【現代ドラマ】感情をなくしたおっさん

 放課後に公園に遊びに行くといつもベンチに座ってボーっと遠くを見つめている頬が痩せこけたサラリーマン姿のおっちゃんがいた。

 俺はそんなおっちゃんにどこかカッコ良さを感じていた。あんな大人になりたいと。おっちゃんいつも無表情で渋い顔をしててカッコいいな。

 俺はある日、おっちゃんに意を決して話しかけてみることにした。そう、この日から俺の運命の歯車が狂った。


「なぁおっちゃんおっちゃん!俺も早くおっちゃんみたいな大人になりたい!」

「大人になるっていうのは心が死んでいくことなんだよ坊主。おじさんは心が完全に壊れちゃったんだ。君はおじさんみたいな大人になっちゃダメだよ。」

「やだ!俺もおっちゃんみたいになるんだ!絶対になってやる!」

「どうしてもおじさんみたいになりたいのかい?」

「うん!」

「そうか、最後の話し相手が坊主で良かったよ。次は君の番だよ」

「やったー!」


――――よくわかんねぇけどおっちゃんカッケェーな!早く俺も心が死にてぇー! 



 この時の自分はおっちゃんの気持ちも分からずに苦労しているおっちゃんをただただカッコ良く想っていただけだった。

 だがその日最後に会って以来、いつも公園にいたおっちゃんは俺の前に姿を現さなくなった。おっちゃん元気かな?


 そしてあれから年月が経ち俺も年を取り、おっちゃんぐらいの年になった。社会という名の荒波に揉まれて色々と辛く苦しい経験をして少しずつ心が擦り減っていった。

 そしてとうとう自分も心が完全に死んだ。いざ心が死ぬと何も感動しなくなる。嬉しく思うこともないし。何をやっても楽しくない。

 俺が生きる意味ってなんなんだろう?そんなことを考え始めたらいよいよもうおしまいだ。


 本当は心の底から昔みたいに笑いたいと思っている。けど、もう昔みたいには笑えないんだ。

 あーあ、あの心が豊かだった子供の頃に戻りたい… あの頃は毎日笑ってたよな。今ならあの時のおっちゃんの気持ちが痛いほど分かる。

 そんなことを考えていると俺は昔よく遊んだ公園に行っていた。ここに行けば何かを取り戻せそうな気がしたからだ。

 俺は公園で元気に遊ぶ子どもにも気付くことなく遠くをボケーッと見ていた。このまま俺の人生は終わっていくんだな。


 疲れて痩せ細った俺を尊敬の眼差しで見てくる坊主がいた。俺はその子どもに自分の子ども時代を映し出していた。

 あの子どもはあの頃の俺とそっくりだった。俺も昔はあーやって疲れ果てたおっちゃんを見ていたっけな。

 子どもは今にも俺に勇気を振り絞って話してきそうだった。そして話しかけてきたのだった。


「あの!」

「こっちの世界へ来るんじゃねぇー坊主!」

「うわあああああん!!!!!!!!」

 俺は咄嗟に子どもに激しく怒鳴り散らした。俺自身なんでこうしたのか分からなかった。でもこれでいい気がした。

 坊主は俺に怒鳴られて泣いて帰った。俺は坊主が泣いて帰る姿を姿が見えなくなるまで見ていた。


 坊主、お前は俺のような人間になるんじゃないぞ。坊主、お前は苦しむために生まれたんじゃないんだ。

 お前は幸せになるために生まれたんだぞ。俺の分まで幸福な人生を送ってくれよ。

 さて、俺はもうそろそろ楽になろうかな。なぁ、おっちゃん。

 最後の瞬間だけは笑えた気がした。悲しみの連鎖は断ち切られた。

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