第138話 残留物
ヴィズたちは地下壕へと進んだ。日光は届かないものの空気は存在し、放射能や有毒ガスの危険がない事はルーリナの献身が証明している。
淡い緑色のケミカルライトを頼りに、探検家よろしく地中を進む。
経年劣化を見せる地下壕は、ところどころ地下水が染み出しており、核戦争に備えた壁も時代を経ていくつものヒビを走らせていた。
3人が合流したのは、通路が崩れてできた作為的な行き止まりだった。
「……爆弾を貯蔵してあった倉庫への通路が崩落してそのまま放置されたってとこかな?」
足でコンクリートの山の普遍性を確かめつつ、ローレンシアがそう断を下す。
一方でヴィズの観点は崩落した天井に向けられた。
「いや……。崩落するように爆破されてる。少なくとも爆発物に精通した奴の仕業だな」
天井から覗くのは、破壊というよりも破断させられた鉄筋と爆薬を埋め込んだと思われるドリル穴、起爆に使われたであろう銅線の残骸。
ヴィズの視線を追ったルーリナが、最終的な結論を述べた。
「たぶん、破棄したんだね。当時の事情を鑑みると、核兵器を持ち出すよりも隠し通そうとした可能性が高いんじゃない?」
「吐き捨てるほど核兵器があったて事だな。イカれた時代だ」
「そうね。イカれてる。
でも、イカれてるなりに冷静な判断を下したのでしょう。
1960年代中盤に核砲弾を積んだソ連国籍の船が米国海軍に拿捕されるなんて最悪の事態だろうから」
「60年代。キューバ危機か……まだガキだったからよく覚えてないな」
「概要は知ってるけどいまいち意味が分からない。なんでキューバが核兵器を持つと世界大戦が起こりそうになったの?」
「当時、ロシアのミサイルは能力的にはアメリカ本土を攻撃できないとされていた。
ところが、キューバにミサイルを設置されると、アメリカ全土が核攻撃な射程範囲に入ってしまう。
その情報が錯綜しアメリカ人は核兵器が自分達に向けて使われる可能性にパニックを起こしたんだ。
核兵器の盲信が産んだ一種の集団ヒステリーだよ」
瓦礫の除去に取り掛かるルーリナ。朧気な薬品の発光だけで完全な闇の中でも両手を使えるのは彼女が吸血鬼故だ。
「ふーん。でも、せっかく敵を滅ぼす力がここにあったのなら、さっさと使えばよかったのに」
「使ったら意味がないのよ。
弾頭、燃料、発射装置は完璧に設置するけど、発射ボタンを押そうとする人間は誰もいない。それが当時の世界平和を担う仕組みだったの」
「ふーーん」
「力は使ってこそと考える貴女には理解できないでしょうね」
「まぁ、確かに。もし私がそんな強力な武器を手に入れたら確実に使う。
既存の世界のカタチがぶっ壊れたらなんて、想像を絶するほど楽しそうだからね」
「今の段階でも、貴女レベルの狂人が核兵器を手に入れる事は出来ない。それはまだ世界がまともな証拠とも言えるわね」
「………え、今目の前にあるじゃん?」
「そうゆう事。核兵器が私や貴女ごときでも手に入るようになってしまった」
瓦礫の除去に伴って崩れる小石が反響する音は迫り来る足音に似ていた。
この施設そのものに残留思念があれば、全力で3人を止めようとしているのだろう。
「ふーーーん。なるほど!
