第165話 剣撃
「菅野…………本当にお前なんだな」
幽鬼のように淡く重苦しい気配を纏ったサイボーグは、間違いなくヨーロッパで粉々に吹き飛んだ菅野・椿その人。
「幽霊でも見たような顔だな。安心しろ。ちゃんと実体を持ってお前を殺しに来てやった」
以前にまして鋭い太刀筋に加え、飄々とした態度を身につけた椿は、休話閑題と刀で空を斬り、刀身の血化粧を振り払う。
「なら、今度は破魔矢で仕留めてみるかな」
狗井が刀を抜く。ヨーロッパで椿から奪い取った壊れた周波ブレードだ。
「次はなくていいでしょう———!!」
初撃は椿の斬撃。
相手が避けるのを見込んだ刺突で懐に飛び込み、逆刃で切り上げる。
燕返しで狗井の顔を狙ったのだ。
狗井は凶刃を刃で防ぎ、流動的に斬り結ぶ。建物全体を震わすように金属同士の共振がこだまする。
互いの刃が滑りあい鍔迫り合いで落ち着く。
その刹那の停滞を突いたのは狗井。
淀んだ流れをチャンスに、前蹴りを放ち、椿を吹き飛ばしてみせた。
その威力を物語るのは、叩きつけられた椿に合わせて生じた壁へのクレーター。
さらに、壁にへばりついた椿は向け、追撃を狙った狗井が砂埃を突き破る。
「今度こそ終わらせてやる」
剣先は大気の壁すら破りながら椿を目指す。
が、サイボーグ同士の剣筋の読み合いとなると、当たり前のように曲芸が披露され、狗井の刺突は、椿の刀の腹で受け止め切られた。
「さて、こっちの番だ」
力が刃先に一点に集約していた刺突は簡単に逸らされ、いなされた体に神速の斬撃が走る。
斬撃は逆袈裟に狗井の胸に迫り、左下からの掬い上げるようなに胸に深い切創と片耳が削げ落ちた。
負傷はダメージとして蓄積されるが、彼女たちはサイボーグ同士故に戦況に変化はない。
四肢と中枢機器、このどちらに致命傷を与えない限り2人は止まらないのだ。
「惜しかった」
「まぐれ当たりだ」
戦局は一巡。
互いの間合いより僅かに外側に陣取った2人は、必然的に睨み合いを繰り返す。
お互いに一撃必殺を狙い、まったく同じ隙を狙っているのだ。
「最高の殺し合いだ。このデータが取れれば、さぞ鵺が喜ぶだろうな」
「データなんか無駄だ。今度こそアンタを殺す…………」
「お前には無理だ。2つの意味でね」
「2つになるのはお前の頭だ———……」
手の内の探り合いの最中。
ギュオォーーーン!
