第57話 傭兵部隊VS亡国の魔導士

 ヴィズたちは、教会への突入を開始。


 鍵を破壊して内部に入り、ステンドグラスを通った月光に浮かび上がる荘厳な十字架には目をくれず、参拝席を迂回して鐘楼塔へ向かい、その石塔内の螺旋階段を使って地下墓地へと降った。


 地下3階は、地図にあったと通りの広さで、長方形の部屋に、縦に3本の通路が伸び、その通路をつなぎ合わせる横通路が伸びている。そして、8個の石の棺桶が並んでいた。

 壁は、蜘蛛の巣と埃にまみれ、カビと香と僅かに人の臭いが残っていて、どこかで水の滴る音が響く間隙を傭兵たちの銃器や服の擦れる音が埋める。

 その階に到達した一向は、狭い階段から、広間への突入を滑らかに行い、先鋒となったチャックとイザベラが迅速に空間全体を把握しつつ、広間の左右の通路に展開し、続いてザンギトーが、中央通路を射線に完全に収める。

 シエーラ、ジャンガロ、ヴィズは、先に展開した3人を護衛しつつ死角を見張るように配置につく。先鋒の2人が、それぞれ一定間隔で並んだ石櫃の死角を確認しながら、部屋奥へと到達。


 無線に「制圧完了」の電報が流れた。


 一報を入れた後チャックとイザベラは、素早くマシンガンから工具へと持ち替え、イザベラは、テンポ良く壁の重心と構造、致命的力点を計算し、目印を付ける。続いてチャックがエアー式の打ち抜きドリルで、魔法陣を分断すると同時に爆薬設置用の穴を穿った。


 チャックが穴を開け始めると、イザベラはバックから爆薬を取り出す。


 プラスチック爆弾で、粘土のように形を変えられるが、今回の爆薬は、爆風の向きを整え、指向性を持たせるためにキノコのような形に成形されている。 イザベラは、手早くキノコの傘に起爆用の信管を差し込み、計算され尽くした位置にセットしていった。


「セット完了」


 イザベラがそう伝え、起爆用ワイヤーを伸ばしながら、最奥から2列目の石櫃にまで退避。

 シエーラが指示を出した。


「全員、身を隠し耐爆姿勢を取れ、イザベラ爆破しろ」


 シエーラから見て通路の反対側の石櫃に身を隠したヴィズは、無線の指示に従って、爆破箇所背に、目を見開き、口を僅かに開けて備えた。

 これは耐爆姿勢。爆風を受けた際にその風圧で鼓膜や目が飛び出さないように圧を逃す体勢だった。


「爆破、3秒前」


 シエーラも同じように姿勢をとった。


「2」


ザンギトーとジャンガロは、ヴィズとシエーラの一列前の石櫃に身を隠しており、ザンギトーは必要以上に身を小さくしていた。


「1」


 傭兵たちは皆、イザベラが確実に起爆するために何度もスイッチを押したのを察知し、一層身をこわばらせる。


「—————?」


 全員がほぼ同時に違和感を感じた。爆風も爆音もなく、笑ってしまうような静けさ。


 ヴィズは何が起きたのか分からず、姿勢を維持した。


「おい、バ、バカ顔を上げ————爆風が収束してるっ!!??」


 無線に誰かの叫びが響いた瞬間、大爆発が起きた。


 ヴィズの真横まで拳大の瓦礫が飛散し、広間全体を濃霧のような砂埃が包む。

 それは、爆薬量と向きを間違えたとしか思えないほど過剰な威力を持っており、明らかにあの


「大佐! 大佐!! イザベラが死んだ!

