第63話 古典的な猟法

 狗井がガラス片を引き連れながら落ちた先にシエーラがいた。

 エルフの傭兵は、狗井が落ちてきた窓に銃を向けながら彼女に駆け寄り、抱き起こす。


「狗井ちゃん、その図体で登場前にやられたの?」


 狗井は、黙って2階を指差し、シエーラは静かに頷く。


「パールフレア、やはり2階だ。ライフルを渡そうか?」


 二手に別れていたシエーラとヴィズ。


「いや、このまま行く」


トンッ……。


 ヴィズの応答と同時にシエーラは何が飛び降りた音を聞き、周囲を見回す。


「狗井ちゃん、今、何が見た?」


「見てない。ただ、奴が飛び降りたと思う。振動を感じた」


 シエーラは浅く息を吐いて、冷静に努め、手掛かりを探す。


 そして、何も見えないところからの足音を聞いた。


「ヴィズ!、狗井! あの女は光学術———」


 シエーラが聞いたのは、光学術式で光を屈折さて透明化したローレンシアの足音だった。 


「まずい視覚に頼り過ぎた——」


 シエーラたちと同じフロアに降りたローレンシアは、そこから思いっきり助走をつけ、エルフの傭兵に対してドロップキックを放ち、建物から窓の外へと蹴り飛ばした。


————————————————————


「私は……気を失っていたのか……あ、まずい!」


 シエーラが気がついた時、彼女の頭上にはゴミが浮かぶ黒々としたダナン川が流れ、片足を狗井に掴んまれて断崖絶壁から吊り下がっていた。


身体中の痛みと頭に血が溜まる息苦しさで我に帰るシエーラ。


 そして、彼女は叫んだ。


「狗井! 自分の身を守りなさい!!」


「ルーリナ様の友人を見捨てるわけにはいかない」


 狗井は、上半身のほとんどを窓の外に乗り出してシエーラは掴んでいて、体勢が悪く引き揚げる事が出来ない。


 それは同時に彼女自身も無防備になっている事を意味した。


「ふっふっふっ。巨人さん。彼女を離したらどう?、貴女だけは助かるかも?」


 そんな声と共に、狗井は背中を押さえつけられ、窓枠に押しつけられる。


「ほらほら、巨人さん。王様になる手取り早い方法は、歩兵を切り捨てる事だよ?」


 狗井の視界の先でシエーラが銃に手を伸ばそとしていたが、彼女の肩は骨が外れていた。指しか動いていなかった。


ズルッ。


 さらに間が悪く、狗井は足を滑らして体勢を崩しかける。


「あらあら、危ない! ははっ。ねぇ、水に落ちたとしてさ、彼女は浮きそうだけだ、貴女は大丈夫?」


「………」


「あっ、私も手伝おうか?」


 ローレンシアは、狗井の片足に手を掛けた。


「あっ、もっと面白いものを見つけた!」


 そう言って、ローレンシアは狗井の刀を奪うと、彼女の手を背中に回し、掌と胸を串刺しに貫いた。


「くっ………」


「わぁ、丈夫なのね。これはもっとゆっくり楽しめそう。鳥のモズなんかはこーゆことするの知ってる?」


「そこで待ってろクソ女。私が死なない程度になます切りにしてやるから」


「ねぇ、ねぇ、あの黒いエルフに助けを呼んでよ?」


「お前は、撫で切りにしてやる……」


「うふふ、そこで待ってて、おっと! 動けないか……なんにせよ、まぁ、いい殺し方は後で考えるから」


 ローレンシアは、ケラケラと笑うと、大きく空気を吸い込んだ。


「あの黒いエルフはくっさいからなぁ。見つけるのは簡単ね」


————————————————————


 ローレンシアは、五感を鋭く強化した上に、第六感に近い魔力を認識する能力を有していた。

 そして、当然嗅覚も鋭く、ヴィズのタバコの匂いを機敏に嗅ぎ分け、追跡を始めた。


 強い匂いが一方から流れてくるので、ローレンシアは気配を消し、姿を透明化して撹乱しつつ、シエーラのマシンガンを持ってヴィズの潜む方に忍び寄る。


スンスン。


空気の流れを嗅ぎ分け、ついにタバコの煙を確認し、潜伏位置を確信したローレンシア。


 静かに角を飛び出し、人生初めてのマシンガンを乱射した。


「さっきのお礼だよぉ!」


 乱射により、一瞬で弾倉を空になる。


「あ、れ、あれ!?」


絶望するローレンシア。


 彼女の目の横に白い煙がたなびき、それを目で追うと、ヴィズの死体どころか影も形もなく、ただ機械の隙間に挟まれたタバコがあるだけだった。


「あっ…………罠だ」


 思い出したように身体中の傷が痛み出し、口の中は血の味で染まる。疲労が全身を潰しそうになり、何故か笑ってしまった。


「あははは………。こんな古典的な罠にかかってしまうとは———」


ガツン!


 ハーフエルフの後頭部に硬いものが打ちつけられ、その勢いで今度は顔面を機械に強打。

 

「サプライズはどうだ? クソッタレ」


 ハスキーな声のダークエルフに一撃をくらい、さらに背後を取られていた。


「こ、このぉ!」


 ハーフエルフが咄嗟に振り返ると、ダークエルフはパイプレンチを振りかぶっていた。


「あ、それはダメ………ぎゃぁぁぁ!!」


 鉄の工具がローレンシアの顔の形を変え、彼女は人生で3度目の眼球破裂を味わった。

 感覚が狂い、重力と衝撃波が身体中を駆け巡る。

 しかし、攻撃は終わらない。


「もう、やめ———」


 ドロりとした血と共に、自分の前歯の破片が喉につかえ、外と体内のいろいろな物が砕ける音が響く。


「う、うぅ、うぅぅ」


 五感を失い、アメーバのような姿になった自分を想像するローレンシア。彼女の頭に声が響いた。


「ローレンシア。うちの親分が話をしたいらしいんだ。ちょっと一緒に来てきてくれるか?」


しょれそれ……しゃいしょにひってよぉぉ最初に言ってよ


 ヴィズは、無惨な姿のローレンシアに唾を吐き、タバコを咥えた。


「都合良いやつだな。会話の余地なんかなかったくせに」


 その声は、失神したローレンシアに届いていない。

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