2人の周りを重い金属の動く音が包んだ。
「「!?」」
ドーム上の屋根に沿うように第二の屋根が建物を覆い始めたのだ。
2人の意識が同時に逸れ。互いにその隙を見抜いた。
先手は椿。得意とする刺突で、正確無比に狗井の胸中央を貫き、主要臓器だらけの部位を穿った刃は背まで達した。
「串刺し。貴女はまた実力と速度で負けたわね」
しかし、急所への一撃受けた狗井の身体は、脱力とは真逆の反応を示す。
「肉を切らせて骨を断つ。生憎そこにはもう何もないんだ」
狗井は振り上げた刀を椿の頭へと振り落とした。
「なっ!?!?」
それが椿の辞世の句。
振り下ろされた刃と単純な圧力の相乗効果が、椿の頭頂から腰までを切り裂き、体は花弁のように開く。
彼女の意思を宿した神経ファイバーがスパークの彼岸花を煌めかせた。
「私たちの体は半分以上が機械だ。だから、サイボーグと戦う時は殺そうとするんじゃなくて、
そう吐き捨て、自らの胸から刀を引き抜く。
「それに………あんたは私を、人として買い被り過ぎてんだよ」
この2人の勝敗を分けたのは、技術力の差。
実力で言えば椿の方が格上であり、さらにサイボーグ化に伴って剣術を卓越させていた。
しかし、彼女はあくまで人殺しの腕に磨きをかけたに過ぎず、それがかえってサイボーグである狗井との戦闘には致命的なミスに繋がったのだ。
————————————————————
ドサリと椿の膝が折れる。
ガサリ。
残心を解いた狗井の背後で気配が動いた。
「———!?」
物音に反応して、抜き取った刀を音の発生源に投げつける
「ひぃっ!? い、い、狗井さん! 私です」
刃のすぐ鼻先にキーラの顔があった。
「キーラか……感心するタイミングだな」
驚いて尻餅をついたキーラを冷ややかに見下ろしつつ、刀を肘に走らせて付着したライバルの人工血液を拭う。
「アジの開きにするところだったぞ」と刀を鞘に戻した。
片手でキーラを起こしつつ、彼女がなぜ戻ってきたのかを尋ねる。
「で、アオは?」
「治療中です。助かるそうですよ」
言葉とは裏腹に、キーラの表情には影が差し、そこから狗井が感じ取れるのは吊り合う程度の不安と安堵。
「アオは図太いからな。助けなかったらあのエルフ女も撫で斬りだ」
キーラは笑みを作る。未発達な表情筋を一生懸命動かしているような、ぎこちない頬の緩みだが、彼女にとってそれが笑みなのだ。
「…………ところで、狗井さん。この人ってどのタイミングで斬りました?」
「タイミング?」
狗井はふっと日頃思っている事を思い出した。
青烏しかり、キーラしかりパソコンを弄る連中は、意味の分からないタイミングで意味の分からない事を言う。
狗井が胸の内で「何言ってんだお前」と呟くと、キーラは笑みと困惑が混じった奇妙な顔を作る。
「えっと、私が遮蔽用シャッターを閉めてすごい音がしたと思うんですけど………」
「あぁ。あの音から糸口は生まれたな。あの音の数秒後だろう」
その文言で切り口に、キーラは意味深に頷く。
「なるほど。なるほど。では、この人は完全に死にましたね」
「は?」
「この人。身体が破壊されると別の身体に乗り移れるんですよ。
狗井さんが身体を移した方法のデジタル版ですね」
幽霊の正体見たり……と得心する狗井。
「それでロケットランチャーで吹き飛ばしたはずの奴と再戦するハメになったのか」
「そうです。それにアオさんが気がついて、何を思ったのか“around the world”と言い出したんです」
「アオが好きな曲だな」
「あの曲の布教をされていましたからね。
あの独特の単調なリズム。それで分かったんです。アオさんが言いたいのは“周波数”の事なんだって。
だから、この施設の電波遮蔽シャッターを閉めて、この人の電気的退路を完全に絶ったというわけです」
キーラの説明を聞きながら狗井は、青烏がやたら唱える“水平思考”とはこの事だろうと気がついた。
この2人のコンピューター・オタクは、大半の人間には理解できない理論で思考を飛躍させるのだ。
「化け物を退治して、その魂を封じた。というワケだ」
「本当にそうですね。現代では科学と魔法の区別はもうありませんからね」
ふぅ、と肩の荷を下ろした狗井。
そのまま膝から崩れ落ちた。
「い、狗井さん!?」
「身体は問題ない」
「システムですか?!」
「いや。精神。いろいろありすぎて少し疲れた………」
今までなら感じなかった心労を覚えた狗井。
人工物のはずの身体に、ひどい脱力感を感じ、緊張の糸が切れた感覚を思い出した。
そんな狗井に、やれやれと肩をすくめるキーラ。
「………そこで待っててください。私はちょいっと世界をぶっ壊してきますので」
一目で分かる“空元気”しかし、そんなふうに振る舞える分、今はキーラの方が強かった。
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