第四話 三階建て庭付き、太陽光パネル完備


 なんとか落ち着いたかぁ。

 まったく、ただ風呂入るだけなのになんでこんなに大騒ぎになるんだよ。挙句未だに風呂入れてないしねー。


 あ、やべぇ。

 俺汚いって言われた格好でアネモネさんを抱きしめてしまってたよ!!


 うーわーやっちまったよー!

 どうしよう、アネモネさん怒ってないかな……?


 いや、我ながら気障っぽいことしたなぁとか今更小っ恥ずかしい気持ちでいっぱいなんだけど、穢らわしいとか思われてたらどうしようどうしようどうしようっ!!


 あの無表情に近い切れ長の瞳で蔑みながら罵られちゃったらどうしよう!!! ……ごくり……!


「マスター、どうしました? やはりどこか具合が悪いのでは……?」


 先程向き合ったままの至近距離から俺を見上げてくる両の瞳。


「いや、いやいや! なんでもないよ、うん。なんでもないしどうともないっ!!」


 瞳に浮かぶ心配と不安の色を見て取り、慌てて脳内から邪な思考を廃棄する。

 とりあえず話を進めないと、アネモネの心配がずっと終わらない気もするし。


「それで本登録も済んだことだし、これからどうすればいいのかな? マナエからもダンジョンの権限は受け取れてると思うし、ようやくお風呂ってことかな?」


 玉座に置かれたままだったダンジョンコアの宝珠オーブを手に取り撫でたり啄いたりしてみる。


「……………………?」


 突如背筋にゾクリとしたものが通る!

 慌てて首を巡らせるとそこには凍えるような無表情を顔に貼り付けたアネモネさんが……!


 無表情なのに凍えるようなって、ある意味表情豊かなのかな?


「マスター? そのマナエという女性は一体? 女性ですよね、お名前から察するに? どこでお知り合いになったのですか? どのようなご関係なんですか? と言うより私がこれほど心配を掛けられていたというのに、マスターは一体何処で何をされていたのですか?!」


 詰め寄ってくるアネモネさん。

 って近いよ! というか怖いよッ!?

 その氷のような無表情で矢継ぎ早に責められてもいっぺんには答えられないし、何より怖いったら!!


「ちょっと待ってってアネモネ! 落ち着いて、先ずは話を聴く姿勢からだよ!! どうか話を聴いて下さいお願いします!!?」



 閑話休題かくかくしかじか



 なんとか残り僅かなHPを死守しつつ、マナエ――このダンジョンのコアについて、つまりはコア内部で起こったことの説明を終えた。


 先程まで般若もかくやという雰囲気で俺に詰め寄って来ていたアネモネさんは、今は正座する俺の対面で自身も正座したまま、顎に人差し指を添えた可愛らしい格好で黙考されております。


 時々漏れる呟きの中に「有り得ない」とか「危険性が」とかちょっと不穏な言葉が混ざっているのだけれど……


 もしかして俺、またなんかやらかしちゃった……?

 なんか転生してから今まで、やらかしてばっかりな気がする……


「マスター、申し訳ありません。考えを整理するのに、少し時間が掛かってしまいました。」


 考えがまとまったらしいアネモネが声を掛けてくる。


 俺? ダンジョンコアでコロコロ遊んでただけだよ?

 だって何も分からないもん。


「気にしないよ。それだけややこしいことをやらかしちゃったみたいだし、逆に申し訳ない。」


 謝るのは大事だよね、うん。


「どうかお気になさらずに。マスターの補佐は私の役目なのですから。それでは、説明させていただく前に確認させて下さい。本登録を終えて、マスターが外部へと排出される時にダンジョンコアが言ったのは、『特殊緊急事態』『名付け』『自我の生成』『特殊事例特典』『スリープモード』、で間違いありませんか?」


 うん、合ってるよ。なので頷いて見せる。


 凄いなアネモネさん。俺の拙い説明から完璧に把握するなんて、よくできたねそんなこと。


「なるほど。随分と想定外の事態が起こったようです。一先ず、落ち着ける場所に移動しましょう。」


 そう言って立ち上がり、俺も続くよう促してくる。


「落ち着ける場所? そんな所あるの? このダンジョンまだこの玉座の間しか無いんでしょ? あ、もしかしてダンジョンの能力でそれを今から創るってこと?」


 そのままにしておくのも偲びないので、ダンジョンコアも一緒に、と小脇に抱えて付いて行く。


「ノン。今から創造する訳ではありません。と言いますか、厳密に言うとそれは不可能です。現在ダンジョンコアはスリープモードに移行していると想定されますので、ダンジョンの機能や権能を使うことは、現時点ではまだできません。」


 え、それじゃどこに……? どうやって……?


