第三話 まだ彼女もできてないのに結婚って、そんなわけ!!


「入浴していただきます。」


 俺が思考停止している隙にもう一度言われてしまった。


「いや、ちょっと待ってくれよ。なんでいきなり風呂? そもそもこんな荒れた廃城みたいな所で風呂に入れるワケないし、根本的な問題として、俺はまだここが何処なのかも知らないんだけど……」


「マスターのダンジョンです。」


 ……ん? なんて?


「ですから、此処はマスターのダンジョンです。当たり前じゃないですか。」


「え、そうだったの此処?」


 知らなかったわぁー。だって玉座の間だよ? こんな立派な。

 まあ調度品はなんだか年季が入っていらっしゃるけど。


「肯定です。玉座の間は言わばダンジョンの心臓部です。ダンジョンマスターはこの広間で、ダンジョンコアを守るために侵入者と戦います。広間がこのような状態なのは、ダンジョンが初期状態だからです。」


 つまりダンジョンマスターは、みんなこの状態からスタートするってこと?

 えー、俺てっきり洞窟のポッカリ拓けた空洞からだと思ってたんですけどー。


「ん? ということは、その広間入口と思しき両開きの扉の向こうには、迷宮が拡がってるってことだよな?!」


 こうしちゃ居られねえぜ!!

 早速拝見仕るーーーーっ!!!


「あ、マスターまだ――――」


 押しても開かなかったぜ!

 では引いてみましょー!

 ガチャっとな♪


「………………?」


 ガチャっと閉めて、もう一回♪

 ガチャっとな♪


「………………??」


 何も無いじゃんっ!!!???

 ちょっと拓けた空洞と、その先に伸びる通路。

 その向こうには……深い、森?


「ですから、初期状態と申し上げたではありませんか。」


 足音も立てずに斜め後ろに控えるアネモネ。


 えぇ……だってさぁ……ダンジョンって…………


「そのような泣きそうな顔をしないで下さい、マスター。最初から広大なダンジョンが手に入るわけがないではないですか。」


 アネモネの手によってそっと広間の扉が閉められる。

 俺はその場に体育座りする。


「マスター、立って下さい。図らずも現状を確認出来たのは良い事です。さあ、早く入浴して下さい。」


 いや、だってさぁ……


 はあ、まあいいや。

 これってつまり手付かずの洞窟からダンジョンを一から好きに作れるってことだもんな。うん、切り替えよう。


 ダンジョンマスターに転生するんだから、最初からダンジョンが貰えると思ってた、なんてことないんだからね!?


「いや、さっきも訊いたけどさ、なんで風呂? それよりもダンジョン拡げたり、特訓してレベル上げたりとかの方が大事だよね? そもそも風呂なんて無いよね? 初期状態なんだし。」


 そう、この玉座の間がまず心臓部とすれば、ダンジョンでは一番奥に配置されているはず。そして、扉の向こうは洞穴と出口。


 つまりこのダンジョンには、設備はこれしか無いということだよ!


「ですから、入浴と並行して、一先ずの拡張の方法を覚えていただこうとお願いしているのです。」


「いやだからさ、なんで風呂なのさ? もっと大事な設備あるよね? 罠部屋とか、モンスター部屋とか――――」


「――――いんです。」


 ん? アネモネさんなんか言った?


「ごめん、よく聴こえなかった――――」


「汚いんです! 服も! 髪も! 血塗れで!! ゴワゴワにへばりついてしまって、挙句乾いてこびりついてしまって汚いんです!! ですから設備の拡張方法をお教えしますので、早くお風呂に入って下さい!!!」


 ヤバい。これマジで怒ってるかも……!?


「わ、分かったから。悪かったって! だから怒らないでくれって!?」


 俺より頭ひとつ分ほど下から上目遣いで睨まれる。


「入浴して下さいますか?!」


 そんな腰に手を当てて頬っぺたまで膨らませないでよ!

 うん、可愛いな。


「にゅ う よ く し て く だ さ い!!」


 いかん、二本指を此方に向けたあの構えは!


 目潰しピースだ!?


「あぎゃああぁぁぁっ!!? 眼が!! 眼があぁぁーーッ!!?」


 石床遊泳、アゲイン。


 あれか! 【真日さんお仕置機能】か!?

 まさか可愛いって思うことも疚しい判定なのおぉぉ??!!


 身の危険を感じて【鑑定】ですかさずHPを確認……残り3だとぉーッ?!



 閑話休題そんなこんなで



「先ずは、ダンジョンコアにマスター登録をして下さい。」


 アネモネ先生の指導で風呂場を作ることになりました。

 えっと……ダンジョンコアってどれ?どこ?


「最初期のダンジョンコアは、玉座の上です。あの宝珠オーブがそうですね。」


 玉座の間最奥に位置する立派な玉座。

 なるほど。確かに座面に水晶玉みたいな丸い宝珠オーブが置いてあるな。


「えっと、登録って、どうすればいいのかな?」


 アネモネに訊ねると、スッと差し出されるひと振りのナイフ。


「えぇーっと? アネモネさん……??」


 俺困惑です。ドン引きです。


「コアへの本登録を行います。そのナイフで、血液が浮かぶ程度で良いので左手の薬指の腹を傷付けて下さい。そのままコアに左手を置けば登録できます。」


 え! 手を切るの!? ヤダよ痛いじゃん!?


