第135話 Surfin'Bird
フィアデルフィアの貸し倉庫。なんの変哲もない街の風景の一幕の中に、対ルーリナ戦争の前線基地が隠されていた。
不自然に延長されたテレビアンテナには、無線傍受用のアンテナが追加されており、そこから伸びるコードは、自動販売機サイズのコンピューターを通してモニターへと繋がっている。
モニターも神話の多頭竜のように5つの画面を持ち、それぞれに全く異なる画面が映し出されていた。
「ボス。今傍受した電波で座標が割り出せたよ」
3面鏡に似たモニターの一つをくるりと回し、年功序列社会で培われた報連相を実行したのは、ジンドウから引き抜かれたハッカーの鵺。
彼女は卓越した頭脳と不眠不休の身体を持つサイボーグだ。
「マジか。少し待ってくれ、これが最後の1発なんだ」
新しい上司はフランクな態度と銃創くらいはラジオペンチで対処するような頑丈さを兼ね備え………。
「スカレッタの野郎。クソ痛えぞ」
冷却ファンの唸りの合間に低いうめきが交じらせると、ピザの空き箱に血まみれのラジオペンチと歪んだ45口径弾を投げ捨てた。
そして、通常なら重度の負傷をさも無駄毛の処理を済ましたような気軽さで済ませると、ディスクチェアを転がした。
「やっとの嬉しいニュースだな。IT関連は現代のゴールドラッシュと言われるらしいが、報酬を出来高性にしたら、あんただけ昇給だ」
鵺とて褒められて悪い気はしない。
それが怨敵である青烏を出し抜けた成果となると個人的な満足感も果てしない。
「思いつきがあっただけだから」
謙遜こそするが、無口で貫いていた自我の殻を砕いててでも、その成果は自慢せずにはいられなかった。
「ルーリナたちが使っていた衛星電話には、二つの特徴があった。
一つは盗聴防止装置を搭載している事、これは別段特殊なシステムではなくて、電波と音声の変換システムが独特なだけ」
「それが解析できたのか?」
「いや、解析は出来ていない。あのプログラムはまるで……ブロックチェーンに内包されたホメオスタシスだ。機能が組み換わりながら機能を維持していて、まるでDNAみたいな気味の悪いシステムなんだ」
「現代のエニグマ暗号変換器という事だな?」
「まるで一体成形の要塞なんだよ。セキリティホールがあったとしても、他の物に包括的にカバーされていて、こいつを解読するには開発者を捕まえるか量子コンピュータが必要なレベルだよ」
ローグは両手をしきりに付き合わせ、話に傾聴していた。
端的に見て、内容の半分程度すら理解できていないのだろう。
まるで、言い訳がましい生徒を指導する教員の態度だ。
「それで………それをどうやって解析した?」
実利主義な催促に、鵺も親しい仲に礼儀ありとの文言を思い返す。そして自然体を装いつつも自身の中のロマンチシズムを押し殺した。
「アプローチを変えたの。このオーパーツなプログラムも使っているのは人間だからね。
彼女たちは自前の衛星を使っていたから、だから、ハードウェアから攻めた」
「衛星?!」と驚嘆しつつ新しい上司は元スパイらしくその手の話にも食い付きが良い。
「あの女……自前の衛星を持っていたのか。通りで電波を特定出来ないはずだ」
理解を示す事が鵺の舌の潤滑剤として働くことも理解しているのだ。
「連中、元はソ連製の軍事衛星をなんとかして買い取ったみたい。
だから、おたくらは見つけられなかったみたいね。敵の連絡網は地球の外を周る宇宙ゴミの中にあったんだ。
例えるなら一生懸命に“老人と海”を“アメコミ”コーナーで探してたってこと。探すところが違うんだ。
だから、私はまずその衛星を見つけだして、ルーリナたちの使っている電波を割り出した。
これは私の特異技能ね。作品のタイトルから2次創作のタグを推測するようなセンスが必要だった」
「スゴいのは分かるぞ」と少々呆れ気味な相槌とともにローグは肩を竦める。
ついでに止血帯を緩め、傷の完治祝いにチューブとガーゼをクズ箱へと投げ入れた。
「それで……盗聴でもしたのか?」
「それも可能だけど、こちらの思惑が露見するよ?」
「じゃあ、どうやって場所を特定したんだ?」
「逆探知も防がれているけど、それなら電波を可視化すれば良いの」
ローグは笑った。鵺の経験では、以前その類いの笑みを浮かべた相手からつけられたあだ名は“不思議ちゃん”だ。
「電波を可視化? 分かったぞ、ワサビをキメると目の奥にくるアレだな」
冷めた目という予想を裏切り、試すような皮肉が跳ね返る。
「そうね。必要なのは舞茸とワサビ醤油。
で、本題に入るよ」
「頼むぞ。寄席はもう充分だ」
「まず衛星が感知しうる電波を特定して、その可聴範囲を特定する。
簡単にいうと世界中を飛び回っている電波をデータ化して、電波間の干渉の度合いを調べるの。
電波同士の干渉はノイズとして軌跡を残すから、それを解析すれば電波がどこをどの時間に通ったかが割り出せるよになる。
後はそのデータを統計してタイムチャートに落とし込むの。するとノイズの規則性が電波の軌道を示す。
あなたのお陰で一度ニューヨークからカリブ及び南米方向に電波が発信された。
さらに、課長……椿さんのお陰でフィンランドからキューバ共和国東部の島へと電波が飛んだ事が分かった」
「なるほど。つまり、先住民みたいに足跡を追って、デジタルの足跡でルーリナはキューバにいる事が分かったんだな?」
「まぁ、その認識で問題ないけど……ここからが問題ね。
スパイなら分かっているだろうけど、これだけじゃ該当人を正確に断定は出来ないの。
でも、断言できるのはこの人物がスカレッタとシエーラ・ヴァミリーの二人と秘密回線で繋がる人物なのは間違いない」
「それだけ状況証拠があれば充分だ。
キューバなら俺が直々に部隊を率いて向かう。お前はここで監視を続けてくれ」
「はい……って、今から?
