第69話 玩具の壊し方

「まぁ立派! パールフレア、この人はカニング魔導兵団だって!」


 ローレンシアは、死体の衣服でパトリックを拘束し、その途中で兵団の紋章に気がついたので、口に手を当てて驚いた仕草をしていた。


 その横に立ったヴィズは、下腹部を押さえ苦悶の表情を浮かべていて、捕虜を目の前にしたローレンシアは、おもちゃを手に入れた子供同じ喜び方をしていていた。


「すごいね! パールフレア、この人カニング家の————ぐはっ!!」


 ダークエルフは大きく息を吐いて呼吸を整えると、大ぶりでとても上手く体重の乗った、綺麗な右ストレートパンチをローレンシアに直撃させた。


「な、な、な、何をするの!! 気でも触れてしまったの!?」


 狼狽えるローレンシアに、ヴィズは服を捲って自分の腹を見せた。


「アザができてる。あんたに殴られてね」


 カニング魔導兵団が、施設をブラックアウトさせた時、ローレンシアは“待ってました”とばかりに拘束具から抜けだし、ヴィズに腹パンを食らわせた。


「あー、うん。その場のノリって怖いね」


「クソッタレ……まず、状況が不明だ。ルー……のとこで確認しないと……」


 ヴィズが痛む箇所を労いながら部屋から出ようとすると、ローレンシアが魔力で無理矢理に部屋の扉を閉めた。


「パールフレア。状況は私が作る。私が状況だ。まずやるべき事は、このカニングさんにいくつか尋ねたい事がある」


 部屋の扉を重く、さらにローレンシアがデタラメに閉めたので、レールと滑車が完全に噛み込んでヴィズの腕力ではびくともしない。彼女にできるのはため息をつくくらいしかなかった。


「ローレンシア。そいつは簡単に口を割らない。たっぷりと時間をかけて、死なないように徹底的に痛めつけて、精神を壊さないといけない。

 そんな時間は私たちに何からさっさと殺せ」


 拘束されたパトリックは、手も足も出ない状態で、ヴィズとローレンシアを相手に取る。


「待て、待て、待て、麗しいお嬢さん方。知りたい事はなんでも聞いてくれ、ソードラインの内側国会議員の連中くらい丁寧に教えてやるから」


 ローレンシアは、勝ち誇った笑みを浮かべてヴィズを見たが、ダークエルフは男の言葉を少しも信じていなかった。


 ローレンシアが捕虜への質問を行った。


「では、紳士さん。カニング家が持っている書庫の場所を教えて」


 パトリックの髭で覆われた口が開き、血で汚れた歯が見えた。


「そんなものはとっくの昔に閉鎖しちまったぜ」


「そんなはずは無い。魔術師もカニング家も過去を蔑ろにするわけがないからね」


「無いものをあると言え———ッ!?」


 ローレンシアは、拘束されたパトリックを躊躇なく殴り倒し、肉と肉の衝突する音が部屋に響いた。


 殴った痛みを手を振りって柔らげるローレンシア。


「さて、このダークエルフさんが行った通り、あなたが口を割らないのは分かってる。一応尋ねて、一応殴っただけ、要するに様式美ってやつよ」


 ローレンシアは、パトリックの襟を掴んで起き上がらせ、目を覗き込む。


に耐えてみなさい。出来なければ、あなたは、あなたでなくなるのだから」


 ローレンシアがそう笑うと、彼女のアメジスト色の瞳の中に星空のように光の粒が湧き、それぞれが尾を引いてハーフエルフの目の中に魔法陣を完成せる。


「“意識よ、知覚せよ。偽りの時から目を覚ませ”」


 ローレンシアがそう唱えると、そして、その魔法陣がパトリックの目に転写される。


 魔術を施し終わったローレンシアは、目をぎゅっと瞑ってから、ヴィズの方を見て、微笑み。

 パトリックは完全に呆けたように空間を見つめていた。

 ヴィズは、タバコで恐怖心を抑えながら狂気的なハーフエルフに尋ねた。


「何をした?」


 ローレンシアの乱れた銀髪の隙間から目が垣間見え、その目は、自分の秘術を解説出来る事を喜んでいる。


「一種の幻覚を見せているの。この人は、もう体感時間が狂い始めていて、ここに拘束されて何日経ったかも分かってないし、思い込みの不眠不休の尋問、飲まず食わずの質問責めが頭と心を蝕んで、理性を瓦解させていく」


 ローレンシアの話しを聞いたヴィズは、それが口を割るだけなら完璧な拷問方法だと察し、時間を認識する生き物である以上は逃れられない事を悟る。


 ヴィズのタバコがフィルターまで燃えた頃、ローレンシアは過労したパトリックに尋ねた。


「カニング家が持っている書庫の場所を教えて」


 パトリックの心は崩壊していて、秘密の区別を無くしていたが、質問を理解する思考力も残っていなかった。


 パトリックの答えるたのは、バラバラの単語ばかりだった。

 

 その中で、なんとか聞き取れたのは、“女上司マム”“背後ビハインド”“シー”“自由リパティー”のみ。それも確実性はなく。それ以外にも言葉にすらならない単語を幾つも発していた。


「ローレンシア、証人を壊しちまったぞ」


 ヴィズは、タバコを踏み消しながら呟いた。


「証言を繋ぎ合わせるの。例えば、女上司が背後から海の自由を守ってる……とか?」


「ママ、後ろの海は自由だよってか?」


「そうかもしれない」


 ヴィズの皮肉を真顔で首肯するローレンシア。


「は。ふざけるな。一生やってろ」


 それに対して、ヴィズはタバコを投げつけた。

 タバコを、ローレンシアの胸にあたり、火花が弾けるように光って地面に転がった。

 だが、ローレンシアは、ヴィズの訳した事に引っかかり、閃いた


「マムは、お母さん。ビハインドじゃなくてハイド、海の自由じゃなくて、彼女の図書館」


 ヴィズはそれだけではパズルのピースが合わなかったが、ローレンシのは完成した。彼女の方がカニング家について詳しいからだ。


 「ハイドパークが残っているなら、そこにローズ邸があるはず。ローズ・カニング。26代カニング家当主の妹で、私が殺してない唯一のカニング本家の血」


「そんな都合のいい事があるかね」


「別にいいじゃない。見当違いだったら、私を殺すだけなんでしょ?」


「あんたの性格を見てると……そのローズ・カニングも手足はバラバラにして命だけ助けたって感じなんだろうな」


「まさか、ローズ姉さんは、私に優しいかったから殺せなかった。それは後悔してない」


 ローレンシアが、感傷に浸り、天井を何気なく見上げた時、パトリックの目に突然、意志が宿った。

 パトリックは、混濁した意識とズタボロになってしまった身体を、歴戦の軍人故の精神力で動かし、関節を外して手錠を抜いき、隠し持った小型のデリジャー式拳銃を手に取っていた。


「ローレンシア! しゃがめ!」


 ヴィズは、咄嗟に銃を抜き構えるが、パトリックの方が早い。


「やっちまった………後は……任せたぜ」


 パトリックはそう言って自分の頭を撃ち抜いた。


 

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