スタンディング・アローン
第167話 再起
「軍事衛星がサイバー攻撃を受け、世界各地で核爆発のデータが観測。
「手の込んだデマ」発言に物議沸騰」
キーラは、ヴィズに言い聞かせるようにDC・ビジネス誌の見出しを音読すると、続いてイングランド・タイムズ誌を手に取った。
「ニューヨーク、ボストン、ロサンゼルスにて、デモが暴徒化。イギリス、フランスなどのデモ活動と関連か……」
それら誌面を、寝たふりを決め込んでいたヴィズの上へと積みかせていく。
「うーーん。世界が崩壊している感じですね。東南アジアや南アフリカでも怪し動きが騒がれてます」
「お前なぁ、私は重傷者だぞ」と擬装を見破られたヴィズは、苛立たしげに紙面を引っ掴み、隣で眠る青烏に投げつけようと振りかぶる。
が、放られた雑誌群は、パラシュートのように風を受けてヴィズ側へと舞い戻った。
「クソが!」
気恥ずかしさと不条理への怒りから吐いた暴言がかえって羞恥心を煽る。
「そんな暴れると傷が開きますよ」
そんなキーラの一言がさらに羞恥心のギアを上げさせた。
「あぁ。タバコが吸いたい…………ダメならいっそ、撃ち殺してくれ」
作戦完了と共に戦闘地域を離脱した一向は、そのまま同国内で唯一の病院へと運ばれて、ヴィズと青烏はそこで回復の為の処置を受けていたのだ。
ヴィズは輸血と傷の再検査を受けての検査入院となり、青烏に至っては手術が必要だった。
「ほら。言っちゃ悪いですけど、こんな土地で医療行為を受けられるってすごい恵まれた事だと思いません?」
と、キーラが下手な気遣いをみせる。
確かに、普通ならこの土地の医療技術は、先進国の四半世紀は遅れており、医療行為として祈祷が当たり前の地域すら残っているような状態だったが、ヴィズたちが担ぎ込まれたのは国境無き医師団の診療キャンプなのだ。
そこにはこの大陸トップクラスの医療機器に、その技術に長けた精鋭を備え、加えて患者2人を無理矢理入院させる程度は造作もないほどルーリナの友人の息がかかっている。
しかし、その奇跡にヴィズか感銘するかは別問題。
「今の私を見てみろ。本当に入院が必要だと思うか? ここの連中はやっと手に入った金づるを2度手放さないかもしれんぞ」
ヴィズの駄々にキーラは、猛犬を獣医に診せる苦労を知った顔で頷いた。
「少し落ち着いて考えて欲しいのですが、NGO法人の医療施設とローレンシアさんならどっちの方が信頼できますか?」
「時と場合による」
「時も場合も今この状況ですよ」
「………………」
ヴィズの気勢が削げたと見たのか、キーラは意気揚々と“可愛い矛盾”を指摘し始めた。
「それに看護師さんから聞きましたよ。ヴィズさんは、寛容な患者さんなので、いつまでいてくれても困らないってね。
………今の態度とは齟齬が生じてしまいますけどねー」
沈黙の金で買収するようにキーラを睨む。
それに対し、袖の下など見ないフリ、吸血鬼の顔は勝ち気に満ちている。
「おまえ、何が言いたい?」
「ヴィズさんは、早く退院したく必死なんだなーって。
私には早くここから出させろって態度をとっていながら、施設の人は素直なんでしょう?」
「早く出たくてしかたないよ。ここじゃ酒もタバコも無い。その上でジンみたいな匂いがして、ジンが呑みたくなる」
「素直になりましたね」
「うるさい」と会話を切り上げ、枕で顔を覆った。
「ねぇ。2人とも静かにしてくれない?」
病室ではお静かに。と言いたげに青烏がめを覚ました。
「あ、アオさん。傷の具合はどうですか?」
「最悪よ」
青烏が起きると、ヴィズは背を向けるように寝返りをうつ。
「キーラ。私の隣人は安らかな眠りにつこうとしているんだ。そっとしてやれ」
「縁起でも無い事言わないでくださいよ。それともアレですが、ヴィズさんも優しくして欲しいんですか??」
「その程度を優しさと勘定する奴の優しいさなんか品薄過ぎるて受け取るものか」