 て、て、敵の防壁だ、防壁が爆発を跳ね返し……」


 広間の片隅で、マシンガンが掃射され、1発のショットガンの銃声が響いた。

 ヴィズも加勢しようと顔を上げた時、今度は、カメラのフラッシュのような強烈な閃光が閃き、視界が白一色に染まる。


 閃光の色はピンクのネオンライトのようで、しかも、ヴィズが生涯で使った魔力の倍はありそうなほど膨大で、五感に違和感を覚えるほど強力な魔力波を含んでいた。


「ク、クソッ、面白いじゃねぇか」


 暗闇で強烈な閃光を見て、目が見えていないヴィズの声は震えていた。

 やっと目が正常な感覚を取り戻し、アサルトライフルを握り直したヴィズ。


 そのの目の前に………。


ズザァと何かが滑り込んできた。


「おい、誰だ? 大丈夫か?」


そして、すぐにそれがヴィズの知るどの人物でないと分かる。

 流星のように煌びやか尾を引く紫の目に、ステンレス鋼のように冷たい銀色の髪。


 銀髪の女は、透き通るような声で、「まだいたのか……」と呟き、逆手に構えたダガーがきらめいた。

 幻想的な少女を目の前にして、ヴィズの本能はナイフという現実的な脅威に反応。


「クソッタレ!」


 迷うことなく、アサルトライフルを構え、引き金を引いた。

 アサルトライフルは、フルオートで弾を吐き出した反動で痙攣するように暴れ、空薬莢が黄金の滝になって石畳に転がる。

 そして、数秒で撃ち尽くされた20発の7.62ミリ弾は、1発も命中していない。


 放たれた弾は、少女の目の前の空間で弾道が捻じ曲がり、あらぬ方向に飛び去っていく。


「なんともまぁ、やかましい武器なこと」

 

 銀髪の少女は不適に笑うと、地を蹴って飛び上がり天井に足をつくと、その天井を蹴った勢いで、ヴィズにナイフを振りおろす。

 咄嗟にアサルトライフルを盾にして、刺突を防いだヴィズ。


「ちっ……なんて力だ……」


「判断力に加えて、運もいいね」


小柄で線の細い銀髪の少女のほうが腕力は圧倒している。ヴィズは、奇跡的にアサルトライフルの銃床が石櫃に引っかかり、てこの原理を使って少女に防戦を挑む事ができたが、それでも刃先は徐々に迫っていく。


「このローレンシアを信じて、痛くないから、チクリとするだけだから」


 ヴィズは、歯を砕きそうなほど噛み締めて踏ん張っていたが、ナイフの刃先が、首筋に一筋の血を流させた。


「くっ……」


「他人の壁をぶっ壊しといてこの程度? ほらほら、死んじゃうよー」


 その時、45口径弾の銃声が響く。

 

 ローレンシアの脊椎を狙って放たれた45口径弾は、やはりこのハーフエルフのまとう強力な防御壁に阻まれ、空中でひしゃげた。


「パールフレア! 今助ける」


 シエーラは、8発の弾を撃ち尽くし、すぐさまリロードを行う。


「うるっさいなぁ!」


 ローレンシアは上体を起こして翻り、ナイフをシエーラに投げつけた。

 ヴィズからは見えないが、シエーラからの銃声が途絶える。


「このくっそたれ白髪女!」


 ヴィズは、一瞬の自由を使って脇のリボルバーに手をかけたが、その上からローレンシアに押さえられた。


「邪魔者はいない、続きをしよう」


 ローレンシアは、澄んだ紫色の目を妖しく輝かし、腰ベルトからナイフを抜いて掲げた。


「綺麗なナイフでしょう? 切り口が切れ味もいいの」


 強者の余裕を見せつけるローレンシア。髪と同じ色の刃のナイフを手慣れたようにくるくるの回している。


「そうだな、お前は道具に頼ったほうがいい」


 ヴィズは、逃げ道を考えつつ口を挟んだ。

 ローレンシアは、なぜか楽しそうに微笑んだ。


「この道具の魅力を、あなたの体にたっぷりと教えて———」


 カシャン。


 ショットガンが弾を装填する音が響いた。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 空間が震えるような雄叫びが轟くと、紙袋を破裂させた音を増大させたような銃声が響き、壁に大穴が空いた。


「なっ!?」


 驚愕したローレンシアの目に、ショットガンを持ったアフリカ人が映った。

 アフリカ人の傭兵ザンギトーは、狂ったように叫びを上げ、ショットガンを乱射。


 初めの2発は壁に当たり、3発目がローレンシアの防御壁に当たり、貫通。巨大な鉛弾は歪に歪みながらローレンシアの右肘に食いつき、吹き飛ばした。


「あっ………ぎゃぁぁぁ!!」


 銀髪の少女の細い手が宙を舞い、血を撒き散らしながらヴィズの真横に落下。


「あぁ、また私の腕が!」


「ざまあみろ!」


 隙を突いたヴィズは跨っているローレンシアの下から足を抜き、顔に蹴り込んだ。


「ぐぁ! わ、わ、私を舐めるな!」

 

 身体を起こそうとしたヴィズにローレンシアはタックル。

 凄まじい脚力で、ダークエルフを通路の端まで弾き飛ばす。


「ぐはっ……クソが、バッファローかよ」


 咳き込みながらも、瞬時に銃を抜いたヴィズ。

 しかし、ローレンシアは千切れた腕を拾って、階段を地上へと駆け登っていた。


 咄嗟に追いかけようとするヴィズ。


「待て! パールフレア」


壁際からシエーラが呼び止めた。


「悪いんだけど、こいつを抜いてくれない?」


 そう言うシエーラは、左手のひらをナイフで貫かれ、壁にはりつけられていた。

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