第60話 あなたはいない

暗がりの中を歩いていく


耳をすませても

足音は私だけのもの

今はひとつひとつきり

ゆっくりと踏みしめる石畳

うつろにかつりかつりと音を鳴らして


握りしめたカンテラの

歩みにあわせて揺れる明かりも

今はひとつひとつきり

ゆっくりと進んでいく

ぽつりとひとつ足元を照らしながら


あの時のように

吹く風が全てを撫でていくように

ふわりと私の髪を揺らして

さやさやと草木を揺らして……


同じようだけれど同じじゃない

違っているのは

隣にあなたはいないこと──


目をあげると

夜の空には月が青白く強く光る

遠く星達は煌めき

あの時のような満月の夜


足を止めてカンテラをおいて

見つめる目の前の湖面

想い出の場所


ふたりで見にきた時のように

暗い湖は満月の輝く光を受けて

風が波紋を奏でて

揺らめく湖の月光がまるで呼ぶように

長く伸びて


──この光の道を

歩いていければ

あなたの元に

たどりつけるのかな?


途切れ途切れの囁きに答える声はない


そっと抱きしめてくれた

あのぬくもりはもう今はない


あなたはいない

どこを見ても

あなたはいない

どうしていないの

ねぇ……どうして……

会いたいの

抱きしめて欲しいのに……


繰り返し繰り返し思う想いがこだまして

わかっていることなのに 

それでも心は止めることが出来なくて

あふれそうになっていた涙がこぼれ落ちる


ふわりと髪が揺れる

さやさやと樹々が音をたてる

撫でていくような風がただ吹き抜けていた

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よせあつめ 古部 鈴 @le_cre

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