第111話 pop song
何かが焦げている臭いが次の鼻をつき、暑くて寝苦しい。熱帯夜にエアコンがタイマーで切れた時を彷彿させる感覚で意識が表層に戻った。
「うーん……何が起きてるんだっけ」
マスクには警告ランプが点滅。外気温が300度と告げている。
その警告ラベルの向こうには、電球の飛び出した車のへッドランプが瞬きするように点滅。
椿の下半身は、そのセダン車の下敷きになっており、さながら鉄の怪物に咥えられているよう。
「くっ………! やられた」
表示させる外気温は400度が目前に迫り、尋常ではない汗が噴き出すように顔を伝う。
「これじゃ、蒸し焼きにされる」
歯をギリと噛み締め、とりあえずフロントバンパーに手をついて押してみる。
「腕力アシストの力を見せてちょうだい!」
腕に力を込めると、車のバンパーがへこんむ。
そして、さらに力を込めた。
ガリガリガリ。
「………厳しけど、動かせる!」
車の車軸が折れているようで、タイヤがハの字にひしゃげながら周り、地面と擦れたパーツが軋みながら後退していく。
パァン!
炎がタイヤを炙り、内部の空気が外装ゴムを突き破る。
「げっ!? ………軽くなった」
むき出しになった金属ホイールが地面との間で火花散らした。
ゴムタイヤからホイールが剥き出しになり接地面積が減った事でよりスムーズに押せる。
「せーのっ!!」
ついに足が開放された。手より筋肉量の勝る脚を使い車を完全に押し退け、火の海から脱出。
距離を取り、安全な位置まで退避すると地面に大の字に横たわった。
「我ながら馬鹿馬鹿しいほどの防御力だ」
車に押しつぶされ、炎で焼かれても煤けただけの両手を空に突き出す。
「生命体の領域を超えた気分だ…………」
突き出した手を握りしめ、生存の安堵が徐々に不甲斐なさに上書きされていく。
これほどの手厚い保護があったのならもっと果敢に攻められたと自責し、自身の臆病さ。生存本能に起因する自制を呪った。
「
椿はそう胸に誓い。会社員モードへと頭を切り替え、報連相を遂行するために電波を発した。
「鵺。椿だ状況を把握したい」
「つ、つ、椿課長! 無事ですか? 連絡遅れていたので———」
「まず、悪いニュース、敵を取り逃した。良いニュースは、責任を取るべき人間、つまり私は無事だ」
「ッ…………。こっちは悪いニュースが2つ。ひとつは敵の狙いは名古屋です。もう一つは、狙いは確定出来ていません。ただ………恐らく“ムラマサ”かと………」
報告への返答には、敵の計算高さと遅れを取った自身への嘲が混じり鼻を鳴らした。
「ふん。そうか………では、名古屋に行こう」
「意外と冷静なんですね」
「せっかく2度目のチャンスが与えられたんだ。冷静に対処しないとね」
「その試作品のスーツのおかげですか? 椿課長も本格的にサイボーグになればいいんですよ」
「少し考えてもいいかも知れないね………。
……さて、連中の行方は?」
椿は、次の行動方針を練っていた。
「見失っています」
ハッカーからの報告がそれを少しずつ形作っていく。
「分かった。連中、時間を気にしていたそぶりがあったから、鉄道が関係しているかも………」
「調べてみます」と、電波にはキーボードを叩く音が混じりだす。
「ところで、名古屋には近藤が待機してるよね? 何が報告は?」
打鍵の音に音声が交わる。
「今のところありません。ただ外国籍の訪問者が4組も来ているらしくて、平均より少し多い印象です」
「そっちもいま、調査しますね……」
椿は、タバコを咥えながら“猫の手も借りたい”とはこの事だろうと思いを馳せた。
「いや、それよりも、今あなたはどこにいるの?」
「まだ、東京です。向こうに先行しておきますか?」
だが、借りられる手が無い以上、手元の人材だけで対処するしか方法はない。
「うーん。裏方に徹してもらおうかな、あなたの社宅から情報戦を展開できる?
敵の全体像と命令系統を把握したい」
「それだと戦力が分散してしまいますよ?」
「名古屋の警備課に通達しておけば良い。ただアポレーターは最低に減らして、オートマトロンを全稼働させる。
人的損失よりは機械の方がマシだからね。
同時に、これは情報戦だ。向こうはあなたが何人いるか知らないでしょう?」
「ふふ。囮をばら撒けば、向こうの連携も崩せるかもしれないですね!」
「その通り。連中はプロの完璧主義者だ。だからこそ、罠を察知すれば誰が罠を仕掛けたを必ず探し出そうとするはず」
「やってみます。
それで……椿課長は名古屋まで、どうなさいます?」
「伊達に
頭は冴えていたが、心は使命感と復讐心が共鳴して昂り、じっとしている事だけは出来ない。
「それと、近藤にも伝えて、敵の方が数は多いけど、戦局はまったく同じ。
敵の言葉を借りるのなら、“戦略、作戦に置いて優劣はなく、戦術的有利を得た方がこの戦いに勝利する”ってね」
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