても無理よ」


 それを聞いた詩央里は、頼もしい表情になって、両手にある手甲を締め直した。


 2人の女子大生は、急に雰囲気が変わった彼女の凛々しい顔に見惚れる。

 退魔師を知らない一般人であっても感じられる、その威厳。


 詩央里は自分を見つめている女性たちに、改めて説明をした。


「最初に言いましたよね? 私は、あなた達を助けに来たんだって……」

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