「なので、こちらへ。」


 そう言って玉座の裏側へと移動した俺達の前には、一枚の扉。


 え、こんなのさっきまで無かったよな?

 ……怪しい。罠か!!?


 と訝しんでいる俺を置き去りに、さっさとドアノブに手を掛けるアネモネ。


「うおい! ちょっ! アネモネ、危ないよっ!?」


 慌てて制止の声を上げ、引き止める。


 俺に肩を引かれたアネモネは、少しキョトンとした顔を見せてから、納得したかのように此方に向き直って、肩に置かれた俺の手に自分の手を重ねてくる。


「マスター、大丈夫です。推測では、この扉に危険性はほぼ間違い無くありません。ですので、そう警戒なさらずとも大丈夫です。何故ならば、先程の『特殊事例特典』がこの扉だからです。」


 不安を取り除くかのように視線を合わせ、俺の手を撫でながら語るアネモネ。


 これが、その『ナントカ特典』で顕れたってことなのか? 本当に?

 それにその推測の根拠は一体何だ?

 どうして危険が無いと言いきれるんだ?


 そういった心情を俺の表情から読み取ったんだろう。

 アネモネは俺の手を肩から降ろさせて、居住まいを正してから説明を始めた。


「先の推測に至った論拠は2点です。私の固有スキル【叡智】により、この世界のアーカイブにアクセスして得た情報が先ずひとつ。そしてもうひとつは、ダンジョンコアの発した言葉です。」


 なるほど、分からん。


「続けますね。私はアーカイブへとアクセスし、この世界の過去総てのダンジョンの情報を検索しました。検索の条件は、先程のダンジョンコアの言葉――『特殊緊急事態』『名付け』『自我の生成』『特殊事例特典』『スリープモード』です。それらのキーワードで検索を掛け、過去の膨大な記録からヒットしたのは僅か1件だけでしたが、まさにその1件こそが、現在のマスターの置かれた状況にマッチしていたのです。」


 えっと……?

 つまり、どういうことなんだ?


「つまり、簡潔に述べるとですね、永きに渡る過去の膨大な歴史の中で、たった一人だけ、マスターと同じように同じことをやらかしてしまったダンジョンマスターが存在した、ということです。」


 マジかよ。居るんだな、そんなアホな奴って……


「マスター? 呆れたような顔をされていますが、マスターも同じ事態を引き起こしていますからね? 寧ろその人物こそが元祖やらかし様で、マスターは二代目若しくは二番煎じだということを、お忘れにならないようにお願いしますね?」


 うぐっ……た、確かに。


「当然ですが、今後起こり得ることも閲覧済みです。そしてその情報と比較してもダンジョンコアの発した言葉には違和感はありません。と、このような点から、危険性は無いと判断しました。」


 ……論理に破綻は無い。

 つまり推測とは言っても、ほぼ間違い無くこの状況を把握出来ているんだろう。

 補佐役の面目躍如ってところか。


 でも、それでもさ……


「マスター?」


 アネモネを押し退けてドアノブに手を掛ける。


「俺が、開けるよ。」


 彼女だけじゃないんだよ、心配してるのは。


 俺のためだけに造られたホムンクルスのアネモネ。

 産まれた瞬間から仕える主は決定済みで、しかもこんな異世界にまで飛ばされた。

 その主は馬鹿ばかりやらかして、心配を掛けて、泣かせてしまった。


 だからこそこんな時くらい身体を張れなきゃ、そんな奴に主の資格なんて無いだろ!!


「はい。どうぞ、マスター。」


 ってあれアッサリ???


 てっきり「ノン。主に扉を開けさせるなど、使用人に有るまじき醜態です」とか言って固辞してくるもんかと……


 まあいい。譲ってもらったんだから、何が起きてもせめて彼女の盾になれるように気を引き締めないとな。


 気合いを入れて扉を開く。

 その先には、一直線に続く石造りの通路が延びていた。


 壁には等間隔で燭台が据え付けられていて、蝋燭の炎がゆらゆらと通路を照らしている。


 その通路の最奥は、出口なのか?

 ポッカリと空いた穴のような通路の終点からは、光が差し込んでいる。


「奥へ行けって、ことだよね?」


 アネモネに振り返り尋ねれば、瞑目しての首肯。


 意を決して歩み始める。


 通路はさほど長くはない。

 材質が石だからか、俺のスニーカーはともかくアネモネのピンヒールの靴音がコツコツと良く響く。


 今思ったけど、メイドがピンヒールの靴履いてるっておかしくないかな?