「キーラ。分からず屋はそっとしておてよ。それより、ルーは?」
「ルーリナさん、ローレンシアさん、シエーラさん共に一緒に来たのですが、なんか偉い人と話しに言ってます。
それも踏まえて………アオさんも起きたところで、本題に入っていいですか?」
体を起こしたヴィズは、嫌そうに片目を瞑る。
「つまり、にわかに信じ難い事だが、まだ帰らないって事だな?」
それをたしなめるように、青烏は手でOKサインを作った。
「キーラちゃん。時間は有効に使いましょう」
「では、さっそく、これからどうするか、という話です」
未来の話について、青烏は事前のメモでも読むように即答。
「狗井と私はニューヨークかロンドンに渡るつもり、IT関係の技術が役に立つからね。
最初はタダ働きになるだろうけど、キーラにもついてきてもらいたい」
ルーリナとの契約が満了するのは青烏も同じだ。計画性と将来性という観点で言えば、青烏は有望株で、将来的な安定を求めるなら彼女について行けば間違いない。
「夢のようなオファーですね……」
「ヴィズさんは、何か予定がありますか?」
ヴィズの答えは、即答でてきとうだった。
「ここを抜け出して、酒場に行く。後は野となれ山となれだ」
ヴィズは、結局何も考えていなかった。
それこそアフリカ大陸の広大な土地を西部劇の流れ者よろしく、流浪の旅をするのも悪くないとすら夢を見る程度に。
「私が何か力になれるかもしれません」
キーラの提案は、ほとんど決定事項の確認のようなニュアンスを含んでいたが、ヴィズは敢えて断る。
「いや、お前は青烏と一緒に行くべきだ。その方がお前の才能は活かせるし、私にみたいな枯れた奴といると人生を無駄にするだけだ」
「どうでしょうね。私もかなり……落ちるところまで落ちてる気がするのですが……」
「お前はまだ若い。いくらでもやり直せる。私やルーリナなんかと一緒にいなくていいんだ」
「でも、私は無理矢理でもヴィズさんについて行きますよ。考えがあるんで」
ヴィズの断言とキーラの咄嗟の抵抗に出る僅かな沈黙の間に、病室の扉が開いた。
「あ、2人共元気そうでなにより」
ルーリナがローレンシアと壮年のアフリカ人、“族長”という言葉を彷彿させる白髪と髭を蓄えた男を連れて現れたのだ。
「えー、皆さん、この若造が“ルジェレク将軍”。この国の独裁者で、私のわがままを押し付けられる可哀想な人だ」
親愛を含んだ紹介を受け、将軍の苦労で刻まれたような深い皺の中から子供のような純粋な笑みを浮かびあがる。
「はい。私が今しがた紹介された、ルーリナ様からあなた方と同じ扱いをされている、ルジェレクです」
会釈する青烏とキーラ。普通なら口を挟まずにいられないタチのローレンシアは、珍しく物静かな少女の顔のままだった。
「まず、ヴィズ。退院おめでとう」
「は?」
「キーラちゃん?」
「…………まだ告げてませんでした。話す事が山積みで」
「という事よ。ヴィズ。貴女の生命力と、ローレンシアのごく微細な尽力によって貴女は神話の英雄のような回復をしてみせて、今の貴女はそのベッドの不法占拠者になりつつある」
「それは喜んでいいのか?」
「素直に喜んだら?」
ルーリナは喜べというが、ヴィズは良いこととは思えない。なぜなら……。
「喜ぶのを後にして、私とは全く関係ない事で、あくまで知的好奇心で訊ねるのだが、この国は不法入国者への対処と国際的な犯罪者の取り扱い方針を知りたいな」
わざわざ前置きの形で、よろしくない自己紹介を済ますヴィズ。
その質問に答えたのはこの国の長だった。
「この国治安はあまり良くありません。特に不法入国者はほぼイコールでより凶悪な犯罪者である事がほとんどです。ですから、対処も相応に厳しくしています。
国際的な犯罪者につきましては、所謂“犯罪者引き渡し条例”はどこの国とも結んでおりませんので、この国で犯罪を犯さない限りはあくまで一般人として扱います」
清濁併せ持つ知識人の言葉を受け止めつつ。ヴィズは目を逸らした