「いやほら血だったらさ、この身体中にこびり付いた夥しい血で大丈夫じゃないかなぁ〜って……」


 流石に現代っ子に、指を自分で切るという行為はハードルが高いのでは……


「ノン。その血液は前世の人間であった頃のマスターの物です。そもそも乾いて劣化しています。現在の、今生のアークデーモンであるマスターの新鮮な血液でないと駄目なのです。


 なのでさあ、早くナイフで指を切って下さい。恐ろしくてどうしても出来ないのであれば、私が切って差し上げますが……」


 いやLv50のアネモネにLv1の俺がナイフで切られたら死んじゃうよ!!??

 俺の残りHPあと3なんだからねっ?!


「分かったよぉ〜。やるよぉ〜。」


 くっ! 腹を括るしかないかっ!

 男は度胸! 女は愛嬌! 絶叫しない程度にぷすっとな。


 左手の薬指の腹に血の球が膨らむ。


 まあ、ピンヒールや目潰しピースに較べればどうってことない痛みでしたよね、はい。

 こんなもんでいい? と振り返ると首肯で応えるアネモネさん。


「どうでもいいけど、なんで左手の薬指なの? 結婚なの?」


 ふと気になった事がが口に出る。

 前世では終ぞ出番の無かった俺の左手の薬指ちゃん……キズ物になってしまって……うぅっ。


「諸説有りますが、有力な説が地球での結婚の仕来りに確かに類似しています。曰く、左手の薬指は心臓まで一直線に結ぶ筋道。ダンジョンコアとマスターの関係は一蓮托生。お互いの心臓同士を結ぶのだ、と。


 死が二人を分つまで、という事ですね。さあ、血液が乾いてしまう前に登録して下さい。」


 何時の間にか隣に控えていたアネモネが教えてくれる。


 なるほどね。

 俺の心臓はダンジョンコアの心臓で、お互いが生きるために持ちつ持たれつな恋女房って訳か。


 コアに触れる。


 んー何も起きないなぁ、と思った瞬間溢れ出す光の奔流。


 俺は呆気なく飲み込まれ――――




 ◇




 暗闇。

 何も見えない真っ暗な空間に俺は立っている。


 此処は一体……?


『ダンジョンコアの内部です。異世界より転生されしマスター。』


 俺の思考に答えるように、やけに機械じみた平坦な口調の声が頭に響く。


 あのメロン程度の大きさのコアの中に入ったって?


『いいえ。正確には、マスターの精神体のみを内部に招きました。マスターの肉体は、現在はコアの正面でホムンクルスのメイド――個体名アネモネに保護されています。膝枕で。』


 な、なんだってえぇぇーーーッッ!!??

 おいこら戻せよ! 今すぐ戻せったら!!


『未だ本登録は終了していません。つまり、マスターは未だ正式なマスターではありません。よって、その命令は受け入れられません。』


 なんだよそれ!? ああもうこんな所でチンタラしてる場合じゃないってのにぃ!!

 分かったよ! さっさと本登録しろよ!

 そんですぐに向こうに俺を戻せ!!


『本登録の意志を確認。これより登録行程へと移行します。』


 突然暗闇が裂けた。

 そして今度は、いつかの幼女かみさまとくっちゃべってたあの空間のように、辺り一面が真っ白になる。


『確認事項です。汝【アークデーモン、個体名マナカ・リクゴウ】は、私【第1986番ダンジョンコア、個体名マナエルウ】と血の契約を交わし、これより先の生涯を、運命を共にすることを此処に誓いますか?』


 なんか本当に結婚みたいなんだな。アネモネさんさっきの説どうやら当たりみたいだよ。


 んで? 今更確認だ?

 あんま舐めないでくれるかなぁ。


 こちとら魔族に転生までしてダンマスしにこの世界に来てるんだよ?

 俺の新しい魔族生のためにも。憧れが現実となった異世界を楽しむためにも。何より――――


 優柔不断で八方美人な、とんだヘマをやらかしておっ死んだ、俺みたいな人間の本質を。

 尊いと。認めて、微笑んでわらってくれた神様あいつに。

 飛び切りの土産話とあれこれの恨みをこれでもかと届けてやるために。


「誓うさ。当たり前だろ。俺がお前を護ってやる。だから、お前は俺をマスターにしてくれ。お前のダンジョンの総てを、俺に預けてくれ!!」


 白い空間が明滅する。

 それは震えるように、まるで心臓の鼓動のように。


『宣誓を確認……承認しました。声紋並びに魂の魄動登録……登録完了。ダンジョンの覚醒を開始……覚醒成功。本登録完了しました。これより第1986番ダンジョンコア、個体名マナエルウはマスターの権限を最上位とし、存在を確立します。これからよろしくお願いします、マスターマナカ。』


 頭の中に響くダンジョンコアの声。

 どうやら無事本登録とやらは終わったようだ。


「おう、よろしく。マナエルウって、なんかマナカに似てるし、兄妹みたいだな! よし! これからお前のこと【】って気軽に呼ぶから、そっちもよろしくな〜。」


『!!!!!!』


 これでようやくアネモネさんの膝枕のもとへ……ってなんだよ?

