第12話 占い少女カレナの憂鬱と束の間の団らん

 情報交換と親睦を深める目的で、俺はお付きの南乃みなみの詩央里しおり、義妹の室矢むろやカレナと食卓を囲んでいる。

 どちらもお隣さんだから、手間はかからない。


 事件解決から数日後、みんなで夕飯を食べている時に、詩央里が報告をしてきた。

 一軒家の所有者の逃亡先が判明したと。

 しかし、魔術師が相手だけに、かなりの問題があるようだ。


 詩央里は言い難そうに、口を開いた。


「人里離れた場所にある洋館のため、罠の可能性が高いです。千陣せんじん流の偵察隊が式神で探っているので、しばらくお待ちください」


 とりあえず、結果待ちか。

 俺は、一軒家の後始末について、訊ねてみた。


「例の一軒家に残されていた魔術の資料は、どうなった?」


「見つけた物は全て、千陣流の倉庫で封印しました。地下室も完全に破壊してから埋め立てたので、心配いりませんよ」


 そこまで説明した詩央里は、スマホの画像を俺に見せてきた。

 すっかり綺麗になった更地は、忌まわしき過去と決別したかのように思える。



 詩央里は満面の笑みで霜降りステーキを口に入れているカレナのほうを向き、話しかけた。


「若さまの霊力の高まりは、やはり、あなたの仕業ですか?」


 カレナは味わうようにステーキを咀嚼しながら、こくんと頷いた。

 食べ終わってから、口を開く。


「そもそも、重遠しげとおは厳選を重ねた宗家の血筋で、生まれ持った霊力が群を抜いているのじゃ。そこまでは、分かるな?」


 ええ、と返事をした詩央里に対して、さらに説明を続けるカレナ。


「理由は分からんのだが、大物の式神を使役することで、霊力が段階的に開放される仕組みになっておる」


 それを聞いた詩央里は、そんなバカな……、と言いたげな顔で、口を挟んだ。


「ちょっ、ちょっと待ってください。では、今まで弱い怪異をあてがっていたから、式神の契約に失敗していたと?」


 そうじゃ、と返されて、そんなことあるの? と悩む詩央里。


 詩央里は少し考えてから、ツッコミを入れた。


「いや。さり気なく、自分を大物にしないでくれませんか?」


 カレナは不服そうな顔になって、すぐに反論する。


「私の力を低く見積もりすぎじゃ! そちらは西洋のオカルトをあまり知らないだろうが、因果関係を視られるだけで、かなりのランクだ。どう考えるにせよ、私が重遠と契約した後に霊力が高まった事実は覆らん。まさか手品の目覚まし時計で、たまたまと言うつもりかの?」