 普通はあまり足音がしないような、ローファーとかパンプスみたいな素朴な靴だよね? ヒールの有無までは知らんけど。


 でもまあ、スラッとした細身の体格にも関わらず、出る所は出て引っ込む所は引っ込んだ手脚の長いメリハリボディ。


 小さな頭には流れるようなプラチナブロンドが揺れ、そこから覗くのは長い耳。実はこの耳ピコピコ動くんだよ。何度か動いてるの見たもん。

 そして配置の整った顔はモデルのように細長く鼻筋も通っており、無表情ながらも切れ長の瞳が意志の強さを主張する。


 あと形の良い唇が紡ぐ声音は若干抑揚に乏しい気がするが、でもその声はかわいい。


 うん、反則だよね。だからピンヒールで余計にスタイルの良さや脚の長さが際立っていて、有り体に言うととても似合っています。

 それでいてしかもメイドさんなのだ。

 絶対に守り抜かないとな!(キリッ☆)


 っと、出口に到着か。


「それじゃ、行くからね?」


 背後に控えているアネモネに声を掛け、敢えて返事も待たずに溢れる光へと飛び込む!


 覚悟を決めて、腹に力を込めて。


 そして身構えながら眩い光に目を凝らす。


 光に慣れた眼に映った光景は……


「…………家?」


 そう、家である。それも三階建ての前世でよく見た近代的な一戸建て住宅だ。屋根にはソーラーパネルまで付いている。


 広い敷地で、丁寧に管理されているであろう緑溢れる庭に囲まれ、花壇まであり見たことないけど色とりどりの花が咲き誇っている。あ、家庭菜園? まである。

 そして白木の柵で囲まれた広い庭の入口には門があり、近付いて見てみると表札に【六合真日】と、縦書きの漢字で彫られて掲げられている。


「ですから、落ち着ける場所と申し上げた筈ですよ、マスター。信じていなかったのですか?」


 追い付いて来たアネモネが若干呆れた顔で溜息をついている。


 いや、だってさ……

 なんでだろう。何事も無くて良かった筈なのに、無性に悲しくなってきたよ。


「やはり推測は当たっていましたね。これがダンジョンコアが言っていた『特殊事例特典』です。ダンジョン内のプライベート空間にして、セーフルーム……とは言えませんね。セーフルーム改め、セーフハウスです。」


 なん……だと…………?


「過去1件だけの事例を参照した時には驚きました。どうやら、ダンジョンコアがスリープモードに陥ってしまうと、その権能が使えなくなってしまうようなのです。その結果ダンジョンマスターの安全と生活が成り立たなくなってしまうことを危惧したダンジョンコアが、自身を創造した神々へと上奏し、たった1度だけ実現した特例の措置が、このセーフルームなのだそうです。


 ダンジョンマスターの記憶上の嗜好に沿う装いのダンジョン区画が新たに創造され、無償で下賜されるこの空間こそが、『特殊事例特典』の正体なのです。」


 うん、壮大な話なんだけど内容と現物がちょっと現実的過ぎて、受け止めきれません先生。


「つまりこういう事?『ダンジョンコアはスリープモードに入っちゃうのでダンジョン機能はその間使えませんよ。その代わり、安心して過ごせる素敵な区画を無償で用意するから、スリープモード中はそこに引きこもって、なんとか糊口をしのいでてね〜。』と?」


「はい。概ねその認識で合っています。流石マスターです。」


 良かった、正解だったらしい。


 しかしつまりあれだよね?

 この随分と立派な一戸建てが、庭やその周囲の林も含めてまるっと、労せずして俺の物になったと?

 いやそれなんてヌルゲー?


「マスター、決して温いなどと思われないようにお願いします。ダンジョンコアの機能停止は、マスターが思う以上に危険なのです。」


 冷や水を差すかのような言葉に、思わずビクッと反応してしまう。

 彼女の眼は鋭く、真剣な様子で俺を見つめている。


「ダンジョンの機能が使えないということは、拡張も、強化も、設置も出来ないということです。守護する従僕も産み出せず、今在るがままの状態で敵を迎え撃つことになるのです。


 過去の例ではある程度ダンジョンの体を成してからの事だったようですが、マスターの場合は転生したて、産まれたてのダンジョンです。それがどういうことか、お解りになっていますか?」


 …………マジか。

 え、これって想像以上にヤバい事態じゃねえか!?


「お解りになっていただけたようですね。ともあれ、現時点でマスターが対処すべき事柄はそう多くは有りません。細々とした雑事は私が対応致しますので、先ずは家へ入りましょう。」


 アネモネに手を取られ引かれる。

 門を潜り、玄関まで延びた石畳を越えて、家の目の前へ。


「何はともあれ、マスターには最優先でしていただきたい事があります。それは――――」


 それは……?(ゴクリッ)


「入浴していただきます。」


 うん。

 俺、なんとなく分かってたよ。



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