「なるほど、その話とは全く関係ないが、私の容態はすごく悪化したような気がする。精密な検査を受けたいから退院は先延ばしにしてくれ」
「ヴィズ。子供じゃないのだから駄々を捏ねないの」
「死活問題だ」
最後の砦として布団にくるまヴィズ。
彼女の耳に薄いブランケットの上から降り注ぐ声は困惑の色をしていた。
「ルーリナ様。例の件は私から伝えるべきでは無いように思います。彼女には何を言っても裏があると思われてしまいそうです」
「そうね。じゃあ、即物的にいきましょう」
そう言ってヴィズに見えるように酒瓶を置くルーリナ。
「まず、ルジェレク将軍からの退院祝いよ」
「………ジョニ黒じゃないか………将軍を誤解していたようだ」
「ルジェレク。普段の彼女はここまで単能ではないからね。たぶん、麻酔の影響が残っているのだと思う」
「分かりますよ。私の若い頃の仲間を思い出します」
ウィスキーに釣られたヴィズは、あっという間に会話に参加せざるを得ない空気に飲まれ、ウィスキーがあるからその雰囲気を耐え凌ぐ。
「さて、ヴィズ。もうひとつ話があるの。それは将軍から直接聞いて」
話題を振られ、困惑しつつも行動力を発揮する高官に、ヴィズも背筋を伸ばして応えた。
「ヴィズ・パールフレアさん。ルーリナさんから貴女の事を聞き及び、貴女には、是非この国の動物管理官としての職をオファーしようと思います」
「動物管理官?」
聞いた事ない職種名に、周りのメンバーを見回すが、誰1人その職種を知っている者はいないようで、ルジェレクが語るに任せるしかない。
「この国の東部には世界でも有数の広大な自然保護区があるのですが、貴女にはそこの動物や環境の保護と管理をお願いしたい所存です」
ベットに胡座をかき、話を理解しようとしている事は示す。
「………サバンナの草とりとハイエナでも撃てばいいのか?」
「自然の保護や動物の個体管理も仕事ですが、私たちが頭を悩ませているのは密猟者です」
「まぁ、私は動物なら4本脚でも2本足でも狩るのは得意だ」
「こちら側からも補助の者は付けますし、国の職員として雇い、パーカレンジャー用のロッジの占有を認めます」
政府の下請けで、少なくとも住居はつくらしい。直感的には悪くない提案だ。しかし、都合の良い話には裏があるのが常だ。
「ロッジが本物ならな」
「自然保護区内の湖の辺りにある、古い邸宅兼要塞を改築した建物で、電気等のインフラ設備は脆弱ながら通っており、食糧庫と発電機、浄水器も備えています」
ヴィズの目は、嘘を見抜こうとルジェレクの目を凝視。深淵に似た黒い目の奥底から返ってくるのは、不気味なほど正直な眼差し。 かえってヴィズの方が圧倒されるような誠意が返ってきた。
「つまり………私は、公務員として雇われつつ、衣食住が完備された施設でアニマルセラピーを受けて良いと?」
「動物と関わる事が苦痛でなければ、アニマルセラピーと呼べるでしょう」
正真正銘の都合の良い話。きっかけがあったとすればルーリナのコネクションだろう。
疑り深いヴィズですら、この提案を蹴る方が馬鹿だと思えていた。
「のった」
「では」とルジェレクは秘書に契約書を発行させる。
「悪どい真似はしたくないので、この契約書は良く読んでください」
ぱっと出された書類にはごまんと文字が並んでいた…………が。
「分かってる。で、サインはどこにすればいいんだ?」
ヴィズはそんな物には目を通さず、欄外に承諾を示すサインを記す。
ヴィズに都合の悪い書類を書かせたい者なら大喜びの対応だろう。しかし、ルジェレクは難色を示す。
「パールフレアさん………、どうか、書面の一読をお願い——」
人の形をした善意の塊の言葉を遮り、話題を無理矢理締めくくる。
「時は金なり。私の書面に二言はない。素直に喜ぶんだな、新しいボス」
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