状況証拠だけで外国に忍び込むの? そんなの素人の私が見ても浅はかに思えるのだけど」
「根拠は俺の直感だ。ルーリナは必ずそこにいる」
「そんな事で……………。なんでそこまでルーリナに執着するの?」
「根掘り葉掘り聞くんだな。まるでシンプソンの弁護団だ。
いいだろう。俺が何故そこまでストーカー気質かって話だな」
前置きは「複雑な事象なんかないぞ。単純なエゴと偽善の話さ」から始まった。
ローグの目は規則性を持って泳ぎ、話し口な態度は昔話を口伝する老人のよう。
その自然な態度から見るに、即興話には割に合わないほど記憶のリソースを割いている。
「……俺もあいつもいくつもの時代を跨いで、世界中の地獄を見てきた。戦争、戦争犯罪、戯餓、虐殺、無政府主義。
その結果、俺が理解したのは、どんな惨劇も結局らこの世界の姿だと言う事だ。
いつの時代も端金で人が死に、飢えで死に、意味もなく死ぬ。それが世界の在り方なのさ」
ローグの言葉には背骨となる信念があり、妄言レベルの言説に有無を言わせい説得力を込めた目を注ぐ。
「日本には、花鳥風月という言葉があったな。闘争も同じだ。移ろい変わり、絶えることはない。
所詮は人間も尊ぶべき自然の産物で、昨今の人間は独裁者や殺人鬼を特異な存在として分別したがるが、そんな屑な連中も結局は発露の程度問題で、全人類が同じように残虐性と愚かさが備わっている」
会話の流れに変化が起きた。自身の成した正義とその過程で犯した罪の折り合いを見失ったように、言葉を紡ぎながらも項垂れ始めたのだ。
「………だが、ルーリナは違う。
あの女は生まれながらに自然の摂理から切り離されていたから、この自然の摂理が理解できない。
あいつが望んでいるのは自然の理に反した世界で、その為に有り余る力を振るうあの女も結局は、誇大妄想を持ったテロリストでしかない。
だから、俺はあいつを殺す。今の世界を守る為にな」
ローグの言葉がただの心情の吐露なのか、懺悔なのか鵺は推し量る術はない。
また掛けるべき声を選定にも、生身の人間を遥かに凌ぐ処理能力の脳髄を持ちながらエラーのような返答しか思い浮かばない。
「…………」
「ドン引きじゃないか。まぁ、なかなかイカれてるだろ? 贔屓目に見てもルーリナと同じくらいにな」
ローグが間を持たせ、ようやく鵺は言葉をしぼりだす。
「……そう断言するには、判断材料が少ないね。
私の仕事はデータが示す事実だけを分析する事だからね。
だから、ルーリナが何故キューバにいるのか説明できないよ」
会話としては稚拙で総括とはほど遠い返答に終わった。
「説明は不要だ。
キューバへの違法旅行が無駄足に終わったとしても、最悪旧東側でルーリナが何を求めたかが分かる。
これはチャンスなんだ。今の自由主義世界では、“推定無罪の狂人による世界征服”を阻止できる法律は無いからな。
皮肉なもんだが、“推定めちゃくちゃ悪い奴”の排除は共産主義者の方が遥かに上手い」
鵺は会話の中で、飄々としていてフランクな態度の上司ローグと名実元に影の支配者として君臨するルーリナ・ソーサモシテンに共通する点を見出した。
「だろうね。私たちもあなたに協力しているのは怨恨を晴らす為。
強大と思える敵を前にすれば、我々は理性の無い徒党を組む。私が歴史から学んだ事だ」
「世の中そんなものだ。特にここ100年はそんなものの繰り返しだ。
逆恨みは逆恨みだ。だが、モチベーションを保つには丁度いい」
「そうね。蛇の道は蛇。そっちはそっちに任せる。
私は椿課長……椿さんのサポートにつく」
「OK。そっちは任せた。
まぁ、こちらの事は案ずるな。
キューバ人に捕まったとしても“就労ビザを取り忘れた”と言って切り抜けるさ」
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