女3人よれば姦しいと言うが、私たちは世界の縮図のようにすら見えるよ」
嬉々として各々のメンバーを指差すローレンシア。
「ほら、
ルーリナは戯言を一括りにまとめる。
「つまり、私たちはここ数世紀全く進歩してないみたいね」
何かの拍子に瓦礫が崩れ落ち、キリル文字の危険表示と全世界共通の放射能警告表示が姿を現した。
「ルーリナ、ローレンシア…………出てきたぞ。賞味期限切れの核兵器だ。
これが辞世の句にならなければいいがな」
「そうな」とルーリナが、厳重な鉄扉を扉枠ごと引き抜くようにこじあける。
その中には無数の砲弾が雑貨のように積まれたままになっていた。
「探すのは130mmの砲弾だよ」
行き着いた弾薬庫には、山積みの砲弾に、砲弾用装薬などで溢れ、ほの一角に埋もれるように戦術核兵器が放置されていた。
「こいつらの信管はどうなってんだろうな」
ヴィズが心配したのは、砲弾の安全機構の具合だった。
軍事目的の爆薬には任意で確実に爆発する性能と不用意には決して起爆しない安全性が求められるが、この機能も時間を経ては劣化する。
ヴィズは元兵士として榴弾が起爆する機構について理解があるが、半世紀以上前のロシア製榴弾の劣化の具合についての知識は無い。
「おい。ローレンシア。どれだけ自制心を失っても砲弾を蹴るなよ」
砲弾に触れないよう足を運ぶのは当然として、足を降ろした振動が伝わる事まで警戒して部屋に立ち入る。
「この中に信管が動作してる物があった場合どうするの?」
「どうもこうも、それが分かった時には私たちは木っ端微塵だ。反省会は辺獄か煉獄辺りで開く事になる」
ポキリと小気味良い音でケミカルライトの保護ケースを折られ、足元を照らす明かりを放った。
木箱を調べて周り、埃と地生植物の層を手でこそぎ落とし、書かれたラベルを確認していく。
いくつ目かの埃の層を剥ぎ取った時、放射能表示のステッカーに辿り着いた。
「こいつだ」
「それそれ。“Ob−60”ベネラ130mm戦術核弾頭。それがソ連製の戦術核兵器だ」
「本当にあるとはな……」
化学繊維と腐ったおがくずに埋もれていた核兵器は、一見して東側諸国の拳銃弾を巨大化したようなのただの砲弾だった。
「本当にそうか? アトミックカノンにしては小さいように思える」
「そうね。アメリカの物が260mm。核のコンパクト化に手間取っていたソ連が400mmの物を開発したけど、これはその後に秘密裏に開発された滑走砲用ヤツなんだ」
「滑腔砲……って事は、当時のロケット弾か。デイビークロケットの戦車運用型ってところか」
「そうね。狂気的な兵器だよ。幸いこれには信管はついてない。後から取り付ける仕組みたいだ」
信管がないから必ず安全とは言い切れないが、起爆させるには信管が必要だ。
「それなら少し安心して持ち帰れるな。それとは別に信管自体を探さないといけないが……」
「いや、探さなくていいよ。我々には必要ないから」
そう言って、ルーリナは弾薬箱から弾頭を取り出し始めた。
「おい。流石にバラで待ってくのはまずいだろ?」
「実はもう一つ黙っていた事がある。
……私が欲しいのはこの兵器が入ってた“箱”だけなのよ」
ルーリナが、砲弾にインタビューでもするように放射能検知器をかざす。
ガイガーカウンターから特徴的な引っ掻くような音は発生せず、放射能の漏洩は起きていない。
「箱だけ?」と露骨に怪訝な顔をするローレンシア。
それに対して、ヴィズは面食らってから吹き出した。
「は、はははは! なるほど、ルー。お前のジョークのセンスを見直したぞ」
片腹と膝に手をつき、文字通りの抱腹絶倒状態だ。
「マジで、お前、あはは! お前は世界中を空箱で脅迫するつもりなのか!」
笑い声に釣られる形でローレンシアも笑みを浮かべ始める。
「ふふふ。なるほど、確かにその秘密は黙ってたくなるよ。
しかも、私たち以外には種明かししないのでしょう?」
「ルーリナ。私もローレンシアも褒められた性格ではないが、世界一性根が悪いのは間違いなくあんただな」
「そうかもね。こんな兵器、触りたくもないから」
ヴィズがライトで手元を照らし、ルーリナとローレンシアが弾薬箱に手をかける。
「さて、ヴィズ。台車を取って、木箱も腐ってて底が抜けそうだ」
「はは。世界一丁重に扱われる空箱なこった」
台車に手をかけたルーリナがヴィズを見据える。
「ヴィズ。貴女にはもう一つお願いがある」
「なんだ」と肩をすくめるヴィズ。
「この施設を完全に壊滅させて欲しい」
「核戦争用の地下要塞だぞ?」
バンカーは古く、ところどころ水まで染み出しているが、この施設は核戦争に備えて地下に張り巡らされた鉄筋コンクリート製のアリの巣だ。
壁の厚さが建築物としては常識外れに分厚いのは間違いない。
「出来ない?」
ヴィズは逡巡の果てにシンプルな結論をつけた。
「程度を決めさえすれば、人工物は作為的にいくらでも破壊できるからな」
「程度は2度と人が立ち入らなければいい。この国の名産品は葉巻だけで十分だ。
ただし、一次的にも、二次的にも核爆発は無しだよ。そんなことが起きたら本末転倒だからね」
この依頼は難易度が高い。
一次的に、つまり故意に大量破壊兵器を発破させずとも、倒壊する瓦礫の中での起爆物の管理は不可能に近いからだ。
「了解」
が、ヴィズは二言で依頼を承諾した。解決策は存在する上に、失敗したとしても責任を取るつもりはないからだ。
「ここは強固だが、結局は地下空間だ。ちょっとパワーバランスを崩してやれば土の重みと重力が全てを圧壊させてくれるさ。
砲弾は予め弾薬庫内の床に敷き詰めて緩衝材まみれにすれば、そのまま埋没するだろう」
「じゃあ、後はよろしく」
「了解だ。すぐに取り掛かる」
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