 『手品の目覚まし時計』とは、壊れた物を持ってきて、はい直りました、という話だ。

 母集団が大きければ、そのタイミングで偶然に直る可能性があるだけのネタ。


 詩央里は、さすがに偶然と考えるのは無理があると結論を出したのか、カレナに質問をする。


「なら、若さまに有名な妖怪を用意することで、もっと強くなるのですか?」


 しかし、カレナは、それができれば苦労はない、という雰囲気で、ぶっきらぼうに答えた。


「理屈としては、そうじゃ……。だが、力のある妖怪は、自分より弱い者には従わない。私と出会わなければ、完全に詰んでいたの」


 まさに、服を買いに行く服がない状態か。

 俺が本来の千陣重遠を押しのけて、転生したから、だろうけど。


 それをこの場で言ったら、詩央里と千陣流が敵に回りそう。

 カレナについても、どこまで信用していいのか……。


 詩央里は、まだ言いたいことはありますが、という不満げな顔だが、ひとまず黙った。


 ふと気になった俺は、カレナに聞いてみる。


「俺のことを知っている素振りだったが、なぜだ?」


「イギリスでお主を知る機会があって、を感じた。それだけじゃ」


 因果関係が分かっていて、深淵なる魔術の知識もあるカレナが、まるで恋する乙女のような発言だな。


 そう思っていたら、じーっと、彼女に睨まれてしまった。


 小顔で計算され尽くした美貌だけに、かなり迫力がある。

 目力すごい。



 笑顔になった詩央里は両手をぽんと叩きながら、自分の意見を一言でまとめた。


「ともかく、若さまに成長する見込みがあると分かって、何よりです」


 これまで、千陣流の宗家や関係者から、色々とせっつかれていたのだろうな。

 面倒を見てくれている詩央里に愛想を尽かされないよう、頑張らないと。



 ◇ ◇ ◇



「私、1週間後かあ……」

「ラッキー! 私は、明日だ♪」

「未来を読めるカレナさんは、もう1ヶ月待ちが当たり前ですね」


 紫苑しおん学園では、南乃詩央里、室矢カレナの2名の占いが大人気だ。

 女子生徒が長蛇の列を作り、整理券の配布にまで発展した。


 圧倒的な人気が、未来予知ができると噂のカレナ。

 次点で、人や物を探すのが得意な詩央里。

 あぶれた人が他の占いに行くので、オカルト部としては嬉しいそうだ。


 整理券が配られる前には、義妹へ取り次いでくれと懇願してくる女子生徒も、大勢いた。

 カレナを身内にしたいことでの色仕掛け、金品や利権の提供に及んできたので、詩央里に相談。


 その結果、俺とは無関係のシステムに相成った。

 生徒の親からの依頼についても、詩央里が断っている。



「あの! 室矢カレナさんですよね? 私、占ってもらいたいことがあって――」

「すまんが、学外ではそういう話をしないのじゃ」


 また1人、カレナに話しかけてきた女の子が、あっさりと袖にされた。


 彼女と並んで歩きながら、これで5人目か、と内心で思う。


「ずいぶんと有名になったな、お前」


 からかった俺に、カレナはうんざりした表情で、指で数えながら愚痴を言う。


「他校の女子生徒、OL、経営者、芸能事務所のスカウト、幹部待遇での宗教への勧誘……。現代社会には、暇人が多いのだな? こんなことならば、興味本位で占いをするのではなかったわ」


 デザイナーによる特注品の制服で芸能人並みの魅力とくれば、嫌でも目立つ。

 いくら千陣流でも、怪異と無関係の一般人については、どうにもできない。


 ネットでは、“さっそうと事件解決をした、謎の美少女? そのよく当たる占いの全貌!” などと、実名こそ出ていないが、かなり騒がれた。


 地元で噂が広まっていて、さっきのように思い詰めている女が、よく来る。

 男が話しかけてこないのは、女の順番を奪って恨まれたくないのと、通報によって逮捕される可能性があるから。


 溜息を吐くカレナを慰めながら、俺たちは自宅である高級マンションに入った。


 この時ばかりは、部外者が立ち入れない物件で良かったと、つくづく思う。

 周辺には、こちらを窺っている視線が、いくつもあるが……。



 ◇ ◇ ◇



 2人でエレベーターに乗ると、デジタル表示の数字が瞬きながら、変わっていく。


 義妹の室矢カレナへ、話しかけた。


「占い、やめるか?」


 カレナは首を横に振って、反論する。


「もう遅い……。今やめても、大衆は期待する。『できない』といくら叫んでも、奴らは自分の見たいものしか見ない。まだ紫苑学園で占いを続けて、社会の支配者である彼らの庇護下にいるほうが賢明じゃ」


 チンと音が鳴って、エレベーターの扉が開く。


 俺たちは静まり返った内廊下を進み、それぞれの自宅に入る。




 ――10分後


 部屋着になったカレナが、隣にある俺の家にやってきた。

 リビングにいる彼女にお菓子とコーヒーを出すと、待っていましたとばかりに、手をつける。


 俺はソファに座ると、エレベーターの中での会話を続けた。


「お前は、大丈夫なのか?」


 コンソメ味のポテチを口に運んでいたカレナは横にいる俺を見て、不敵な笑みを浮かべた。


「いったい、誰に物を言うておる? 私は式神で、普通の人間ではない。それよりも、重遠のほうが心配じゃ! 強引に私を使おうと考えたら、先にお主を掌握するだろうからな」


 カレナは、いざとなったら躊躇わずに私を呼べと、続けた。



 俺も一緒になってポテチを食べていたら、ピーと解錠された音が響く。


 玄関から人の気配がして、リビングに入ってきた途端に、あーっ! と声を上げる。


「もうすぐ夕飯なのに、おやつを食べないでくださいよ! 若さまも!!」


 南乃詩央里から文句を言われて、俺たちは条件反射で謝った。


「すまんの」

「悪い」


 カレナが式神になったことで、賑やかな時間が増えた。


 俺は、急いでお菓子を片付けながら、詩央里のご機嫌をどうやって直そうかと、密かに思案する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る