 頭の中に吃驚やら驚愕やらの感覚をこれでもかって送るなよ!


『特殊緊急事態発生。マスターよりダンジョンコアへのを確認。ダンジョンコアの自我の生成を開始します。緊急事態につき、マスターの精神体をコア内部よりパージ。生成中は特殊事例特典配布後、24時間のスリープモードへと移行――――』


「は? え? なに?! なになになにぃーーーーーッッ???!!!」


 空間が軋む。歪む。

 白と黒が混じり、弾け、明滅する。


 鼓動が聴こえた気がした。

 それきり、俺の視界も意識もまた暗闇になって溶けていった――――




 ◇




「――――スター! 聴こえますか?! マスター!!」


 身体が揺さぶられる。肩に触れる柔らかい手の感触。額に触れ、流れる柔らかなサラサラの髪の感触。


 意識が浮上し、眼を開く――――


「マスター! 良かった、無事戻られたんですね!?」


 目の前には眉根を寄せて、目尻に涙を溜めた美しい女性の顔。


「うぅ……ん……? あー……アネモネさん?」


 状況が咄嗟には理解出来ない。


 俺の身体は……動くね。横たわってるけど。

 アネモネさんは……逆さま? なんで?


 …………はっ! これはそうだよ!!

 【膝枕】だぁーーっ!!

 しかも横じゃなくて縦バージョンだっ!!!


「良かった……お守りできなかったかと……お亡くなりになってしまったかと…………!」


 ポツリ、と俺の頬を液体が濡らす。

 それは一滴だけでなく、続けてポロポロと……


 え?! 泣いてるの??!!

 ちょっとなんで!!??


「あああアアアネモネさん??!! なんで!? どうして泣くのさ??!!」


 やべぇ膝枕を楽しんでる場合じゃねぇ!?

 慌てて身体を起こして、アネモネに向き直って両肩を掴む。


 なんか柔らかい素敵なモノが額にポヨンッて当たった気がしたけどそれどころじゃねえ!!

 後で後悔しそうだけど!!


「どうしたんだよ?! 俺が登録でコアの中に行ってる間に何かあったのか?! 大丈夫なのっ??!!」


 俯いたアネモネの顔を上げさせるために、痛くないよう気をつけながら肩を揺する。


「何があったんだよ!? 何か大変な事があったんだろ?!」


 そして何度目かの呼び掛けに、アネモネは突然キッと顔を上げて。

 涙を流す目で睨みながら。


「有りましたよ!! マスターが中に行かれてから暫くしたら、いきなりダンジョンが揺れだして!! 心臓の鼓動のような音も聴こえてきて!! 玉座の後ろの壁にいきなり扉が出来て!!! なのにマスターは起きなかったんです!! 目覚めてくれなかったんです!!! 呼んでも! 揺すってもっ!!」


 ポロポロ流れる涙に濡れて、彼女のサラサラの髪が頬に張り付く。

 冷静沈着なこの女性は、そんな面影など感じさせない程に嗚咽を漏らし喚き続ける。


 だから思わず。


「わぅっ??!!」


 思わず俺は、アネモネを胸に抱きしめ、その頭を優しく撫でて背中もポンポンした。

 そして彼女が驚きのあまり嗚咽も喚きも停めたのを確認して。


「悪かったよ。心配掛けてごめんな。でも、大丈夫だから。俺は何ともないよ。本登録だって無事にできたよ。なんかコアが緊急事態だの特殊事例だの言ってたけど、大丈夫だよ。ちゃんと目覚めたよね? ほら、大丈夫だって。」


 背中をポンポンしながら、ゆっくり語り掛ける。


 なんだか子供をあやしてるみたいで気が引けるし恥ずかしいけど、俺のせいで泣くほど心配してたんだからな。


「ぐすっ……本当に、大丈夫なんですか……?」


 胸の中で上目遣いの目がこちらを向く。

 あーあ、充血しちゃってるよ。


 親指の腹でそっと涙を拭ってやりながら。


「ああ。大丈夫だよ。身体だって、さっきまでに減ったHP以外は何ともないさ。だからさ、もう泣かないでよ。」


 ゆっくりと立ち上がり、彼女も一緒に立ち上がらせ、そっと身体を離す。

 そしてこちらを心配そうに観る彼女に、無事な俺を見せる。


「なっ?大丈夫だよ。」


 くるりと回って見せる。笑顔を見せる。


「……はい。安心、しました。」


 そう言って彼女は、ほんのりと笑顔を浮かべてくれた。

 木漏れ日のように微かにだけれど、それはとても美しい笑顔だった。



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