第59話 Beet The Devil'sTattoo〜全ての瞳に悪魔が映った〜
「パーソンA、応答せよ! パーソンA、応答せよ!」
狗井が、対物ライフルを構えている後ろで、ルーリアは悲鳴に近い声をあげていた。
「シエーラ! ヴィズ! 何が起きてるのか答えて!」
狗井は、ルーリナがここまでパニックに陥っているを初めて見たが、状況に対する不安はなかった。
トラブルが起きた場合、50%の確率で死んでいるとすれば、その場合の計画も立ててあって、その為に彼女は巨大なライフルを構えているのだ。
「アオ、シエーラたちからの連絡がないの、どうしよう?」
「パーソン……ルー、パールフレアたちの電波が来ない。まるで、何かで妨害されているみたい」
狗井からすれば、後ろで会話は耳障りなだけだった。
「ルーリナ様、あのチームの者以外が現れたら撃ちますよ?」
「えっと、そ、そうね、それが計画だもの。あなたに任せるよ」
ルーリナは、冷静な狗井の言葉で少し落ち着き、任意射撃の許可を下す。
その時、教会の玄関扉が開いた。ゆっくりと扉が開き、そこから女が現れた。
身長170cm前後、銀髪。エナメル生地のような艶のある黒いロングコートを身につけた見慣れない女だった。
狗井は、ふぅと息を吐き、引き金を絞る。
その後ろでガシャン!と無線機の落ちる音がした。
「………ローレンシア……本当に」
狗井は、スコープ越しにローレンシアの全体を眺め、下腹部に狙いを定める。
その時、ローレンシアは、狗井を認識してニヤリと笑う。
「なんだあいつ」
「狗井! 早く! 早く! 撃って!!」
発狂したようになるルーリナに対し、ローレンシアは、左手を上げ、相手側に手の甲を向ける形でピースサインを行う。それはちょうどイギリス式の挑発ポーズになった。
そして、ハーフエルフの肩から指が一直線になると、滑走路の誘導灯のように青い光が肩から指先へと駆け抜け、狗井の方に放たれる。
「させない」
対物ライフルの銃声が衝撃波として花壇の土を巻き上げ、反動が狗井に伝わって車を揺さぶり、ライフルから吐き出された空薬莢は、ゴトリと重い音を立てて転った。
ローレンシアの放った何かと、狗井の放った50口径ライフル弾が空中ですれ違う。
狙いは正確に弾丸はローレンシアを捉えたが………。
「な、なんてことを!!」
叫んだのは射手であるはずの狗井だった。
彼女の放った50口径ライフル弾は、凶悪な威力を生み出しながらローレンシアの臍を目指して飛翔。そして、このハーフエルフの魔女と世界を隔てる防御壁に命中した。流石のローレンシアの魔力もこの高威力な徹甲弾には僅かに敵わず、弾道こそズレたものの防御壁を貫通。
魔法の壁によって弾かれた弾丸は、予想出来ない軌道で、ローレンシアの額を捉えた。
教会の壁に血が飛び散り、ローレンシアの目のすぐ上は頭蓋骨が剥き出しとなる。
その後は、銀髪の少女が血の雨の中で膝から崩れ落ちる。それが予定調和のはずだった。
唖然とした顔をしたローレンシア。その紫の目に、意志が宿り顔が不快そうに歪む。
「まさか……まさか! コイツをくらって平気なのか……」
狗井がそう呟いた時、ローレンシアはなにもなかったように地を蹴り、瞬時に狗井のライフルの射角から逃れた。
教会を彩ったハーフエルフの血液もその後を追うように重力を無視して真横に滴って追い縋ってゆく。
「ルーリナ様、あいつが———っ!?」
車内を振り返った狗井が見たのは…………血と肉で真っ赤に染まった空間と、顎と右耳と頭髪の皮だけを残して吹き飛んだルーリナの頭部だ。
子供の体格をした吸血鬼のフィクサーは、大砲の砲撃でも食らったように顔だけがなくなっていた。
ルーリナの肉塊は、口から繋がる管である気道から血の泡を吐き、子供の手が、本来の顔の位置を確かめるように、骨と肉の混ざり物の中に沈んだ。
そして、その中をグニグニと掻き回す。
「な、何か撃ち込まれたのですか?!」
“なんとかしなければ”という一心で、狗井もルーリナの顔の中へ手を突っ込む。そして、硬い円筒形の物質を摘み、絡みついた肉片と神経と共に引き抜く。
彼女がルーリナの中から引き抜いたのは、変形した7.62ミリ小銃弾の空薬莢。だが真鍮製で黄金色のはずの薬莢本体は、なぜか銀色になっていた。
狗井が薬莢を引き抜くと、車内に飛び散っていたルーリナの肉片が一点に集まり出し、素早く動くナメクジのように彼女の顔に集結すると顔が再生を始める。
しばらく、呆然としてたルーリナだが、瞬きと共に意識を取り戻し、狗井の持っている銀色に変色した薬莢を指差した。
「ローレンシアって、すごいでしょ。真鍮を錬金術で私の苦手な銀に変えて、さらに電気魔術の応用、彼女の十八番の“導電術式”……魔力を使ったレールガンやガウス砲みたいや事をやってのけたの。
たぶん、未使用の弾丸を使ったのね、運悪く私に当たった時に暴発したのね。
あなたじゃなくて、私に当たってよかった」
ルーリナは、そう解説すると体を起こす。
「私が決着をつけ———あっ」
起き上がったルーリナは、そのまま顔から倒れた。
「いててて、まだ神経がダメかな……狗井ちゃん、予備の血を取って、貧血かもしれない」
「了解——ん?」
グローブボックスに向かった狗井は、教会側からマシンガンの銃声を聞いた。
そのすぐ後、無線が入電。
「私だ、ヴィズ・パールフレアだ。これよりプランDを実行させてもらう」
ルーリナは、全く内容が不明なプランDについて尋ねようと無線機に手を伸ばすが、動かない。
「あぁぁ、ヴィズさん、無事で良かった」
無線から、半泣き声のキーラの声が流れる。
「ヴィズさん、プランDってなんですか?」
ヴィズが応答した時、彼女は走っているようで息を切らしていた。
「今考えた。車をパクって、あのクソッタレを地の果てまで追いかけ回す」
ヴィズからの無線にはガラスを砕く音と車の盗難防止用アラームの音が聞こえていた。
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